弔いの宴

 たった一日で街は落ち着きを取り戻しはじめた。この戦争で〔アルゴンヌ〕における人口の約二割、2000人が亡くなった。冒険者は人口に数えられないため、一般市民で2000人、冒険者は300人ほどだった。人数は多いが、あれだけの大規模攻勢を前にして、このくらいで済んだのは幸運だったのかもしれない。当日、在駐していた冒険者はおよそ1000人。防衛戦に参加したのは一般市民含めて全体の五割に該当した。それでも、大軍を前にして勝てたのはやはり、彼と彼女の力が大きい。防衛戦に関しては彼女の圧倒的戦闘能力に依拠しており、反転攻勢に関しては彼の作戦によるものが大きい。頭脳と力を兼ね備えた二人の力はあまりにも強大だった。


 街の中では宴の準備が着々と進んでいた。ギルド支部本部の中で着々と進んでいく。だけども、つい昨日まで見ていた賑やかさからは程遠かった。宴というよりもほとんど葬式だった。彼と彼女は今次戦争の立役者として英雄と見做されていた。だけど、彼はその呼び方にいくらか納得のいっていない様子だった。シルヴィーは昨日まであんなに彼女にべったりだったのに、指揮を任せた後からすごく大人しい。

 そんな空気の中宴が始まるが、みんな黙々と酒を飲むだけで、会話という会話はなかった。ある人はその場で泣き始め、ある人はただ目を瞑っている。アルフレッドも何も言葉を発しない。


 とうとう、彼は見かねて立ち上がり、全員の前に出ていき、声を出した。

「酒の席で、湿ったれた顔をされると酒が不味くなる」

 彼は悪態をついてみせる。その発言を聞いて、顔を俯いていた全員が彼の方を向く。

「死を悲しむなとは言わない。死を怒るなとも言わない。だけどな、俺たちは勝ったんだ。犠牲なき勝利に意味はない。俺たちができるのは、死者にできないこと。死者はもう笑わない! 死者はもう泣かない! 忘れるなとは言わない。弔いたければ葬式を開け。今日を生きたことを喜べ! この言葉が酷に聞こえるのかもしれない。俺の言葉は上辺だけに聞こえるかもしれない。ならば、ならばこそだ、誰が真の英雄で、誰が最も勇気ある人間か、わかるはずだ。メランコリーなど後でいくらでも時間はある。死者を讃えよ! これこそが、俺たちにできる唯一の救いだ。死者に意味を与えてやれ! その死は俺たちを悲しまさせるだけではないことを! 笑え! 騒げ! 悲しめ! 怒れ! 感情を全て出してみろ! 俺たちは前に進まなくてはならない。今日をその日にしよう。俺たちが前に進む日に、死者との別れを済まそう。俺たちは生きているのだから……、さあ、飲もう!」


 言葉は不思議なものだ。彼が語りかける言葉に中身はない。彼が思ったことではあるが、彼の本心はどうでも良かった。彼らが生きようが死のうが、それはその日の運でしかなく、理不尽だとわめいたとしてもそれを呪うことは出来ても、声を荒げて怒ることに意味はない。メランコリーは人の足を止めてしまう。戦争は始まってしまった。過去を後悔することは老いたあといくらでも出来る。

 だが、彼の言葉は中身がなかったはずなのに、戦士達の間でそれは意味のある記号となりそして、形を作っていく。戦士達は彼の言葉に触発され勢いを思い出した。戦士達は酒を飲み、共に仲間の死を悼み、生きていることを喜び、明日を迎えた。  

 冒険者から戦士へと変わったことを自覚した彼らは契約をすんなり受け入れた。彼らには彼らの理由が欲しかった。自分たちが戦った理由、仲間が死んだ理由。幸いなことに彼らは報復に取り憑かれなかった。ただ、生への執着だけが彼らを支配した。彼らは一致団結した。誰が敵なのかを自覚した。


「それで、お前様、仕掛けてある地雷はどうするのじゃ?」

 彼女は酒をあおりながら、彼に語りかける。

「ああ、忘れてた……。うん、そうだな、なあ、花火って知ってる?」

「ハナビ?」

「俺がいた世界では伝統工芸品として有名だったんだ。夏の風物詩で、祭りの時とかによく見ていたんだ」

「ふーん、お前様の話で、友達がいないことで有名じゃのに、祭りなどと言うところに、行っておったのか。ふ」

 彼女は哀れみを向けてくる。

「おいおい、ぼっちだったのは認めるけど、花火くらい見るよ……」

「ほう、どこからじゃ?」

「はっはー。外に決まってるじゃん」

「で、どこじゃ?」

 ああ、全て見透かされてるなー。

「自分の部屋です……」

 彼は根負けする。

「ま、まあ、花火は美しいものだから、君にも見て欲しいんだよ、さ、行くよ。おい、皆! 俺から今し方思いついたのだけど、犠牲者に弔砲を送ろうと思う! 俺の育った場所での文化なんだ! さあ! 空を見て!」

