クエスト2:頼まれなくたって、助けてやる!
ネーベルの森から出た紬が目にしたものは、太陽が輝く青い空の下に広がるのどかな緑色の地平。
川のせせらぎの音も聞こえるし、咲き誇る草花には不釣り合いないかつい岩もむきだしになって点在している。
――異世界に本当に来てしまったのだ、と、改めて実感した。
理由はわからないが一緒について来たらしい肩掛けバッグを開いた紬だが、なんと中身はトラックに轢かれる前のまま。
しかしスマートフォンは画面が目も当てられないほどひび割れており、壊れて電源も点かない。
これでは旅の思い出を作るための写真も撮れない、ルーナたちにもウツシヨのスマホを見てもらいたかったのに……。
なんて風に落ち込んでいた彼女をルーナが元気づけ、うさぎのマーク入りのカバーを付けたデミトピア仕様のスマートフォンで写真を撮ってもらえることとなった。
これで少しは、この謎だらけの異世界にトリップしてしまった紬も元気になれたことだろう。
「なーんだ。結局、モンスター出ませんでしたね」
「いや待て。目撃報告は森のほうであったけど、そいつが必ず
油断は禁物だ。
こういうときほど危険なのだ、ということを彼女たちは知っている。
とくにフェンリーは、まじめな性分もあってか警戒心を強めていた。
「っ!? ツムギちゃんうしろっ」
「きゃーっ!?」
ルーナ一行の嫌な予感は的中してしまった。
影が飛び出し、彼女たちを囲んで逃げられなくする!
「あお――――ん!!」
「ブモモモ!!」
その正体は、オオカミの魔物の群れとイノシシの魔物だ。
気付かれないように、獲物と見なした彼女らを後ろから尾行していたのだ。
「みみみ、皆さんが言ってた凶暴なモンスターってこの子たち!?」
「いや、ギルドの依頼書にあったのはもっとデカいやつだ。こいつらじゃない」
「だけど、危ないからやっつけるわ。ツムギちゃんは私たちが守るから、下がって!」
ルーナたちとしても、つい先ほど知り合って助けたばかりの紬を失うわけにはいかなかった。
依頼内容には無かったが、迷子を保護してはいけないというルールも無い。
背筋に悪寒が走った紬だが、真剣な顔になったルーナを見て
「ザコだろうと注意しろ。つえー個体かもしれない」
「燃えろーッ!」
場数を踏んだ戦士の顔つきへと変わったフェンリーが注意を呼び掛けたのを合図に、スズカは杖をかざし魔法陣を生成して炎を放ち、ルーナは両手に剣を持ち、縦横無尽に動き回って力強く振り下ろして魔物をノックダウンさせる。
最後に長剣と盾を持ったフェンリーが少し気合を入れた後、残った魔物をさっくりと片付けた。
何が起こっているのか、紬には早くもついていけない。信じられないような出来事の連続だ。
「ふーっ。ざっとこんなものね」
自身の身の丈ほどもあり、かわいらしくも豪著でかっこよさげなウサギマークの装飾付きの大剣を地面に刺して安堵の息を吐くルーナ。
その隣に立つフェンリーが持っている長剣は銃火器らしきパーツもついていて、紬はここで「さっきのスマホとかもそうだけど、技術力がスゴいって話は本当だったんだ……!」と察する。
「す、すごい。気性が荒そうなヤツだったのにもう倒しちゃった……わ、私とは次元が違いすぎる」
かっこいい、興奮する――といった前向きな感想の前に、驚きと戸惑いが勝ってしまった。
「この先やって行けるのか?」――という不安もあり、彼女たちのように戦えなくては生き残れないぞ……という現実を突きつけられたようだった。
「ケガ無くてよかった」
自分のほうまで来てくれたルーナに頬をなでられ、紬は目を丸くして照れる。
不覚にもときめいたのだ、イケてる男性にではなく彼女とフェンリーやスズカに。
「まだ安心するには早そうだぜ。……来る!」
そう告げたフェンリーの勘は当たり、次の瞬間に木々が激しく揺れ、かき分けるように巨大な何かが飛び跳ねながら姿を現す。
その体は見上げるほどの大きさで、全身が緑色のゲル状になっていた。
体内には獣や他のモンスターの骨が取り込まれており、まるでこの不定形なモンスターの骨格を形作っているという矛盾を体現しているようにも見える。
