森林のゲリラ戦

「準備完了しました」「こっちもOK」「俺たちも良いぜ」

 全員〔アルゴンヌ〕周辺の高い木に登って、葉っぱに隠れていた。何人か登るのが大変な人たちもいたが、それでも、全員登って、隠れることが出来た。それでも登れない人は危険度が高いが、それでも、土のなかに入ったり、草木の間に入ったりと、ゲリラ戦の準備をし始めた。ようやくできた頃には、日が暮れていた。敵の強襲が行われるとすれば、深夜から明け方にかけてだろう。ここまで弱っている人間にたたみかけるなら、今しかない。この油断こそが、ゲリラ戦において最大の利点となる。

「まるで、蛮族の攻撃じゃのう」

「ゲリラ戦法っていう、少数が多数に勝つための方法なんだよ。俺のいた世界では、俺の持つ武器を持った大軍を追い返したりしている。良い方法だよ」

 彼は、周りの地形と、攻撃陣地の展開から彼らがいるところに攻撃が行われることは予想がついていた。この時代の攻撃は愚直にまっすぐ攻撃することが主軸となる。ゲリラ戦は嫌われるが、それでも、勝つためにも必要だった。というより、現実問題、これ以上、愚直に直線的な攻撃は死者も、士気も下がる。この攻撃は、自分たちが攻撃しているという実感と勝てるという実感は重要だ。


 すると、敵の撤退していった方からガチャガチャと足音が聞こえてくる。鎧のすれる音、軍団が足音を立てながら近づいてくるのが分かる。

「皆いいか? 倒すことにこだわらないでください。敵を混乱させることが第一です。一撃離脱。それを優先して下さい。蛮勇は勇気ではありません。良いですか。勝って、全員で英雄として帰りましょう」

 皆、声を出さずに、うなずく。

「では、作戦開始」

 

 敵はただ前を見て歩き続けている。彼は、『ノイン』にサプレッサーを付けて、不意をついて撃っていく。彼女にも、ショットガン用のサプレッサーを渡しており、『ノイン』よりは音は出るものの、制圧力が高い。他の人たちも同じように、一撃で、仕留めていく。さすがは冒険者達だ。何人かはやりきれなかったが、すぐに薄暗い木の中に入っていく。敵は統率を失ってちりぢりになっていく。彼はそれを逃さないように撃ち抜いていくが、あまりにも数が多く、やりきれなかった。

「さて、次だ。ここより少し前進したところで待つ。ここの木の間隔は短いから、木をつたっていけば良いところにたどり着けるはずだ。ここからは、シルヴィー、君に指揮を任せる。俺とアーレントは敵の総大将をとってくる。おそらくは魔人だ。大丈夫。君達ならば、いけるさ。君達を囮に使うようで申し訳ないが、武運を祈る!」

「おうさ! 囮なら任せろ! エイハブ! 死ぬんじゃねえぞ! 俺たちの対象はお前なんだからな! そして、お嬢! いや、シルヴィー、俺たちの命、お前に預ける!」

 酒場にいた巨漢達が中心に士気をさらに盛り上げる。

「僕で大丈夫かな……」

 シルヴィーは彼の袖をつかんで、不安をあらわにする。

「大丈夫さ。周りを見てみろ。君と君の家族を慕って集まってくれた人たちだ。彼らのことは君がよく知っている。大丈夫。俺たちは負けない。勝つんだよ」

「うん、分かった。任せて! 僕はエイハブ達のパーティなんだから!」

「おう、任せた! これで、俺たちは安心して敵を屠れる。と、シルヴィーおそらく、敵は森に火を放つと思う。そうなったら後退だ。あとは、正面戦闘になるが、それまではゲリラ戦でなんとかなると思う。この先は行くなよ。罠を仕掛けながら行くから」

