虐殺の様相

 鉱山内部はほとんど敵の姿は見当たらなかった。全員で攻撃をして、全滅したのだろう。だから、そこで広がっていた景色が〔ノルス〕で見たそれとは比べものにならなかった。ガリガリに痩せ細った最早人間とは言えないが遺骨。生きているかと思えば、それは死体だった。体の原形をとどめている死体が最も不幸にも思える。首をはねられて死んだ方が痛みも少ない。拷問まがいのいや、これは拷問じゃない。遊びで殺されている。働かせているのは理由に過ぎない。本当の理由はただ一つ。ここにいる人間の絶滅。

 だからこそ、彼には理解できなかった。魔人達の目的が虐殺にあるのならば、最初攻撃したときに全員殺せば良かった。しかし、そこを制圧した後、労働力を欲した。しかし、その労働先では虐殺が横行している。ここで働かされている人たちの一人として魔法鉱石を採掘していない。

 彼はアイリーンに回復魔法と食料を与えさせていき、全員を解放していった。四百人近くいた。生きている人で、だ。死んだ人たちはその数倍に上るだろう。ちょうど、〔ノルス〕の人口に近くなる。

 坑道はかなり入り組んでいるが、何処に行こうとも死臭しかしない。アイリーンはこれが現実だと信じたくなかった。シルヴィーはやるせない気持ちでいっぱいになる。だけど、二人ともすぐに気を取り戻した。彼らのような人間を減らしていかなければならない、そう考えた。


 一方彼は、考えれば考えるほど分からないことが増える。ここまで被害を被っていながら、ノンシュタイン国の軍隊は何をしているのか、どうして、他国に助けを求めないのかが理解できなかった。〔ノルス〕はバートランド公国との重要な結節点。そこを占領されると、バートランドからの輸入が滞る。バートランドの方も問題だが、ノンシュタインの方も財政状況が悪化する。それを避けるためには早めの奪還と復興が重要だが、一月以上経っている。討伐隊が編成されているかもしれないが、それでも、遅い。〔ノルス〕以外の三つの結節点がどうなっているかの情報もない。

 

 ある地点を越えると、それまでよりも一層空気が重たくなった。彼は、高周波の音を出した。音があちこちを跳ね返っていき、構造を把握する。すると、道からそれた壁の中に道があるのを発見した。

「ここだな」

 彼は壁の中へと入っていって、〔アルゴンヌ〕の洞窟で見つけた物と同じ鏡を見つける。その周りにはまだ運ばれていない魔法鉱石が赤く光っている。彼は試しに一つ手に取ってみると、それだけでは意味がないことにすぐに気がつく。しかし、自らの魔力を込めると光が強くなり、それに反応するようにして周りも赤く光る。

 彼は魔法鉱石の特性をただの触媒と考えていた。しかし、どうやらそれだけじゃないらしい。おそらく溜め込まれた魔力をそれなりの機械に組み込めば動力源として作動する。石炭の魔法版といっても良いのかもしれない。彼はこの特性を見抜いたとき、雷に撃ち抜かれたかのような衝撃が自らの頭に走った。彼は常々考えていた。どうすればもっと移動が楽になるのか、つまり、車をどうやって作るか、を。石油があるかどうか分からないが、おそらくある。しかし、それを仮定したとしても、さすがに石油を用いた機械を作るだけの知識はない。いくらか魔法で代替可能だが、それでも、動力源としては使えない。しかし、この魔法鉱石ならどうだろう。いくらか自己改良は必要だが、これを使った機械が作れる。車の理屈はなんとなく分かる。ならば、あれも作れるのかもしれない。

 彼は凄くニヤニヤしていた。それを見ていた三人は何か見てはいけない物を見てしまった気がして、目をそらしたが、素直に気持ち悪かった。


 彼は辺り一帯に散らばっている全ての魔法鉱石を懐にしまい込んで、鏡に目を向けた。

「さて、これをどうやって壊すかな……」

 鏡に対する試みの全ては失敗している。だから彼が最初見つけたとき、壊すのではなく、近づくことが出来ないようにした。しかし、これからも見つかるだろうから、確実に処理する方法が必要だった。

「前見つけたとき、どうしたんじゃ?」

「ああ、あの時は、周りを全て爆破して、動けないようにした。だから、極端な話、時間を掛ければ全ての岩はどけられるだろうし、全ての爆弾を解除も出来るだろうな。だけど、ここはそうも行かないな。周りの岩石は壊しやすいが、ここは網の目状に掘られすぎている。連鎖的に崩壊してしまう。そうなると、ここは封鎖せざる得なくなるし、それは、この国の経済的な面から見ても面白くない。ここだけを無力化するしかない」

「どうするの?」

 アイリーンは鏡に触れようとする。

「触れるな!」

 彼は声を荒げて止める。ビクッとして手をすぐに引く。

「ああ、すまない。これに触れると肉体が分裂する。多分侵入者を防ぐための仕組みなのだろう。だから、試してみたいことがあるからそれをする。下がってて」

 彼は〔アルゴンヌ〕の戦いで『継承』したスキル、重力操作をすることにした。目標は鏡の中心。彼がこの魔法を受けたとき、指定領域内の重力操作だった。しかし、彼はさらにその指定領域内を限定し、一センチ四方の立方体を想像して、そこに作り出す。鏡から四センチ離れている。そして、一気に魔力を込め、重力を重くしていく。ただ重くするのではなく、その空間における重力を増していく。一定量を超え始めると空間が周りの空間すらを伴って収縮していく。


「俺もうろ覚えだったから上手にいくかは分からなかったけど、あの空間内に一定以上の重力を与えた。言い方を変えれば、その空間の質量のまま小さく小さくしていく。すると耐えきれなくなった空間は周りの空間すらも巻き込んでさらに収縮を続けていく。そして、空間が飲み込まれてしまう」

 彼の目の前に黒い空間が徐々に広がっていく。それは周りを飲み込み始め鏡すらも飲み込んでいく。彼はそれを確認してすぐに魔法の行使を止める。するとその空間から黒い物体は消え、元に戻る。ぶっつけ本番でそれをやって、上手くいったのは良かったものの、消えた物質が何処に行ったのかまでは分からなかった。

「今のは結局何だったの?」

 シルヴィーは興味深そうに聞く。

「これは、所謂ブラックホールと言われる物理現象だよ。重力操作の魔法を覚えた時点で、出来るだろうとは思っていたけど、まさかここまで上手くいくとは考えていなかったよ。さて、やることはやった。戻ろうか」

 彼は三人を連れて、外に出ることにした。そこから労働者をつれて戻ろうと考えたがほとんどの人がこのまま砂漠越えをすることは不可能だと判断して救援を呼ぶこととした。翌日には〔ノルス〕から救援がやってきて彼らは解放された。


 そして、彼は当初の予定から少し狂ってしまったが、ノンシュタイン国の首都〔バラック〕へと向かった。そして、到着してすぐになぜ救援があまりにも遅いのかが分かった。この国は今、王なき国なのだから。

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