青色

第1話

 冷たいと身震いする暇も勿体ないくらいだ。心は興奮していても頭は冷静に。


 腕や脚が水の抵抗を受け、動きが鈍る。でも地上よりずっと自由だ。


 独特な浮遊感。

 音が遠ざかっていく。無音の世界。青。






 放課後になるといよいよ雨が激しくなりだした。


 そういや運動場に大きな湖ができていたのを見て男子が猿のようにはしゃいじょったっけ。

 あまりの雨の勢いに今日は部活も禁止勧告が出た。


 正面玄関の屋根があるところで健一は所在なく迎えの車を待っていた。


 靴箱に放置されている傘が数本。どれか一本拝借して帰ればよかった。

 制服のズボンの裾が濡れて気持ち悪いから早く着替えたい。


 そんなとりとめもないことを考えながら欠伸した時。


「あの、すみません。十円玉貸してくれませんか」


 ショートカットの女子から話し掛けられた。

 確か隣のクラスの佐藤さんだ。


「あ、いいよ」


 健一は素っ気なく十円を手渡しながらも「……十円で足りると?」と訊いた。

 公衆電話を使って親と連絡を取るのだと分かったからだ。


 ここほどの田舎だとまだ携帯持ち込み禁止の中学校の方が多い。

 今時の若者のニーズを理解しようとしない大人が多いともいう。


 佐藤さんは「あ、うん、大丈夫」と頷いて「ありがとう」とはにかんだ。

 わざわざ言わずとも分かるだろうが、超かわいかった。




 次の日登校すると、健一の机の引き出しに十円玉とソーダ味の飴玉と手のひらに収まるサイズのメモ書きが入っていた。


 健一は周囲の目を憚ってドギマギしながら隠すようにメモを広げた。


『十円ありがと! 助かりました。佐藤沙希』


 うおっ! と叫びかけて押し止める。

 心が恋をしたように温かくなった。というか、恋をした。




 それから佐藤さんとは同じ保健委員所属だということが判明した。


 一週間に一回の委員会活動で話すようになると廊下ですれ違った時など目で挨拶するようになった。


 佐藤さんは割とおとなしめの女子で訊き手側に回っていることがほとんどだった。


 目立つ美人では決してないが、時々見せる控えめな笑顔のかわいさに健一は毎度のごとく舞い上がらずにはいられなかった。


 ただ少し気になることもあった。

 健一と目が合った瞬間にすっと逸らすことがあるのだ。


 特別、不自然という訳ではないが、悲しそうに目を伏せるしぐさを見せる。

 大抵その後はあまり話が弾まなくなってしまう。


 それでも健一は概ね親しくなっていっているのだと信じていた。





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