悲劇の片鱗

 解放された人たちはその日のうちに食事とシャワーを浴び、ようやく人間に戻ることが出来た。解放された人たちのおよそ八割が女子供だった。プロタゴラスの例から考えるに、労働力は全て銀山へとつぎ込まれているのだろう。しかし、採掘された銀は一体何処に消えていっているのだろうか。彼はそのことばかり考えていた。敵には敵の予算がある。しかし、住む領域すら違って、何ならこちらから敵の方へと行く方法が未だに確立されていない中、安定して金銀は供給できるはずだ。ならば、そこでしかとれないものがある、そう考えた方が良い。おそらく、労働者はこぞって銀を採掘しているだろう。だが、それに紛れて、魔界から派遣された魔物が本来の目的のものを採掘している。考えられるのは、魔法鉱石。功績系で有用なのはそれしか思い当たらない。魔法鉱石は一般的な鉱石にその山自体が持つ魔力が集中的に、奇跡的に注がれることで変質した鉱石。青白く光っており、その輝きは何処にいても変わらない。


 魔力を注がれている、という特性上、その魔力を多分に含んでいる。魔力は基本的に全ての生物、物体が持っており、今のところ、人型実体が最も有効的に使用できている。その中でも、魔物は魔力を直接見ることが出来、だからこそそれを操ることに長けている。人間が魔力を付けるのは、ほとんど信仰に近い。魔力を使った攻撃やら回復やらをするとき、決まって唱えるフレーズ、「神よ全ての法則を我が手中に、全ての理を我に!」とは、魔法によって現実改変が行われるための自己暗示に近い。聖書の言葉を唱えて神に近づき、力を持とうとするのと同様に、人間にとっての魔法とは信仰である。現実改変の能力は神にあったのではなく、魔力にある。魔法力が高ければ高いほど、現実改変は優位に行われる。魔人と人間の最大の違いが魔力が目に見えるか、という点で語ることが出来るのならば、人間は見えないからこそ、ある、と信じる。だからこそ、そこに力を見いだせる。このように魔力を捉えると、あのフレーズは必要性がない。ただ、知っていればいい。この世を変革させるには、この世の理を知れば良い。だからこそ、変革することが出来る。

 しかし、この世界の人間は信仰を優先するあまり、理の理解を行わない。だからこそ、弱い。理を知るからこそ、世界は変わる。異世界から来た彼にとって、物理法則すらも変わらない、ただそれを変革しうる力があるだけのこの世界で、問題はない。

 魔法鉱石の力は、それ単体で魔力それ自体を底上げする。もしくは、触媒として機能し、大型の魔方陣などにも使われる。言ってしまえば、ウラン鉱石だ。核の燃料。超高濃度の魔力鉱石はそれ単体が一つの兵器である。


 残存兵力の全てを殲滅し、奪回することに成功した〔ノルス〕は徐々に街の形を取り戻していった。少し前に置いてきたプロタゴラス一行も合流し、幾人かは再会に喜んだが、二度と会わない人たちもいた。地獄は続く。

 シルヴィーはその光景に無力感を覚えた。自分は何も出来ない。ただ、それだけが頭をよぎる。

「おつかれ、シルヴィー。大丈夫だったか?」

 彼は、シルヴィーに近づいて、頭を撫でる。

「モトキ、僕は一体何が出来るんだろ……」

 彼女はただ、シルヴィーを見て哀れみの目を向ける。それは、その姿を憐れむのではなく、シルヴィーに自分自身を重ねていたのだろう。何年も昔、もしかしたら、何百年かもしれないが、自分も味わった虚無感。シルヴィーはこれを見てしまった。

「さあ、俺は知らない。なんせ、俺も初めてだからな。だけど、これだけは分かる。俺やユリア、シルヴィー、俺たちがいなかったら、彼らは泣くことも笑うことも出来なかった。人の死が恒常化してしまっていた。人の死は常に非日常で無ければならない。俺たちが出来るのは、この光景を日常にしないこと。その為の力を俺たちは持っている。これだけで良いんだよ。世界を変えることは難しい。でも、ここの、目の前の幸せを一つ一つ積み重ねていくことは出来るからさ。な、ユリア。そうだろ?」

「うん? うん、うん。そうだよ」

「聞いてなかったのか……?」

「いやいや、聞いておったよ。ただ、長くて、眠くて……」

「ああ、分かった分かった。先ずは休もう。この際だ、どこでも寝れるだろう」

「そうじゃな」

 彼女は、凄く眠そうにあくびをする。シルヴィーはそれを見てクスクスと笑う。

「うん、そうだね。そうだよね……」

 シルヴィーはしくしくと泣き始める。彼も彼女もその姿を見て、やれやれとも思うが、同時に仕方ないとも思えた。

「そうじゃよ。もう眠いのじゃ。早く眠らしてくれ……」

 そう言って、彼女はどさっと、彼にもたれかかって、スースーと寝息を立て始めた。彼は優しい微笑みで彼女を背負って、寝られそうなところを探して、勝手に寝付いた。復興は翌日からだろう。彼女自体が喜びそうな寝床が近くの屋敷しかなかった。おそらく領主の持ち物なのだろうが、今はいないため、好きに寝ることにした。

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