そして上に長く体を伸ばしたかと思えば、首長竜などに近い四足歩行の大型動物のような姿形に変化した。
「あ、あ……う、ウソ!? な、何アレ……!?」
「依頼書に載ってたのはこいつだ、【ボーンブロブ】だ! 厄介だぞ……」
「ぼ、ボーン……なに!? なんですか!?」
「簡単に言うと、ほかのモンスターの骨や大昔の化石なんかを吸収して核にしてるスライムです」
いかにもなその巨大モンスターを前にして挙動不審になった紬へ、フェンリーとスズカは彼女にもわかりやすいよう冷静に説明を行なう。
「そうしないと体が維持できないっていう生態みたいよ」
「スライムはスライムでも、強酸でなんでも溶かす危険なヤツなんだ。都合よく服だけ溶かす個体もいるらしいけどー……って、そんなこと言ってる場合じゃないな! さっきよりずっと危ないから、紬は下がれ!」
「はっ、はいっ!!」
スタスタと下がり、紬は岩陰へと隠れる。
転生したのに何の力も持てず、恩人である彼女たちを支援できないことにもどかしさを感じながら。
「ンガフフフ、ンガフフフ! マタ、ウツシヨカラ人間ガ1匹迷イ込ンダカ……」
自身よりも小さいルーナたちを見下すボーンブロブは、本体も兼ねた頭蓋骨の眼窩から目を光らせて、ゲルやゼリー状の体越しに紬に視線をやる。
「しゃべれるの!?」
「魔物ってそんなもんです!」
それは何も珍しい事ではないのだという事実を、紬はスズカの口から知らされ唖然とする。
「ね、ねえ、もしあいつに殺されたら……私、どうなっちゃうのかな……もう……」
「聞くなって! 後ろ向きに考えない!」
一瞬だけ背後の岩陰にいる紬のほうに振り向いた後、前方の敵をにらみつけるフェンリー。
その眼差しや武器を握りしめる両手からは、何があっても倒すという強い意志を感じさせた。
「ヨソ者、邪魔者! ウツシヨノ迷子メ、ムシケラノヨウニ潰シテヤル! ヨソ者ヲカバウ、オマエタチモオレノ敵ダ!」
「ツムギはやらせないわ!」
「グゴゴゴゴ!」
ここに討伐対象との戦いが始まった。
首を振り、体の一部を飛ばし、一時的に分裂したかと思えば激しくバウンドし、ボーンブロブはそう簡単には狩られまいとしてルーナたちを容赦なく追い詰めようとする。
「きゃーっ」
「う、うああああああ」
ボーンブロブが飛ばしたゼリー弾がふたりに命中。
転倒させるほどの威力があり、ふたりに少しダメージを与えるとスズカと紬を騒然とさせる。
「る、ルーナさん! フェンリー先輩! まずい……」
口では慌てているが、スズカはこう見えて何をやるべきかわかっている。
実行に移す前にフェンリーが紬を含む全員にこう告げた。
「大丈夫だ……。ああいうゲル状のやつは熱して蒸発させるか、冷やして固めるかだ」
「効かなかったら?」
「体に穴を開けて、あいつの【核】を直接叩くしかない」
胸が張り裂けそうになっている紬だが、そんな彼女をこれ以上怖がらせまいとしてその場で意見を出し合い次の作戦を練る。
戦い慣れている証拠だ。
しかし敵も黙って聞いているような
「何ヲゴチャゴチャト! 食ッテ……イヤ、身グルミ剥イデヤルゾ」
次にボーンブロブは頭部を一時的に切り離して、直接バウンドしたり雨のように酸性のゼリーを降らせたりした。
その酸性雨めいた攻撃を食らったルーナたちの衣装に少し傷がつく。
「だめーっ」
「やんっ」
「やめろぉ」
見てはいけないもの――は、見えてはいなかったのだが、紬は思わず両目を塞いだ。
しかし敵にやられているのにセクシーな対応をする程度にとどめるということは、余裕がある事の裏返し。
「な、何か必殺技とかありませんか!?」
「見せてしんぜよう、だけど効くかわからん」
実際、フェンリーはケロッとしていて既に反撃準備に取り掛かっている。
軽い口調とは裏腹に「絶対に倒す」という自信と、油断せず紬を守り抜くという覚悟を示した。
「やるしかない! フェンリー、スズカ! いいわね、行くわよ」
眉を吊り上げたルーナが宣言したその刹那、紬の想像の遥か先を行く怒涛の連続攻撃が繰り出されるのである――!
