安堵感
結局俺は、ローラを自分のアパートに置いてやることにした。どうせ部屋は余っているし、暇つぶしにいいだろう。決して褒められたのが嬉しかった、という理由ではない。
俺が買ってきてやったスーパーの弁当を食べながら、ローラは鼻歌でも歌いそうな雰囲気だった。頬を叩かれたことなんてからっと忘れて、「これはなにで作られているの?」と俺に尋ねる。
「これはサーモン。こっちがマグロ。海で泳いでるやつ、わかるか?」
「海? これがあそこで泳ぐの、どうやって?」
「あー、もうお前絶対わかってないだろ。ほら、これ」
携帯で検索して魚の画像を見せてやると、ローラは顔をさっと青ざめさせた。
「私、これ食べてるの……?」
「お前が食べたいって言ったんだろ。そっちの国にはないのか?」
「私達は食事いらないの。元々食物なんて育てられるような星じゃないから、食べなくても生きていけるように進化していったのよ」
今度はこちらが驚かされる番だった。それじゃまるで植物じゃないかと思いながらも、折れそうに細いローラの手首を見て、なんとなく腑に落ちる気がした。
ローラはスマホを覗きこみながら、興味深そうに画面に触れていた。
「こんなアナログなの初めてみた。こっちだと、画面は網膜に映し出すの」
「そりゃ便利なことで」
操作しづらかったのか、スマホを持つ俺の手ごとローラが掴む。ローラの手のひらはゴムのようにひやりとしていて、触れられた動揺から俺はスマホを落とした。
テーブルの上に音を立てて転がり、コップの水が跳ねて俺の膝にかかった。わ、とローラが声を上げる。
「大丈夫?」とローラは自分のスーツの袖を引っ張って、俺の膝を拭こうとした。
「いーよ、どうせ汚いし」
手を握られた動揺が伝わるのが嫌でそっけなく返す。かがんだことで重力に従って胸が垂れるのが、体に張り付いたスーツのせいでわかりやすい。眼福だと思いついじっと見つめた。
ローラは調査員だなんていう割には警戒心が薄く、危ういやつだ。胸を眺めつつ試すように尋ねた。
「お前そういうの、わざとなの?」
「そういうの?」
「いや、いーんだけど。もう服はいいから食っちまいな」
顔射も気にせず、ちんこにもよく分かっていなさそうな反応をした辺り、ローラの星の生殖の仕方は地球とは違うのかもしれない。栄養を必要としない生態だとまでいうのだから、たとえ無性生殖でも驚かない。
*
寝る場所は、来客用の布団なんてもんはなかったから、冬用の羽毛布団を代わりに敷いてやった。床で寝るというのにローラは喜んで、羽毛布団に体を埋めた。
「ふかふかだ」
ローラは体を横たえたまま、床から俺を見上げる。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかった」
「あー、確かにな。龍一郎だよ、夏目龍一郎」
「へぇ! なんで書くの?」
メモに書いて見せてやると、ローラはまじまじと見つめた。
「綺麗な字書くのね」
「まぁ、親が厳しかったからなあ」
「そうなんだ」とローラはぼんやりと返事すると、「地球の話、聞かせてよ」とうつ伏せになったまま自分の横のスペースを叩く。
「はあ? やだよめんどい」
「えー、おねがい。おーねーがーいー」
子供のように足をばたつかせる姿を見て、「いくつだよ」と呆れたように言った。
「ん〜、地球の単位だと、もう二十九年は生きてるかな?」
「は!? 年上? 冗談だろ?」
「歳の取り方が違うんだろうね。そんな驚いた?」
「そりゃ、俺はお前のこと初めは未成年かと……」
ここまで口にして、夢だと思っていたとはいえ自分が未成年と勘違いしていた相手にしたことを思い出し、口を噤んだ。素直に謝る気にもなれず、なんでもねー、とそっぽを向く。
「そ、まぁいいけど。おやすみなさい」
「……おやすみ」
ローラの部屋を出て自分の部屋に出ると、PCの電源をつけた。『宇宙人が居候しにきてワロタwww』と投稿すると、すぐに『嘘乙』と『妄想?』と返信がくる。
自分を否定された瞬間、負の感情と共に、ほんの少しだけ安堵している自分がいる。自分のことが嫌いだから。自分が嫌いだという自分の判断は間違っていないと、認めてもらうようなものだから。何についても新鮮な反応をして、興味深そうにするローラの純粋さは、俺には少し眩しすぎる。
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