第2話

 沙希の話に健一が興味を持った顔をして相槌を打つ。


 その度に視界に青が滲んだ。

 青、青、青……。


 沙希の中で我に返ったように楽しい気持ちが冷めていく。


 ――沙希は物心ついたころから場の空気を読むのに長けていた。


 人に向き合えばその人の考えていることがイメージの色となって見えるのだ。

 オーラが見えると言えば分かりやすいかもしれない。


 大抵それはその人の周囲にぼんやりと表れていて、強い感情を持った時ほど濃くなる。


 人にもよるが今までの経験上、好意的に思っている時にはピンクや黄色、嫌っている時や機嫌の悪い時は青や紫の暗い色のオーラになって感情が見える。


 沙希はずっとこんな力は欲しくないと思っていた。


 友達が自分に笑い掛けるのは愛想笑い、先生の褒める言葉は沙希の両親に訊かせるためのお世辞で、親戚のおばさんの親切の向こうに透けて見える悪意。


 そんな本心を覗き見てしまう度、氷水を浴びせかけられたような気分になって安易に人を信じるまいと心に壁をつくる。

 こんな力を誰かに打ち明けても心の中で自意識過剰だと嘲笑されるのがオチだ。


 小学生の時に写真や鏡を通して間接的に人を見た時にはオーラは見えないことを発見した。


 そうだ、手鏡越しに会話をしよう、と試みてあまりの奇行だったのか『残念な女の子』のレッテルを張られかけた……。


 それはともかく相手がどんなに巧妙に本音を取り繕おうが、沙希にだけは見抜けていた。今回もそうだ。


 健一は沙希と会話を重ねるごとに暗い青色を放つ。


 沙希は自分が健一に嫌われていることを悟り、同時にその事実に想像以上に打ちのめされていることに気付いた。

 どうにか好かれようと努力するほど空回りしていく。


 どうしたら……、と考え込むうちに日が翳っていた。


 慌てて学校鞄を肩にかけ教室を出ると隣のクラスから、わあと歓声が聞こえた。

 くそぉと悔しがる声と、よっしゃぁと叫ぶ声。


「おし! じゃあ健一バツゲームな」


 ゲームに参加していた健一が「えー」と嫌そうにのけぞる。


「ペナルティつけようって言いだしたのお前やん」と茶々を入れる友達。


 ニヤリと笑った友達が楽しそうに言い放つ。


「んじゃ健一、佐藤沙希に告白しろ」


「はっ‼ 嫌やし!」


 健一は焦って椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。


 嫌って、言った……。


 沙希はもうこれ以上聞いているのは限界だった。階段を全力で駆け下りる。

 目元が熱くなっていた。





「え、何で嫌やと? お前、佐藤さんのこと好きやっちゃろ?」


「いや、だからそれは……」


 健一がしどろもどろになりかけると、助け船のつもりは一切ないだろうが別の友達が口を挟んだ。


「あーでも、ちょい分かる気がする。佐藤さんって誰に告られてもごめんなさいって困った顔しそうやん?」


 そうやろうかぁ、と健一は内心首をひねった。


 確かに一線を引いている様子はあるが、人と話す時に気を遣い過ぎるだけのような……。


 実際、佐藤さんに話を振ってみれば、「ええーわかんない」などと答えたことはなく、案外はっきりと意見を持っていることに驚かされる。


 ただ意見を言った後に言わなきゃ良かったかも、と目を伏せる素振りを見せることもある。

 まあそれに気付いているのは健一だけだろう。


 そんなところをひっくるめて佐藤沙希が好きかと訊かれたら……、訊かれたら……。


 訊かれたら、好きだと答える。


 さっきは反射で嫌と言ってしまったが、答えを出そうとすればそんなのはとうに決まっていたのだった。





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