「炎よ!」
初手はスズカによる炎の魔法攻撃だ。
巨大な火球がボーンブロブへと飛び、水分が蒸発する音が立つと同時にゲル状の体はバランスを崩し始める。
「凍りつけ!」
フェンリーが剣先を媒介にして氷魔法を発動し、鋭い氷の刃を撃ち出してボーンブロブに命中させる。
液体でできているということは、冷気などで凍らせてしまえば固まって動けなくなる。
熱した後に急に冷ますことでより強烈なダメージを与える事も最初から想定済み、既にボーンブロブはフェンリーの狙い通り身動きが取れない!
「吹き荒べ! 輝け……!」
続いて、ルーナはジャンプしてから風の魔法を使い、旋風を巻き起こして敵の体を切り刻む。
更に光の魔法も発動して、彼女の周囲に魔法陣が展開され白いビームを放ち、とうとうボーンブロブの体に穴が開き頭蓋骨型の核が晒された。
「この一撃に懸ける! バニーインパルスッ!」
宙でもう一段ジャンプをして、両手で持った大剣に光をまとわせ豪快に振り下ろす!
その衝撃でボーンブロブの核である頭部が骨格から切り落とされ、地面に落ちた。
「今だ! 味わいな……クルエルティバニッシュ!」
力を溜めてから、フェンリーが敵本体に突撃してその目にも留まらぬ速さで連続斬りを放つ!
……必殺技というべきか奥義というべきか、ふたりの大技を立て続けに浴びせられたボーンブロブの核は爆発して弾け飛び、全身を覆うゲル状の膜も維持できなくなって蒸発した。
戦利品として残ったのは、たくさんの骨や化石、そして金貨や銀貨らしきもの。
「よっしゃあ!」
討伐対象であるボーンブロブが撃破されたことで、戦いは終わった。
勝利のガッツポーズを決めた後、フェンリーはルーナやスズカとハイタッチをし合う。
彼女たちに戦いぶりに圧され、途中から絶句していた紬も表に出て同じようにさせてもらった後、肩も組ませてもらった。
とはいえ、背丈がちょうど同じか少し下くらいのスズカはともかく、フェンリーやルーナとは身長差があったため少し手間取ってしまったのだが……。
「ま、魔物からお金……!? ゲームみたいなことが現実に!?」
「説明はあとでね。ひとまず近くにある【クープの街】に行きましょう」
気付くのが遅かった紬にルーナが説明している横で、フェンリーとスズカはちゃっかりと言うべきか戦利品を物色する。
「これ高く売れそうだな~っ」とは、フェンリーの弁。
スズカはというとたくさんのお金に目を光らせながら、せこせこ回収していた。
「その街でうちのギルマスが待ってますし、つむつむを紹介するにはちょうどいいかな。あ、【ギルドマスター】の略ですよ!」
「う、うん……ありがとうございます……」
ルーナたちの上に立つギルドマスターとはいったいどのような人物なのか、やはり自分も戦えるように努力するべきではないのか、そういう思いが紬の胸で複雑に交差している中で、一行は改めて次の目的地・クープの街へと向かう。
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