「分かった。……気をつけてね」


 彼はこくりと頷いて、彼女と先を急いだ。自分たちが圧倒的な攻撃を行い続ければ、敵は全兵力をこちらに向けなくてはならない。それを見越した上で、罠を仕掛けていった。

「ほう、それが、地雷というやつじゃな」

「うん。本来はワイヤーとか赤外線とかで検知するけど、これは隠密系統の魔法と振動を察知する魔法を併用して、揺れた瞬間爆発するようにしたからね。未知の兵器に恐れおののくだろうさ」

 彼は不敵な笑みを浮かべ、彼女はそれをどこか困ったような顔を向けて笑う。彼が一番いきいきとしているのが、戦っている最中となれば困りもする。彼は戦闘を楽しんでいた。これが、人を殺すための戦争であるならば少しは考えが変わったのかもしれないが、土偶を壊すだけに一切の罪悪感は湧かなかった。確かに、人間とほとんど変わらない魔族を屠ることをしていたが、そこには一切思考しないようにしていた。もし、考えでもすれば、戦えないと思ったからだ。敵をただ敵と考える。

「いいねえ、その顔。圧倒的力を持って敵を屠る、どんな気持ちだい?」

「君とのベッドの方が気持ちいいが、それに近いものはあるな。ある意味で聖なるものを宿している気分だよ」

「まあ、わしらに聖なるものはただの害毒じゃがな」

「言えてる。さ、来るよ。準備は良い?」

「もちろんじゃ!」

 彼女はショットガンに弾を込めてコッキングする。その姿があまりにも美しく、戦姫にも見える。実際戦姫なのだろう。昔の文献には、数多の戦線をたった一人で駆け巡った美しい女性がいたという。おそらく、彼女がモデルか、そのままなのだろう。


 彼は目の前に走ってきた敵を一つ一つ撃ち抜いていく。森の中のためかなり視界は悪いが、探知も使えるし、何より『ガンスリンガー』を標榜する以上、外すことは出来ない。彼女は魔法とショットガンを使って敵を屠っていく。夫婦の演舞はあまりにも美しく、狂気に満ちていた。これまで聞いたことのない音が敵を襲い、一定の範囲に近づくものは全て消え去る。

「じゃあ、もっと、速度を上げていこう」

 彼はコートの中から『ゲヴェアー』を取り出し、特殊部隊さながらに攻撃を浴びせていく。弾がなくなれば、クイックリロードを行い、『ノイン』を巧みに使いながら前進していく。彼女は彼の後ろを守り、彼が道を切り開いていく。

「うむ、やはり二人じゃと、色々心配せんで良いから楽じゃのう。背中を預ける人がいるのは嬉しい事じゃ」

「そう言ってもらえて光栄ですよ」

 彼らが進んでいくと、その後ろ、つまり、彼らが北方向から大きな爆発音が聞こえた。おそらく、彼らを迂回して進んでいった連中が、彼の仕掛けた罠に当たっていったのだろう。彼は街に戻る最中にも罠を仕掛けていたため、それが多く作動しているのだろう。


「おお、凄い音じゃな。して、地雷がこの戦のあと残ったらどうするのじゃ?」

「ああ、その点は安心して。俺の意志に干渉するようにしているから、爆発させるかして、無力化するよ。まあ、心配しなくて良いよ。俺がいたような世界が招いた問題は残さないさ。それに、あれは、知られてはいけないものだよ。隠滅の方に力を割いているよ」

「抜かりないの」

 彼は目の前に大きな気があるのに気がつく。その力の大きさは彼が最初に戦った魔人、というより、魔王ダイアに比べれば小さいが、それでも、強い。それは一人、それに近い強さを持っているが、あと二人いるが、それは大して強くはなさそうだった。

