エッセイ

宇宙人はいるの? と小さい子供が宇宙飛行士に質問した場面を、大昔テレビで見たのを覚えている。宇宙飛行士は、たしかこう答えていた。


いるよ、僕達も宇宙人だよ。言ってしまえば、宇宙に住んでいる人はみんなそうなんだ。



p-27。それは地球の別名だった。彼女の話を要約すると、彼女は別の星から来た生物で、そこは今の地球よりずっと科学が進んでいるという。彼女はその星の調査員で、宇宙船に乗ってひとりで調査に来たのだという。



まるで頭のおかしくなった人間の妄言のようにも思えるが、少女の尖った耳や、俺の性器に対する反応が真実みを感じさせる。なにより毎日退屈なものだから、嘘でもいいから付き合ってやろう、くらいの好奇心が俺には混じっていた。


ここまで会話して、ようやく俺は普通に会話が通じることの違和感に気がついた。科学が進んでいるなら自動翻訳機のようなものでも発明されたのかと思い尋ねると、こんなマイナーな星の翻訳機なんて誰も作らない、地球に来る前に勉強しただけだ、という。


「ん? じゃあなんでここに? 調査って命令されてくるもんじゃないのか?」

「ううん、自分で選べる。私はね、呼ばれてる気がしてここに来たんだ」

「呼ばれている? なにに?」

「わからないけれど。この青い星の写真を見た瞬間、ここにしようと決めた。研究が進んでない星だったから言語の勉強は大変だったよ。日常会話だけで精一杯」


そんな事を言う割に、彼女の日本語は流暢だった。


俺を真っ直ぐに見つめる目は希望に満ちていて眩くて、直視するのもはばかられるほどだった。彼女は俺と違って、ずっとしたかったことを叶えられているんだから、それも当たり前だろう。


*


彼女の名前をできるかぎりこの星の発音に近づけると、アウローラと言うらしい。呼びづらいならローラでいいよ、と言われた。


ローラが最も興味を示したものは、食べ物だった。部屋に居座り、偉そうにあれが食べたいこれが食べたいと俺を使い走りにした。


普段なら断りすぐに追い出しただろうが、顔射したことへの罪悪感と彼女の顔立ちの良さが、断りづらくさせていた。


こんなぴっちりスーツの女が昼間から外に出ると怪しまれるだろうと、ローラに部屋で待っているように強く言いつけ、スーパーに向かう。久しぶりに外出すると、いつの間に夏になったのか、外は燦々と日が照っていて暑かった。


寿司、カレー、ハンバーグ。まるで小学生の好きな食べ物ランキングだと思いながらも、出来合いのものをカゴにいれていく。


暑さと人混みのせいで俺の機嫌は最悪で、帰り道はぶつぶつと悪態をつきながら帰った。あの女、食わせたら追い出してやる、大体なんで俺の家に、精神病院に電話してやる、と悪口は尽きない。


アパートに戻り、帰ったぞ、と玄関で声をかけてもやけに静かで返事は返ってこない。リビングの扉を開けると、原稿用紙が床に散らばっていて、血が沸騰しそうにかっとなった。


ローラは床に座り込み、原稿用紙の文字を追っている。集中している顎を掴むと無理に顔を上げさせて、頬に平手をした。狭い室内に乾いた音がこだまする。


「何見てんだよ! 早く出てけ馬鹿野郎、さっさと追い出せばよかった!」

「……ごめん」


叩いた瞬間、やり過ぎたかと一瞬頭が冷えた。小さい顎を掴んだ手に冷たい雫がかかり、ローラの目が赤く充血していることに気がつく。


「あ、いや……、あ、」

「勝手にみて悪かったよ……でも、」


でも、と涙声でローラは続けた。俺の手にぬるい息が微かにかかっていた。


「いいね。これ」


細い指が床に散らばった原稿用紙を指さす。俺が数年前に書いたエッセイ。失敗したもんなんてさっさと捨てたかったから、書いた原稿のほとんどはすぐに捨てた。それでも気まぐれに捨てなかった数枚を、ローラがどこから引っ張り出してきたのか見つけたのだ。


姉貴は俺のエッセイを褒めたことがあるが、今思えば、あれはただ気を遣っただけなのだろう。結局俺の書いた文章はだれにも認められたことはなかったんだ。



けれど、ローラは今泣いている。彼女の涙は俺に怒られたからじゃないということは、原稿用紙にできた涙の染みでわかった。


「ローラ」と初めて彼女の名前を呼んだ。僕達も宇宙人、と言ったインタビューの話をなぜか思い出した。


ローラは、うん、と静かに頷く。


「……あんがと」

うん、とまた穏やかな返事が返ってくる。

「ほかにないの? もっと読みたいんだけど」

「ないよ、捨てたから」


そっか、とローラが言った。大きな目を真っ赤に充血させた姿は、人並外れた容姿ではあるものの、俺たち地球人となんら変わらないように見えた。

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