水族館


ローラが俺の部屋に来てから一週間程だったが、俺は普段と変わらない生活を送っていた。


元々俺は昼夜が逆転していたからローラとは生活リズムが合わず、会話も少ない。ローラはどうやら、俺の部屋の本を勝手に読んだりテレビを見たりと好きに過ごしているようだった。


PCをいじっていると空が白んできて、そろそろ寝るかとベッドに向かおうとした時だった。ローラが部屋から勢いよくでてきて、俺の肩を強く掴む。


「暇! 流石に飽きたよリュウイチロウ! どこか連れてって〜!」


発音が難しいのか、ローラはよく俺の名前を片言にリュウイチロウ、と呼んだ。体をがくがくと揺さぶらながら、仕返しにローラの高い鼻をつまむ。ブサイクになったまま、苦しそうにふが、と言った。


「うっせぇ。眠くて頭ガンガンすんだから話しかけんなって」

「うぇ、どうせ暇してるくせに」

「はぁ〜? 暇じゃねぇっつーの。なに、もう本読み終わったの?」


ローラは苦しかったのか涙目で頷く。認めたくないが、顔は可愛いんだ、顔は。


「リュウイチロウの部屋にある本は、あれはリュウイチロウが真似してるの? それとも本がリュウイチロウの真似しているの?」


文体のことを言っているのだろう。気まずくなって目を逸らしながら、「俺が真似してんの、言わせないでくれる?」とキレ気味に返す。


するとローラは目をつぶって考え込むように唸った。


「う〜ん、でも私は、リュウイチロウの書いたやつのほうが好きだなぁ」


*


ローラの言葉につられたわけではない。決して、嬉しかったことを言われたから甘くなったわけではない。


俺の服を着たローラが水槽に鼻先がつきそうな程顔を近づけて、魚の大群を見つめている。


俺達は電車に乗って、水族館まで来ていた。スマホでみた魚が忘れられなかったのか、ローラが生きてる魚を見たいと言いだしたのだ。


水族館なんて十数年ぶりにきたし、魚を見て楽しいと思う気持ちはわからない。あの格好のまま外に出すわけにもいかず、持っていた数着の服の中でも一番小さいやつをローラに着せる。それでも不格好に袖が余ったからなんとか捲り、ピンや裁縫道具がないからホッチキスで止めた。


「カクレクマノミ、かぁ。リュウイチロウ、私これ食べたことある?」

「馬鹿なやつ。食用じゃないぜこれ」

「そうなの? 美味しそうだけど」

「ばーか」


ローラは、目でも合わせるかのように魚を凝視する。細い金髪は、水槽を照らす青いライトと混じりあって、不思議な色彩を帯びる。

どうも興味のわかない魚なんかより、こっちのほうが見てて暇が潰れる気がする。


卓越した美貌を持ちながらも、擦り切れた服を着るローラを物珍しそうに他の客が眺め、その視線は俺にも注がれる。

やっぱり来るんじゃなかった。舌打ちを繰り返すと、ローラが俺の方を振り向き、眉を下げた。


「リュウイチロウ、やっぱり来たくなかった?」

「……あと少しだけ我慢してやるけど、二度目はねぇな」


そっかぁ、と大袈裟にローラは肩を落とす。そう、俺のところにいたってどうせすぐに楽しみはなくなるんだと早く気がつけ。それではやく、俺の前からいなくなってほしい。


直接出て行けと口にしない癖に、そんなことを考えている。ローラは俺の心を知らずに、小さく笑う。


「リュウイチロウは優しいなぁ」

「はぁ? どこが」

「人混み苦手なのに付いてきてくれるから」

「お前が地球のことなんも知らないからだろ」


他の客に聞かれるのも困るから小さな声で言うと、聞こえなかったのかローラはえ? と聞き返して体を近づけた。


「なんて言ったの?」


ローラの金髪が俺の手にかかって、くすぐったかった。肩がとんと触れ合い、ローラの冷たい体温を感じた。


「お前が、地球のこと、なんも知らないからだろ」


腰を少し曲げ、ローラの耳元に口を近づけて言う。少し尖った耳が、ひくりと上を向いた。触れ合った肩から伝わってくる冷たさが、少し和らいだ気がした。

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