〔ノルス〕奪回

 〔ノルス〕に辿りついたとき、周りの温度は氷点下を下回っていた。双眼鏡を二人に渡してその使い方と、用途を説明した。

「ほう、面白いものを作るの。まあ、これに索敵スキルを併用すれば、スポットも出来るじゃろうな」

 索敵スキルは基本的に相手の位置を知るだけで、それ以上のことはない。だけど、視界領域内に相手を捉えたとき、相手の存在を記憶し、五感にそれを伝えることが出来る。そして、スポットを任意の相手に共有することが出来る。

 〔ノルス〕はある意味で要塞都市と言える。そこを壊すのは簡単だが、奪回できるならそれが良い。双眼鏡で見ている限り、住宅地周りに人はおらず、おそらく、中心にある講堂に集められているのだろう。おそらく、女子供がそこにいて、プロタゴラスの話を聞く限り、銀鉱山で労働を強いられているのだろう。プロタゴラスは労働の後、一度返される最中に彼が助けた、と言ったところだろう。

 要塞都市である、というのは、ある意味では、忍び込みやすい。どこから忍び込めるかの大まかな位置はすぐに割り出せるし、敵はそういった進入を予想していない。ならば、敵の不意を突いて、一気に敵大将を討ち取るのが制圧するのに向いている。まあ、それだけ敵がマニュアル通りに動いてくれたら、だが、理性もないような敵ならば、討ち取っていけば良いし、討ち取りやすい。


「さて、作戦だけど、それぞれ別々の箇所から潜入しようか。俺は、この地点、今いる地点の反対側、警戒は厳重だが、だからこそ、陽動に向いている。君は、ここで、大きな事、何でも良いさ。希望になるようなことをしてやれ。やり方は任せるよ」

「大きな事か? うーむ、は、じゃあ、お前様の地雷をくれ。花火なるものをここで上げてやろうじゃないか」

「それいいな、俺もそうしよう。タイミングを合わせて打ち上げる。これでほとんどは引きつけられるだろうな。さて、そして、シルヴィーだが、今回の主役は君だ」

 彼はシルヴィーを正面から見る。その顔にシルヴィーは驚く。冗談では言っていない。本気だと言うことに気がつく。

「ぼ、僕なの? 無理だよ……」

 シルヴィーは自信なさげに断る。というより、自信がないから断る。彼はそれを知っていた。シルヴィーがあの戦争から変わってしまったことを。戦争は人を変えるとはよく言ったものだ。仲間の死を見てしまったシルヴィーは心が折れそうになっていた。さっきの戦いは仲間がかかっていないからだ。気楽な戦いだった。だけど、次は違う。責任が違う。そこに発生する責任が違う。


「シルヴィー。君が何で迷っているのか、俺は分かっているつもりだよ。だから、何も言わなかった。俺が君をこの任務に任せたのは、君が向いているからだ。多対一には俺や彼女がいる。でも、君は一対一においては強いよ。大丈夫だよ。俺たちがいる。自信を付ける必要がある。戦争を知らなければならない。君に言ったよね? 俺たちの道は残酷と残虐に満ちている。それを理解しているなら、俺はお前を連れて行く。それが出来ないのなら、ここで引き返せ。強要しているわけじゃない。だが、ついてくる以上、覚悟はいる。出来るか?」

「どうして……、どうして、そう、簡単に人の死を受け入れられるのさ」

 シルヴィーの怒りを感じる。

「俺は何も受け入れちゃいない。理不尽を受け入れたら、人生は闇だよ。俺は、この理不尽に抗う。あらがい続けるからこそ、俺たちに希望がある。抗うことをやめた人生に意味はない。服従することは美徳であることもある。だけど、全てに服従することは悪徳だ。せめて、俺は、俺たちは理不尽に服従はしない。俺たちに許されているのは抗うことだけだよ。これを、人の死を受け入れると言うのなら、それは、勘違いってやつだ。考えることをしないだけだ。シルヴィー、君の思いは間違いじゃない。苦しいのも分かる。だから、死を受け入れるな。理不尽に屈するな。それが、戦う理由になる。いいか、理不尽に屈するな」