「さて、どうする? 君は、二人を任せても良いかな? 俺は強い方を」

「おお、いいぞ。今でもかっこいいが、それ以上にかっこいいところを見せてくれ。そして、もっとわしを惚れさせてくれ」

「ふ、それは難しいことこの上ないな」

「じゃな、惚れさせ続けてくれればそれで良い。旦那様」

 難しいことを簡単に言う。まあ、目の前の女性を惚れさせ続けることが、彼が生き続けようとする新しい理由の一つだ。

「じゃ、それで行こう。よし」


 彼らはいつの間にか敵の攻撃陣地を抜けて、総司令部の前まで来ていた。野営地点にそのまま作っているあたり出征だろう。

 すると、その中から、三人魔人が出てきた。それぞれ、独特な衣装に独特な紋様を施している。まるで、民族の戦争だ。

「さて、一番強いの誰かな? 俺が、一番強いのと、で、彼女が、残った二人とやり合いたいんだけど、いいかな?」

 彼が少しおちゃらけた言い方で、彼らに歩み寄る。すると、体が急に重たくなった。

「ふざけるなよ、人間如きが!」

 重力魔法。彼に向けられた魔法は一定領域内における重力を増加もしくは軽減させる魔法。この魔法は魔人特有の魔法だが、使えるものは少ない。使える魔人の大半は所謂将校クラスになる。つまり、目の前にいる魔人は将校クラスが一名と士官クラスが二名という分類になるのだろう。

「いいや、ふざけてないさ」

 彼は、少し体の重みを感じたが、平然と立ち上がって、土を払う。

「ふう、重いな。だけど、まあ、俺も彼女も異常に力だけは持っているからな。まあ、もっと重くないといけないよな。じゃあ、後は任せたよ」

「もちろんじゃ」

 そう言って彼女は並んでいる三人の周りに火をかけて囲った。そして、彼女も重力魔法を使って、士官クラス二人を別の場所に吹き飛ばし、彼と将校魔人を一騎打ちの場面をつくって見せた。

「さすが、俺の惚れた女は凄いな。さて、騎士道に則って、名乗るとするか、俺の名前は基喜。内山 基喜だ」

 すると、将校魔人の眉がピクッと動いた。どうやら、彼のことを知っているようだ。つまり、ダイアに近い存在と言うことが分かる。それは、将校魔神自身が教えてくれた。

「ほう、そなたがモトキか。我が君が人族に優れたものがおると言っておった。確か名をモトキと言っておったな。なるほど、そなたが。我が君はそなたが生きておることを信じておった。なるほど、なるほど。これはまた面白い運命だ。これは、我が君が認めたものとの戦い。全身全霊を尽くして戦わせてもらう。我の名はデュルケーム。いざ、尋常に勝負!」

 すると、デュルケームは腰に付けていた剣を抜き取り、彼に襲いかかる。彼は『ノイン』でその剣撃を受け止め、後ろに飛ぶ。飛びながら、『ノイン』を何発か撃つが、それは剣で弾かれてしまう。

「ほう、話に聞いていたのと違う。モトキよ、珍妙な武器を使うんだな」

「まあ、これが俺の本職だからな」

 なるほど。相手の持つ武器は魔法で硬化されているのもあるが、素材自体が前に倒したドラゴンの表皮並に堅いのを使っているのだろう。


「だが、弾けるというのは分かった。そして、目でも追える。何とでもなる。さ、行くぞ」

 すると、デュルケームは彼の懐へと飛び込むために、加速して、突進してくるが、彼はあえて、自分も向かっていく。『ノイン』を片手に新たに作ったナイフをホルスターから抜き取り、剣と交える。そして、剣を受け止めている間に撃ち込むが、それは避けられてしまう。

「我が君が認めたほどの実力、確かにあるな。なるほど、お前、人間ではないな?」

 彼はそれに答えない。答えようとも答えなかろうとも、気づかれている以上、意味はなかった。

「ふ、言明しないか。まあ、よい。我が君も予想しておられた。モトキよ、さっき隣にいた魔族が例の迷宮の奥底で見つけた方だな? つまり、お前は真実を知った上で、人に手を貸している。その意味を分かっているのか?」

「ああ、分かっている。だが、それだけじゃない。俺は、目の前の関わった人たちを守りたいから戦う。やらなければならないことは分かっている。だが、それ以上に、人が人を殺すことを見過ごせない。そんな大馬鹿者なんだよ。偽善者と罵ってもらってもいい」