 酒をあおっている人たちはこぞって空を見始めた。彼は、仕掛けていた地雷を順々に魔法操作で空に打ち上げた。


 ピュー----、ドカン。


 空に大きな花が咲く。これは、彼の粋な計らいだった。普通に処理するのでは面白くないので、打ち上げることで、見世物とした。本当はこういった能力は隠すべきなのだが、これは、これを見た人たちに新たな美しさを見せたい、と言うのもあるが、一番にあるのは、これを理解できるものがいたとき、それは、彼と同じ世界にいたという証拠になる。接触してくる可能性も考えている。むしろ、それを待っている。誰かが来たとき、状況を知るには最適だからだ。もちろん、そのあとの処遇は考えているが、まあ、殺すか、記憶を消すか、のどちらかだろう。どっちにしろ、もはや、クラスメイトだの、同郷だのと言ったよしみはない。


 花火を初めて見た人たちは、その美しさに目を奪われた。何人かはこの美しさから泣き出す人もいた。幾人かはこの美しさを死者にも見せたかったと嘆いた。彼らは彼に感謝した。彼女はその美しさに見とれていた。

「お前様、粋なこともできるんじゃな」

「はは、俺の知らないところをしれて嬉しい?」

「もう、知っておるよ。わしは全て知っておる。だけど、これは知らなかった……。わしにサプライズの一つもせんからの!」

「おいおい、四六時中一緒にいたら、サプライズって難しいからな……」

「はは、そういうのは、頑張って用意するものじゃ。まあ、頑張りたまえ!」

 彼女はエッヘンと何か、偉そうにしているが、彼はどうしたら、サプライズが出来るか一切分からなかった。何を上げるべきかは分かっているが、それを買う隙がなさ過ぎた。錬成しても良かったが、それでは芸がない。まあ、彼は芸を考えるほどの頭は有していなかった。

「ああ、頑張るよ……」


 宴が終わり、全てを話したあと、彼らは日常に戻った。だが、その日常の中で、冒険者として生活しながら、仲間を増やしていくという任務が増えた。賛同者を増やすことが彼らの仕事であり、内側から切り崩すというのもあるが、一番の目的はバートランド王国の冒険者が兵力に組み込まれるのを阻止するというのがある。結局のところ、アルフレッド旗下の下、冒険者という名の戦力を〔アルゴンヌ〕に組み込むか、バートランドに組み込むかの違いでしかない。彼の中でその葛藤がなかったわけではない。だが、彼にとって必要なことだった。


 その後二日間ほど滞在して、彼ら一行は次なる街へと向かうことにした。シルヴィーはまだ、本調子ではないらしい。彼にはなぜそうなっているのか、大体の予想はついていたが、それは彼が解決して良いような問題ではなかった。

「それで、次は何処へ行くのかな?」

 アルフレッドは彼を見送るために街の入り口まで来ていた。

「まあ、今は隣の国、ノンシュタイン公国に行こうと思います。その国の現状と、先代の英雄について調べようと思います。ギルドカードを作ったときに、全てあなたに伝えたと思います。が、俺たちの正体は是非内密に」

 ギルドカードには嘘をつけない。偽造のスキルを持っているが、ギルドカードの作成には使えない。作ったあとの偽造は出来る。アルフレッドにはギルドカードを作る以前から正体を見せているため、本名も教えた。ただ、アルフレッドの話の中から名前による縛りを知らないようだった。つまり、シルヴィーもアルフレッドも、彼ら含めて全員本名を名乗っていたと言うことだ。

「ああ、任せておけ。お前達は火蓋を切った。お前達を敵には回したくない。なあ、英雄様」

「やめて下さいよ。俺は英雄じゃない。英雄は死んでいった連中、あの時、一緒に戦った連中だ。誰でも英雄になれる。死を間近にして、生き残るかは運です。アルフレッドさんには、これを渡しておきます。革新的な戦法が載っていますから、まあ、目を通しておいて下さい」

 そういって、彼はコートの中から、一冊の本を取り出した。それは、現代的な戦術をフルに活用した戦術書である。これは、彼が知りうる限りでの戦術を記しておいた。ただ、銃を扱わせるわけにはいかないので、歩兵による戦術を教えることで、彼がいない間に戦闘が起こったとしても、最小限の被害で敵に最大限の被害を与えられるようにしている。

「はあ……、この年にもなって勉強するとは思ってなかったな……。まあ、ありがとさん、暇なときに勉強するさ。人生は勉強だな!」

 そういって、アルフレッドは高笑いして彼の背中をバンバンと叩く。彼は引きつった顔をするが悪い気はしなかった。仲間と思われていることが何よりも嬉しかった。


「さあ、先を急ごうか。シルヴィー、行ける?」

 彼はシルヴィーを見る。シルヴィーはこくりと頷くだけで何も言わない。

「君は行ける?」

「もちろんじゃ」

「じゃ、行こうか。シルヴィー道案内頼むな。俺が前を歩くと、迷子になるから……」

 彼女はクスリと笑う。シルヴィーはアルフレッドとの別れの挨拶を済ましてから、とぼとぼと歩き始めた。

「エイハブ! 娘を頼む!」

 彼は、片腕を上げてその意志を伝える。彼も彼女たちの後を追いかけて歩き始めた。シルヴィーの背中はか細く見え、彼女の背中はウキウキしていた。次の街へはかなりあるらしく、長い旅になるだろうが、まあ、迷子にならないと思われるため、大して問題ではない。彼は、新しい武器を考えながら先へと進んだ。

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