 シルヴィーは何も答えない。ただ、力に満ちた目を向ける。彼女はその言葉を聞いて、頷くだけだった。

「決まったようだな。じゃあ、はじめよう」


 彼は、彼女にいくつか地雷を渡して、効果的な場所を指示してそこに仕掛けさせ、彼も同じように反対側で仕掛けた。シルヴィーはまだ完全に自信を付けたわけじゃないが、迷いを持っていれば死ぬことを知っているシルヴィーはただ目の前の事象に集中することにした。

 彼が示し合わせた時間まで、あと二分。全員配置について、ただ攻撃を開始するだけ。この待っている時間があまりにも長い。たった六十秒かける二回するだけの

時間が永遠にも感じる。シルヴィーは少し寒い空気を感じながら、できる限り時間までに奥へと浸透する。敵に気がつかれてはいけない。すると、すぐに、敵が多く屯しているところにぶつかり、これ以上進めなかった。見たところ、2,30人いる。だから、彼が行ってくれることを待っていた。

 3,2,1


 ピュー、バーン


 空に大きな花が咲く。明るく、それを見るためには皆して空に顔を向けなくてはいけない。だからこそ、皆希望を持つ。空を見る。上を向く。美しいものを見る。それだけで人は前へと進める。

 敵は、急に聞こえる大きな音と、そこから付随する大きな明かりに驚いて、慌ててその場所へと向かう。二方向から起こったために、敵は集合する前にそれぞれに向かった。ほとんど半数ずつ向かった。そのほかにも屯しているところから続々と打ち上がったところへと向かっていく。そして、連中の間で恐怖が広がっていく。彼らの元につくと同時に死が敵を襲う。

 シルヴィーは屋根から屋根へとつたって、中央の講堂へと向かう。敵が集中していた、と言うのもあるが、だからこそ、そこに敵のリーダーがいると睨んだ。そして、ようやく、目の前にたどり着いて、せっかくだから、前、ゲリラ戦を行った時に覚えた、奇襲攻撃を仕掛けることにした

 

 中央の講堂と周りの家は大体20メートルほど離れている。その間には一切隠れるところはなく、正面切って向かっていくのは愚の骨頂だ。敵は講堂を取り囲むように配置されているため、隠密はもう行えない。ならば、奇襲で敵の意表を突く必要があった。そこで、シルヴィーは亜人種に特有の魔力操作でつま先に全魔力を集中させ、強化する。

「よし、飛ぼう」

 シルヴィーはケンケンをした後、一歩目で最大速度を出して、その速度を維持したまま思いっきり飛ぶ。もちろん、そこで音を立てれば気がつかれるため、同時に自分とその周辺に消音系統の魔法をかけておき、飛び越える。いくら戦闘中とはいえ、敵は上を警戒しているわけがない。だから、講堂の上に取り付くのは簡単だった。

 中を覗くと、何匹か敵がいた。そして、それを囲むように何百人もの人がいる。ここで、攻撃しても良かったが、敵を侮るのは危険であり、さらに人質もいる以上、うかつに手を出せなかった。そこで、シルヴィーは先に外の連中を始末することにした。囲んでいるとは言え、互いに見えはするが常に見ているわけじゃない。一撃で仕留めて離脱していけば良い。講堂の周りには大体十人ほどが守っている。四角形を講堂だと見立てて、北と南に三人、西と東に二人ずつ。妥当なのは、東からやっていくべきだろう。シルヴィーは上から敵を見る。そして、攻撃を仕掛けるタイミングを計って、

「よし、やってみよう」

 シルヴィーは上から一撃でゴブリンの頭を潰し、敵が攻撃だと理解する前にもう一人を攻撃した。二人を一瞬で片付けると、もう一度上へと戻り、西側も同じように攻撃する。

「よし、あとは、正面と裏、六人か。まあ、出来るだろう」

 シルヴィーは同じように、裏手を先に攻撃するが、二人までは順調だったが、やはり三人目は間に合わない。本来、冒険者がゴブリンと対峙したとき、正面戦闘は避ける傾向にある。それは、ゴブリンが強い、と言うのもあるが、打撃系も懺悔系もダメージが低いからである。だからこそ、彼の武器が異常なのが分かる。弓矢などの攻撃が論外であるため、遠距離攻撃など無意味だった。しかし、彼の武器は遠距離でこそその真価を発揮し、中遠距離からの攻撃などそれに対応できる武器は存在しない。とはいえ、シルヴィーは打撃系だった。だからだろう、ゴブリンは勝ちを確信した。そして、それが最大の勝機だった。ゴブリンは味方を呼ぶ前に自分で片を付けようとした。それを狙って、シルヴィーは踏み込んで、顔面を殴る。