「理解しているならば良い。この戦も私の本望ではない。だが、お前と戦えるのは光栄の至り。さ、続きをしようじゃないか」

「ああ、もちろんだ」


 彼はナイフを持ってインファイトを挑む。本来、剣とナイフでは勝負にならない。しかし、彼はそのハンデを身体強化と経験でカバーしていく。さっきの際の間に敵の攻撃のパターンを読み、そこから自分の行動を組み立てた。ナイフは宙を舞いながら、それでもなお、防御し、攻撃する。ナイフで斬り合うと言うより、自分自身をナイフにしている。

 すると、『ノイン』のカバーが開いてしまう。つまり、弾切れの合図なのだが、直感的にデュルケームは理解し、攻撃を苛烈にするが、彼は弾倉を上手く捨て、ナイフで、剣を上へと弾いた隙にマントから弾倉を取り出して、リロードを挟む。そして、そのまま、右と左へと一発ずつ、明後日の方向へと撃つ。相手は、弾かれたために一度大きく後退するが、撃った直後に彼は間を詰める。

「は、何処へ放っておる!」

「そういうのは、三流の言うことだぜ!」

 彼は直進して無謀な突撃を図る。そのため、相手は重力魔法で周りを通常の数倍にするが、彼はものとせず突撃し、デュルケームは剣を振りかざした。

 すると、デュルケームの背中から血が飛び散り、意識が一瞬彼からそれる。もちろん彼はその瞬間を逃さなかった。彼はそのまま手首を切り落とし、体を回転させながら、脇腹へと突き刺し、内臓をえぐった。デュルケームはこれまで味わったことのない激痛を覚え叫ぶが、すぐに気を取り直した。さすがは戦士と言ったところだ。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」

 いくら彼でも一瞬のうちに多くの魔力を使う攻撃に息切れを起こしてしまう。

「良い攻撃だった。今のは一体何したんだ?」

「簡単だよ。あなたの重力魔法。あれは俺にするんじゃなくて、俺が立っている場所に放つものでしょう。いくら動体視力が良くても、こいつは亜音速に到達する。時間をゆっくりとするか、未来予知とかの能力がない限り避けられない。最初から、魔人族は重力系統の魔法が使えることを知っていましたから、その対策として、弾薬も豊富に作っていました」

 彼は近寄って、倒れているデュルケームの元に座り込む。

「それで?」

 デュルケームの脇腹から赤黒い血が流れ続ける。

「指定領域内の重力が重くなるのならば、魔法弾含め物理攻撃は全て遅くなる。俺は身体強化倍率を上げることで無視して動けていましたが、それでも、こいつから撃たれる弾はその限りじゃない。あなたが見て避けることが出来たのは、単純にこいつが遅かったから。それならば、対象領域外へと銃弾を放てば良い。そこで、リロードした際に『魔法弾』から『魔力操作弾』へと変更しました。これは、あらかじめ屈折距離、屈折回数を設定し、それ通りに行う弾です。もちろん、戦闘前じゃ出来ませんから、戦闘しながら設定します。そして、撃つことで、対象領域外へと放出し、あなたの背後を急襲しました。殺気を持たない弾にはいくら魔人でも反応できませんからね」

「ああ、そうか。珍妙な武器はやはり、珍妙な使い方が出来るようだな。最後に貴殿と戦えたことは、戦士として誇れそうだ。感謝するモトキ。我が君のおっしゃるとおりの方だ……。う……。英雄モトキよ。最後に頼みがある」

 彼は無言で何も答えない。

「私を喰らえ。死体は晒されたくはない。貴殿は吸血鬼化したのだろ? あの女と同じ雰囲気を持っておった。ならば、貴殿も持っているのだろ? 『継承』を。私の能力を『継承』してくれ。この先、役に立つはずだ」

「戦士デュルケーム。あなたの名は忘れません。分かりました。俺は今からあなたを喰らいます。あなたの偉功、決して忘れない」

「感謝する。……ああ、これが死というものなのか。長かった……。この体になってからというものの、生きる意味は我が君に使えるだけ。貴殿は五百年ぶりに生きる気力を取り戻してくれた。さあ、喰らえ……」

