中也 怒る 後編

【ちゅ~やぁぁぁぁ。わっちには…わっちにはお主しかおらん…】


そこから聞こえてきたのは、確かに聞いた覚えのある姐さんの声と、

そして見せつけられているのは、あり得ないぐらい顔を赤くして目を丸くした自身の顔。

画面の中で瞬時に左右を確認した自分が、姐さんをそっと誘導して部屋の中に入るまでが再生された…。



「てぇぇんめぇぇぇぇぇっっ!みてやがったのかぁぁぁぁぁぁっ!」



羅生門らしょうもん

胸ぐらからのどに手をかける瞬間、中也の両手を芥川の外套がいとうがつかみ上げる。

と、同時に太宰の身体が、崩れた天井のがれきと化している床に放り出される。


「…あの。。。僕には女性から中也さんが告白されている台詞にしか聞こえなかったんですが」

「少年。…この世の中には、口に出して言わなくていいことと、口に出して言わなくていいことがあるのだ。覚えておきたまえ」

「…今、同じこと二回言いました?黒蜥蜴くろとかげさん」

「敦。大切なことはな、二回言うんだ」

「く。…国木田さんまで?」


「芥川。てめぇ今ここで太宰の前に死にてぇのか?」

両手を羅生門につかみあげられた状態の中也が渾身のにらみを芥川に差し向ける。

「停戦中です。そして中也さん。首領ボスからお電話が」


【ちょっと中也くぅ~ん。エリスちゃんをどぉ~にかしてよぉ~。紅葉こうよう君と結婚するなんて許せないって、すごーく怒っちゃってるんだからぁ~】


「おや?結婚かい?めでたいねぇ」

「結婚…花嫁衣裳、きれいだろうな」

「あの美人さんなら、白無垢も映えるだろうねぇ」

「あらぁ。結婚式といえば、ウェディングドレスよ!ね?兄様」

女子たちは結婚という言葉に浮足立っている。


「姐さんが白無垢かぁ。中也は紋付きかな?…ぷぷっ。七五三みたいだねぇ」


「…っあ!」

衝撃と共に、黒い外套が跳ね飛ばされる。

中也は羅生門を力技で弾き飛ばすのと同時に、太宰につかみかかっていた。


がんっ!


床に押し倒した太宰の顔面すれすれに、中也の拳が打ち付けられた。


「…素手で床をぶち抜きやがった」

「あれ、完全にキてる」

震えあがる探偵社員の面々。

そこには聞こえないほどに小さな声で、中也が太宰に言った。


「そうじゃ、ねぇだろ」

先ほどまでの熱さとは違い、青い瞳の奥に渾身の怒りをため込んだ、ひどく冷徹な声が太宰の耳に響いた。


「あぁ。…そうだね」

太宰は柔らかな笑顔で答えた。…なんだ。そんな顔もできるんじゃないか。


「騒々しいぞ。マフィアの御仁。停戦中のはずだろう?…太宰。お前も煽るな」

いつの間にか来ていた社長が貫録の一声を投げる。


「うむ。結婚の決断をするとは、若いのにしっかりしているな。敵ながら、お祝い申し上げる」


「言っちゃった」

「言っちゃったよ」

「だめだ。ここ、粉砕される…」

探偵社員に戦慄が走る。


「わかった。てめぇから血祭りにあげるわ」

立ち上がった中也に、ここぞとばかりに広津と芥川が駆け寄り、その体を包囲する。

「ダメです。中也さん」

「とりあえず帰りましょう。芥川君、頼みますよ。ではみなさん。失礼いたします」


よいしょっ。とばかりに、二人は中也を抱え上げてその場を去る。


こら芥川っ!放せっ。放せコ…


「…声、聞こえなくなったから、羅生門で口、塞いだんだな。芥川」

「太宰。社屋の修理費はお前の給料から天引きするぞ」

「えー?社長、それはないでしょ~?私、なにもやってませんよぉ~?」


太宰の一言に、社員全員の声がそろう。


【どの口が言ってる?】



―――ポートマフィア本部に戻る車中


「おい、芥川。いいかげんこれ、外せ」

黒の布地でぐるぐる巻きにされた中也が芥川をにらみあげる。

「…本部につくまではこのままでお願いします」


「太宰君のいたずらは確かに度が過ぎてはおりましたし、まぁ…今日のところはこのぐらいということで」

広津が中也をなだめるが、体の自由を奪われた中也は、不機嫌極まりない表情で車窓の外に視線を投げている。


「それにしても、どうしてエリス嬢は結婚などと言い出したんでしょうか?」

「…太宰が、動画を拡散しやがったんだろ、どーせ」

「それはまた…やられましたな」

広津はくすくすと笑うが、そのまま続けて静かに言った。


「じじいの戯言ですから、聞き流して頂けると幸いですが。…結婚も、いいものかもしれませんよ?」

静かに言う広津の言葉に、中也がまるで独り言のように返した。


「うるせぇ…」


「…失礼いたしました」

広津はそれ以上何も言わず、芥川も静かにその様子を見守っていた。




本部前に停車した車から降り立つと、着物姿が待ち構えていた。



「このあほうが」

紅葉の指先が、中也の額を小突く。

「…持ち直したんっすか?」

帽子の下から、ばつの悪そうな顔で見上げる中也。

「さっきは取り乱して悪かったのぉ。お前が鉄砲玉のように飛び出して行ってから、これが届いたんじゃ」

紅葉が差し出したものを見て、中也が力ない声を上げる。



「無限列車編…って」



「鬱アニメは良作で浄化するのが一番じゃ。お主らも見るじゃろ?」

予約しといたから発売日に手元に届いた、すっかり忘れておっての~。

首領からシアタールームを借りたからみんなで見るぞえ。

…と、ウキウキしながら先を歩く紅葉。


はぁぁぁ。。。


深すぎるため息を落としたものの、楽しそうなその後姿を見た中也が言う。


「しゃーねーなぁ」





「お疲れさまでした」

「…芥川君も」

「よかったんでしょうか?」

「ふふ。…まぁ、よかったんでしょう」

「見に行くんですか?」

「おや?君は行かないのかね?」

「銀が好きなのを知っておりますので、一緒に」

「ふぅん。じゃあ、樋口君も行くのだろうねぇ」

「…なぜそこで樋口」

「ふふふ。私も映画を見損ねてね。行こうと思っている」

「じゃあ、ご一緒に」

「そうだね」


今日も、ポートマフィアは、平和です。


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