王都〔バラック〕

 彼らは〔ノルス〕に一定程度の復興を見届けてから、王都〔バラック〕へと二日掛けてたどり着いた。砂漠を歩いて越えることに日に日に慣れていき、さらに、これまで三人だったのが、アイリーン加入後さらに効率が上がった。彼と彼女はそもそもこの時代、この場所の人間ではない。シルヴィーは確かにこの時代の人間だが、〔アルゴンヌ〕の外へでたことがほとんどなかったし、砂漠の経験は初めてだったため、苦戦していた。一方のアイリーンは騎士団に所属していたとき、訓練の過程で、砂漠に適応出来るようになっていた。だから、アイリーンは砂漠慣れしている。彼も確かに知識として砂漠に関するものは持っていたが、経験したことがなかったため、苦戦していた。そこにアイリーンの経験と勘は大いに役立った。そして、彼らは怒られた。主に彼が怒られた。砂漠をなめすぎていると。知識だけで動けるような場所じゃない。普通、砂漠と分かっていたら、その前から準備を行うべきだし、案内人を付けるべき、と。まあ、彼らにはその金がないというのもあるが、それでも、無謀だった。


「まあ、ネチネチ言っても仕方がないから、今回はこのくらいにしておくけど、次ふざけた真似したら、死ぬよ?」

 目がマジで怖かった。彼は久しぶりにびびった。戦闘では勝てるが、何か、他の物事で勝てる気がしなかった。


 王都に近づいていくたびに、人々の賑やかな声が聞こえてくる。〔ノルス〕の惨劇とは全く違う。そこにいる彼らは一切知らないのだろう。外で何が起こっているのか。同じ国での惨劇とは思えなかった。確かに、彼が元いた世界では、ナショナリズムの高揚から生まれた国民国家は、その領地における人々を隅から隅へといたるまで管理されていた。そういった意味では、隣人の出来事は「私」の出来事だったし、「私」の出来事は隣人の出来事だった。その関心が移り変わるにつれて、隣人から経済へ、経済から「私」の生活へと戻っていき、そこにはすでに隣人はいなかった。そう考えると、ここで繰り広げられる風景に彼は懐かしささえ覚えた。「私」から遠く離れた人たちの生き死に「私」は関係がない。

 彼らは知らないのだろう。彼らと同じ国にいる人たちが虐殺されていたことを。魔物に襲われていることを。彼らは知らないのだろう。彼らの知らないところで地獄が目の前に広がりはじめていることを。彼らは知らないのだろう。地獄から逃れられない、ということを。


 王都〔バラック〕は四方を城壁に囲まれている。というより、この世界は基本的に中世と同じような作りになっている。中心に城があり、近くに教会がある。どの世界でも、宗教が統治形態に関わるのだろう。王城の真ん中に水が湧き出るところがある。オアシスを管理しているのが王だということがすぐに分かる。

 彼にはこの国の、この都があまりにも奇妙に映った。そこの人の話曰く、今、王が病床につき、執務がままならないため、次期国王を選定する時期にあるらしい。世襲制ではあるのだが、王子が複数人いる場合は、本来長男から継ぐべきところを賢明な判断なのか、それとも愚者の悪知恵なのか、この国では投票制を採用している。大衆が王を選ぶ。

 街は綺麗に分断されている。今回は二人らしい。緑の垂れ幕には「我らがライオット第一王子こそ、我らを導く存在である! 彼に清き一票を!」と。一方、赤の垂れ幕に「ポンペイ第二王子こそ全てを統べる王である。教養、戦略に優れた武人。彼こそが王である! どうか、彼に力を!」


 内容が何もない。何も判断できない。ただ、判断材料の一つに街の人たちは自分が支持している人の色をまとっている。まだ決まっていないであろう人たちは無色。ぱっと見、赤が目立つ。時点で無色。そして、緑。まあ、分からなくもない。第二王子ポンペイは見た目からして武人だった。というより、鎧をまとっていつでも戦に備えているように見ると高揚感を与えてくれる。

 一方ライオット王子はそれらが一切ない。選挙ベタのように思える。とはいえ、知的な雰囲気だけは感じる。これからのことを考えたとき、ライオットの方が話が通じるような気がしてならない。

「まるで、木偶じゃな」

 彼女は赤の垂れ幕を見てそう呟いた。

「どうしてそう思うの?」

 シルヴィーは不思議そうに聞き返す。

「あの鎧、分不相応じゃよ。まるで着飾った馬だ。弱そうじゃ。昔から言うじゃろ。能ある鷹は爪を隠す。そうじゃな、そう見ると、緑の方が賢明にも思えるな。まあ、大衆受けはせんじゃろうが」

 

 さすがは元王族。大衆という物を知っている。彼らは騒ぎ立てている人たちを怪訝そうに見て回る。外と内でここまで違うことにアイリーンもシルヴィーも悲しくなった。

「ここは気分が悪くなる」

 アイリーンは現実を知った。シルヴィーは自分がいるところがここまで残酷なのだとまた理解した。

 彼と彼女はどこの世界でも、時代でも一緒だと知って、人間の浅はかさすら感じてしまう。

 彼らは人込みをかき分けながら、一番高価そうな宿屋へと入る。お金に関しては、まあ、今は余裕がある。主な要因は銀鉱山でくすねてきたやつを加工したからだ。


「ようこそ、砂漠の王の街〈バラック〉へ。当宿は王都の中でも最も評価の高いことでも有名です! なんと今、我らが王サルトル五世が退位なされ、次期王を決めるためにコンクラーベが実施されています。その関係で、当宿は旅人に特別サービスとしまして、全部屋半額とさせていただきます!」

 彼は、心の中で、「お、まじか、ラッキー」と思って、思い切ってスイートルームを二部屋とった。もちろん、彼と彼女、アイリーンとシルヴィーという割り振りだが、もちろん、アイリーンはかなり不満を漏らした。そこで、おそらく数日泊まるだろうから一日ずつ交代ということで何とか落ち着くことができた。もちろん、彼女からものすごくくぎを刺された。

「やることやってもよいが、あくまで正妻はわしじゃ。少しでも本気になってみよ。焼くからの」

 地獄のような光景が彼の頭によぎった。その中央で高らかに笑う彼女の姿は、想像するだけで美しさで死ねそうだが、まあ、こちらの命もかかっている以上、そういったことは避けることとしよう。


 宿屋を決めた後は、それぞれの時間を過ごすこととした。だが、その中でも各々で情報を集めることを優先させ、観光と情報収集を同時に行ってもらった。とはいうものの、シルヴィーは彼女にべったりだし、アイリーンは彼と動きたがり、彼女はもちろん彼と動こうとしていたため、四人で動くことになるのは本末転倒だと思った彼は彼女たちだけで探索に行かせて、自分は、適当に動くことにした。とはいえ、目的が最初から決まっているため、行く場所は〈バラック〉にある大図書館だった。

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ガンスリンガー吸血鬼の無双撃 初瀬みちる @Shokun

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