 彼はデュルケームが苦しんでいるのを見ていられずに、『ノイン』で額を撃ち抜いた。彼が出来るのは、この苦しみを終わらせ、デュルケームの望みを叶えること。これは、戦士として頼まれたからこそ行う。ただの欲望や願望ではない。デュルケームは最後まで戦士だった。

 そして、彼は、その骸を喰らった。


 一方、彼女は、圧倒的強さを持って、敵を屠っていた。

「何だよ、こいつ、俺たちの経験は何だったんだよ!」

 士官の一人が狂乱状態で魔力を付与した弓を撃つが、全て彼女の目の前で消えていく。もう一人が幾度となく槍で攻撃を行うが刃が彼女に届くことは一度もない。彼女はただ前進した。ただ歩いているだけだった。全て彼女が張った防御結界によって、何もかもが防がれる。

「わしは、旦那様に比べて慈悲深くはない。旦那様にそして、わしに攻撃を加えるものは容赦せん。逃げるなら、今じゃぞ」

「ふざけるな! 魔人が尻尾巻いて逃げたと知れば一生の恥! 我が渾身の入り劇をくらえ!」

 槍の男は自身のやりに、黒紫色に光る何かしらの魔法を付与した。その刀身は殺気よりも数倍に伸びた。そして、大きく横に振り、真っ二つに切った。すると、彼女の体がごと、後ろに伸びる森が切れていった。

「やったか?」

 土煙が大きく巻き上がっていた。

「この程度で死ねるのなら、わしは長く生きておらん」

 土煙の中から人影が見えてくる。それは月明かりに照らされ、悪魔のように見えた。コツ、コツ、と足をならしながら近づいた彼女の姿に二人の士官は絶望した。

「お、お前は、お前達は何者なんだ!」

 槍使いはどうにかして自分を奮い立たせようと声を荒げる。

「お主らに名乗るようなものじゃない。強いて言えばわしらはただの夫婦じゃ。さて、最期の言葉はそれで良いかの?」

 彼女は、自らの手刀にさっき、槍使いが施した魔法と同じ魔法を施し、

「切るというのはこういうことじゃ」

 そういって、戦意を喪失している二人に、一切口を開かせることなく、容赦なく滅多斬りにした。

「ふう、終わりじゃな。さて、旦那様の元へと帰るとするか」


 どちらもほとんど同じタイミングで戦闘が終了していた。彼がデュルケームをくらい終わる頃、彼女は彼と合流した。

「お疲れ」

「ふむ、久々に少し強めにやってしもうた。そっちはどうじゃった?」

「奴は強かったよ。でも、それだけ。戦士としては一流だったから、尊敬に値する人間だよ。さあ、帰ろう。敵も総大将が討ち取られたことを察知して撤退に入るだろうから」

「そうじゃな。……、ところでお前様?」

「どうしたんだい?」

 彼女は彼の顔を見て、そして、周りを見渡して、何か納得した顔をする。

「その戦士を喰らったな?」

 まあ、死体が何処にもなければそういう質問にもなるだろう。

「ああ、彼の最後の願いだったから。しっかり、『継承』したよ。魔人は重いな……。何百年も生きているからこそ、その苦しみや喜び、願いが詰まっている。でも、これは背負わなくちゃならない。彼らは好きでこうなったわけじゃない」

「そうじゃが、気をつけてな。わしは、今のお前様が好きじゃ。人格が大きく変わるようなことにはせんでくれよ」

「ああ、努力するよ。目の前の女性を惚れさせ続けなくちゃならない、という無理難題もあるからさ」

「なんじゃと? わしを惚れさせ続けるのはお前様の使命じゃ! 天命じゃ!」

「分かってるよ」

 そういって、彼はまだ何かを言いたそうな彼女の口を無理矢理塞いだ。戦争はまだ終わっていないが、それでも、戦のあとの、彼女の柔らかい唇ほど生きた心地がするものは他にない。

「ずるいぞ……」

 彼は、彼女の手を握って、来た道を一緒に帰っていった。

「知ってるよ」

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