 シルヴィーの武器は魔力を込めれば込めるほど堅くなる。足に、込めたときと同じように、拳に魔力を込め、そのまま殴る。


「ふう、良かった……、さて、あと1グループ。中の連中……、よし、やってみるか」

 シルヴィーは敵を見ながら、どうするかを考えていたが、さっきのゴブリンの態度を見ると大体の敵は似たようなことをしてくれるだろう。シルヴィーはそれに賭けた。

 さっきと同じように二人を一気に片付けて、一対一に持ち込んだ。次は、ひたすら構えて待つ。そして、敵の方から攻撃するのを待って、来たところを全て避ける。そして、格闘術でゴブリンの腕を壊す。そこでようやく、敵は自分が不利であることを悟り、応援を呼ぶ。ほとんど鳴き声だが、それでも、この声を聞いた敵は、最も近いところから応援が来る。中から、敵が全員出てきたためシルヴィーは一気にたたみかける。六対一という不利な状況ではあったが、一人一人を見極めていけば、そこまで難しい話じゃない。同士討ちを避けるために、敵は攻撃に手間取る。一方、シルヴィーは一人であるためにガンガン攻めれる。ただ、注意すべきなのが一方的に攻撃するときは囲まれて動けなくなるのを避けるためである。

 シルヴィーは圧倒的強さで、ゴブリンを殲滅していく。全て殲滅して中に入る。中に捕らえられている人たちを見てシルヴィーは吐き気を催した。外から見て分からなかったが、中はひどい匂いがする。もぞもぞと人が動いているが、しかし、何人かがその場で死んでいることにすぐに気がつく。人間が生きていく環境ではなかった。地獄だった。所狭しと人が詰め込まれ、幾十にも重なった死体と排泄物。過労時で生きている人たちは小さく汚れたパンを片手に放心状態にいる。こんな環境の中でも人は生きていく。シルヴィーは耐えかねて吐いてしまった。


 死んだ目をした人たちが、シルヴィーの姿を認めると、ぞろぞろと近づいてくる。シルヴィーはその姿に恐怖した。骨に皮がついているような人たちは自分たちが生きていることに感謝していた。シルヴィーはこの匂いを絶つために天窓を捨て壊した。そのおかげで匂いがかなりましになり、空気も入れ替わった。

「あ……ありがとう、ごほっ、ありがとうございます」

 その場を取り仕切っていたと目される男性がシルヴィーに話しかけてきた。その男性を見ると、周りは男をにらみつける。その男は周りに比べれば些かましな姿をしていた。シルヴィーは少し警戒したが、魔物特有の感じはしなかった。

「ええ、それで、ここにいる人たちで全員ですか?」

「はい、この街の住人の全てがここに集められています」

「それと、敵の指揮を執っている魔物は何処にいるか知っていますか?」

「あいにく、自分はここの人たちのまとめ役であって、そういったことは知りません……」

 シルヴィーは考えた。彼の話曰く、総大将自体はいないだろうが、それでも、ここら一帯を取り仕切る奴がいるはずだった。シルヴィーは二つの考えが浮かんだ。一つは自分が気がつかなかっただけで、もう殺した、もう一つは、どこかに潜んでいる。シルヴィーは自意識が過剰ではない。むしろ謙虚だ。それは、この前の戦争でさらに拍車がかかった。だからこそ、まだ、強敵を倒していないと確信することが出来た。シルヴィーは少し、賭に出ることにした。


