エイリアンズ
酷く長い夢でも見ていた気分だ。海に入ったせいで体は冷やされ寒気がするし、帰りの電車では車内を濡らさないように足にビニール袋を巻き付ける羽目になって、散々恥ずかしい思いをした。
挙句、近くにいたおじさんには、「兄ちゃん、困るよ。ここは公共交通機関なんだから、」と最もなことを言われ、頭を何度も下げた。
自宅につく頃には夜になっていたが、それでもローラは上機嫌で、「今日は一日楽しかったなあ」としみじみと頷いている。
久しぶりに遠出したからか俺は空腹を感じていて、「何食いてぇの?」とローラに尋ねた。
「たまにはリュウイチロウが作ってよ。お弁当ばっかじゃなくてさ」
「はぁ……なんかもう、それでいい気がしてきた……」
疲労の溜まった体では言い争いをする気にもならず、素直に言うことを聞いてやることにした。意外そうにローラは目を瞬かせる。
「え、作ってくれるの!」
「お前ガンコで折れないだろ。ワガママ言うのは今日までな」
家にはどうせ米くらいしかないから、材料を買いに近くのスーパーまで出る。一人でいいと言ったのにローラは聞かず、ホッチキスのとれた服の裾を引きずったまま付いてくる。
ズボンの裾が擦り切れたが、いっその事その部分を切ってローラの服にしてやろうと決めた。女物の服を何着か買ってやらないといけないし、せめて洗濯機の回し方と洗濯物の欲し方くらいは覚えて欲しい。
俺が胸の内でそんなことを考えているのに気がついているのかいないのか、ローラは俺の隣で鼻歌を歌いながら歩いている。
夏の夜の、湿度の高い嫌な空気はアスファルトから発せられていて、低空に篭もる。首筋にじっとりとかいた汗が珠になって背筋を伝い、Tシャツに染み込む。
「暑そうだね」とローラは他人事に言った。
「お前はいつもひんやりしてるよな、羨ましい」
「そうかなぁ」
ローラはそう言って、俺の首に自分の手をつけた。「つめて! 何すんだよ」「暑そうだったから〜」「一言かけてからにしろって」俺がどんなに怒ってみせても、飄々とローラはかわす。
遠くの方でちかちかと信号が点滅しているのが見える。心なしか、光はいつもより自然に暗闇に溶け込んでいる。一度うつ病になって、夜にしか活動できなくなったことがあったが、あの時の光はくっきりとしていて、目が痛かった。
他人に不寛容で短気だったはずなのに、ローラを見ているとなぜか怒りは萎んでいく。あんなにも嫌いでたまらなくて、数年前から行かなかった海にも今日はなんとか入れた。ローラがいると、少し自分が変わっていくのを感じる。
正確には変化ではなく、元に戻っていくような、そこにあったものを取り戻していくかのような感覚。
自分より下にある頭をぼんやりと見ると、金髪は月のように暗闇に浮かび上がる。ローラは一見主張が強いけれど、本当は月のように、誰よりも俺に寄り添っているのではないかという気がする。
「お前は宇宙人だけど」
「うん?」
「俺なんかよりずっと、お前の方が人間らしいと思うんだ」
「どうしたの、急に」
ローラが俺を見上げ、目を瞬かせる。
「別に。思っただけ。人のエッセイ見て泣いたりさ」
今更恥ずかしくなったのか、ローラが頬を赤らめる。こうやってしおらしくしていれば、可愛げもあるものだ。
「あれはさ、龍一郎がそんな風に考えてたんだなって、びっくりしただけだよ」
また。まただ。ローラが片言のリュウイチロウではなく、自然に龍一郎と呼ぶ度にやけに胸が苦しくなる。肺が上手く動かずに、呼吸がしにくくなる気がする。
「これからは素直でいてね。あのエッセイみたいに、自分を取り繕わないで」
「はぁ? 俺がいつ――」
言いかけて、体が固まった。どうしてローラはこんなに、俺の事を知っているのだろう。隠していたこと、悟らせないようにしていたことを、どうして。やけに日常にすんなりと馴染むのは、なぜだろう。
「ローラ、俺はさ、お前のことが嫌いじゃないんだよ」
言うつもりのなかったことが、水のように口から零れていく。
「本当? それなら嬉しいけど」
「嫌いじゃない……、違うな、そう、好きだ。俺の事は嫌いだけど、ローラの事は好きだよ」
時間が止まったかのようにローラは静止する。はるか上空で大気が循環する音が聞こえそうなほどの沈黙が落ちたが、不思議と緊張も不安もなく、心地よい充実感に包まれていた。数年続いたトラウマを克服できた日だから、自覚もなく高揚しているのかもしれない。
ローラ、と呼びかけると、彼女はゆっくりと、静かに振り向いた。ごめんね、と薄桃色の唇が寂しそうに言う。ローラが唇を軽く舐め、濡れた唇が夜風で乾いていくのを、熱に浮かされたような気分のまま見つめていた。月が、煌々と輝いている。光は滲み、美しい。
***
(エイリアンズ大好きなんですよ、、、サビで涙が😭😭)
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