未来

焼香の時、坊さんの読経を聞きながら久しぶりに姉貴の顔を見たが、姉貴からは誰かの面影が感じ取れた。


とはいえ、考えられる人物なんて俺の狭い交友関係の中では限られている。よく行くコンビニやスーパーの店員は中年だらけだから当てはまらないし、今までの男の知人に、姉ちゃんに似た美形がいるわけもない。


姉ちゃんの遺影を注意深く観察する。遺影は成人式の前撮りで撮られた、黄色い振袖を着て自慢げに笑う姉ちゃん。姉ちゃんは自分の表情は笑顔が一番映えることを知っていたから、カメラマンに笑ってください、と言われるとそれはもう、花のように顔を綻ばせた。


身内びいきをせずとも、姉ちゃんは綺麗で、可愛くて、周囲の人間はわがまますら可愛らしく思えて簡単に聞いてしまう。甘やかされて育った姉ちゃんは、いつも俺の事を家来のように使い走りにしていた。


その様が、どこかの誰かと似ている気がする。どこかの、誰か――。俺の心を強く打ち、温かい気持ちにさせた、誰か。俺の文章を褒め、はじめて、俺の事を好きだと言った――。


ローラ、と囁くような小さな声で、俺は呟いた。涙が滲んできて、隣で母親がうっとおしそうにしたのがわかった。俺は次に、姉ちゃん、姉ちゃん、と縋るように呼んだ。


声は次第に大きくなって、読経の合間をぬって、俺の声がしんとした室内に響いた。


姉ちゃんとローラは、よく似ている。似ているんじゃない、同一人物なんだ。ようやく気がついた。そう、俺は、二十年以上かけてようやく気がついたのだ。


姉ちゃんが、俺の事を好きでいてくれたということ。また俺の前に現れて、俺の事を救おうとしてくれていたこと。俺が嫌いなのは、姉ちゃんじゃなくて俺自身だったということ。


龍一郎が自分のことをどう思っているかはわからないけれど、私は龍一郎のことが大好きだよ。ずっと。


確かに、姉ちゃんがあの海でそう言った。自分が死んだ海に、俺を連れてきてそんなことを言った。


姉ちゃんは俺の事を酷くからかったけど、その分確かに自信を与えてくれていた、いつだって。姉ちゃんに褒められなかったら、俺の書いたエッセイは一度きりで終わりだったし、ローラが手を引いてくれなければ、海にも一生行けなかった。


ローラが、俺が作り出した妄想なのか、それとも姉ちゃんが姿を変えて会いに来てくれていたのかはわからない。ただひとつ言えるのは、ローラと会話した人間は、俺だけだった。


ローラは、呼ばれている気がしてここに来たと言っていた。俺が一人だと寂しすぎて、姉ちゃんを呼んだのかもしれない。


姉ちゃんははじめ、アウローラ、と名乗った。ローマ神話の、曙の女神の名前。明け方なんて、姉ちゃんによく似合う。

数歩先も見えず、暗くひとりじゃ心もとない長い夜に、手を引いてくれる存在。未だ来ぬ、未来には、いつも姉ちゃんがいる。姉ちゃんが照らしてくれている。


あの日俺は美しい光を見たのだ。星が堕ちて来た日、俺とローラが初めて出会った日。


光の筋を辿ると、わがままを言う時のローラの強気な口元や、海で俺を呼ぶ、ローラの白い笑顔、ローラと歩いた夜道の、滲む光が確かな感触をもって思い出された。


何度でも、記憶は蘇る。例え姉ちゃんが亡くなっていても、俺の美しく、大好きな姉ちゃんは記憶の中に残っている。そして、未来で待っている。


姉ちゃん、待ってて、と密やかに呟くと、どこかからか、待っているよ、と鈴のような声が返ってくる。もう手は引かなくていいから、俺は気がつけたから、待っていて。馬鹿なやつ、遅いんだよ、と、姉ちゃんが笑う。



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宇宙人に顔射したら同棲することになった負け組ニートの話 まるお @hamdim721

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