「ちょっと失礼」

 シルヴィーは男の肩に手を置き、魔力をながす。そして、ぱちっと紫色の稲が走る。

「くっ」

 男は、シルヴィーの手を弾いて、外へと逃げる。

 シルヴィーはその姿を見て、すぐに追いかける。男はドラグーンと言われる魔物だった。これは、竜の系譜ではあるが、龍人族とは違う。龍人族は亜人の一種で、龍の進化によって生まれた。そして、ドラゴンの姿をとり続けているのが一般には龍神族と言われ、神としてあがめられている。シルヴィーの目の前にいるのは、亜人にも慣れず、かといって、神にも慣れなかった、出来損ない。ドラグーンである。だが、それだけでも、戦闘力は高く、魔力操作などに優れている。だから、偽装効果を持つ魔法も使えたのだろう。

 すぐに追いつくと、ドラグーンは諦めて、シルヴィーと対峙する。

「けっ、外の連中をやったのはお前か。我が同胞をやってくれたな。さて、お前を生かすつもりでいたし、なんなら、中の連中も行かそうと思っていたが、気が変わった。あの方の意向に反するが、ばれるくらいなら全てを消そう。ところで、お前は、どうして、俺が人間に化けていると分かった?」

「匂いですよ。あの死の匂いの中であんただけが、人間の匂いをしていた。まるで、人間であり続けることにこだわっているように……」

「なるほど、良い推理だ。まあ、次から気をつけるさ」


 シルヴィーは少し油断していた。ドラグーンは一呼吸の間に、距離を詰めてくる。あまりにも速く剣がシルヴィーの懐に来る。目の前に敵が来たことを理解したときには、危機一髪だった。そして、上に来ていた服が切れる。

 シルヴィーは一度距離をとって、体勢を立て直して、シルヴィーの方から向かう。

 まず、足に魔力を込め、ジャンプしたときと同じように、一歩目から最大速度で目の前まで飛び込み、そして、次に拳に魔力を込めて、顔面へと打つが剣で弾かれてしまう。

 すると、ドラグーンは懐からもう一刀、剣を取り出し、二刀でシルヴィーに斬りかかるが、拳でそれを防ぐ。

 拳と剣では分が悪すぎる。だが、シルヴィーはそれを理解していた。本来ならば、拳が剣に勝てる道理はない。だからこそ、シルヴィーは勝つために訓練した。

 どんなに切れる剣でも、当たらなければ意味がない。

 シルヴィーはもう一度自分から踏み込んで、それを迎撃しようとするドラグーンの右手を外に弾いて、そのまま流れるように左手で肩を殴る。剣を弾かれたと同時にやってくる正直によって、大きく体を逸らしてしまったドラグーンの隙をシルヴァーは見逃さない。すぐさま視界から消え、死角から打撃、ドラグーンは打撃を受けた方向を見るが、すでにシルヴィーは先回りして攻撃を繰り出す。完全に視覚からこぼれ落ち、ドラグーンには勝機などなかった。その間も速度が刻々と速くなっていく。


 一つ一つのダメージは低い。それは、攻撃に割くはずの魔力を足に傾け、スピードに乗った拳を当てているからである。加速力を用いた攻撃はどんな柔らかいものでも凶器に変えていく。シルヴァーは自分自身を一つの武器として使った。格闘家が鍛えられた剣士に勝つためには、リーチという振りを克服するしかない。シルヴァーが編み出したのは、身軽な体と、魔力を操る天才の才能、そして、亜人としてのアドバンテージを最大限に活かした攻撃しかなかった。


「トドメ!」

 シルヴィーはスピードにこめていた魔力を瞬時に拳に込め、培った速度のままドラグーンの顔を破壊する。

「僕の勝ち!」

 心配で、顔を出していた囚われの人たちに向かって、シルヴァーはピースサインをした。

 

 ピュー ドーン


 すると、後ろから、花火が上がった。囚われていた人たちはその花火を見た瞬間、目に輝きが宿った。この花火は勝利の証。これから先、おそらく、ここにいる人たちは忘れないだろう。苦痛と屈辱に塗れた日々を。そして、解放されたこの日のことを。彼らは、花火とともに、この囚われた人たちを解放した。


「[ノルス]奪回、完了」

 彼は、『ノイン』をホルスターにしまって、魔物たちの死体の上で、空を見上げてそうつぶやいた。

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