二つの条件、二つの理由

 宴会は明け方まで続いた。酒を飲み続けて、一人、また一人と倒れていく中、彼も彼女も勧められる酒を拒むことなく飲み干していくが、彼らの再生能力故に酔うことはない。それを知ったが上に彼は一般に未成年だったが、考えなしに飲み続けていた。久しぶりに腹の底から笑った。彼も彼女も外に出てから人とまともに付き合っていた。彼女に至っては、人と関わるのも久しぶりだが、酒を飲めたのも良かったらしい。もっとも、味は一切分からないのだが。運ばれてくる料理は、最初野菜だったり肉だったりとがっつりしていたが、段々と落ち着いた酒のつまみのものが運ばれていった。

 賑わっていた酒場は段々と静けさを醸しだし、最後には誰も起きていなかった。もちろん、彼と彼女は寝ることもなければ、倒れることもなかった。実のところ、彼らは寝る必要はなかった。体は常に万全の状態を保たされている。彼女が一切老化しないのは壊れた細胞が壊れた節からすぐに再生がはじまり、常に再生され続けているからである。必然的に寝る必要がない。しかし、彼らが寝るのは、人間的な行為だからだ。彼らにとっての食事は人を喰らうこと。そこにはすでに人間的要素はない。最近、感情も希薄になっていくのを感じる。しかし、彼にとって寝ない、というのは、徐々に精神的にまいってしまう。体は元気なのだが、寝ることは体を休めると言うことよりも精神の休息に近い。休息とはそういった意味合いしか彼にとっても、彼女にとっても持たない。

 いくら寝ないことになれている彼女でも、数ヶ月も寝ないでいるのは精神的にまいってしまう。彼女は未だに人間的な要素を捨ててはいない。まあ、野性的な要素はあまりにも強く残っている。食欲、性欲。睡眠は欲ではあるが、ここは削られていく。特に性欲に関しては彼女も彼も異常だ。それはもともとどちらも異常というのはあったが、それでも、それだけではない。あまりにもおかしい。彼はこの点に関してもしっかりと考察している。一つ思いついているのは、死ねないが故に、常に死が眼前にあるからだろう。死から遠いからこそ死に最も近いという矛盾を抱えている。


「お前様、分かっておるじゃろうが、わしらの正体はこれ以上知られるわけにはいかぬ」

 彼女は朝日を窓辺で見ながら、疲れ切っている彼に語りかける。

「分かってる。しかし、あの場ではああしなければ乗り切れなかった。まあ、もし、大変なことになれば、逃げるか、殺すか、まあ、無意味な殺戮になってしまうが、しかし、仕方ないよ。俺たちには目的がある。それを邪魔する奴らがいるのなら……」

「うむ。その通り。我らに話さなければならぬ事がある。分かっておるなら良い。ところで、このあとどうするつもりじゃ?」

「まあ、ギルド登録は出来るだろうから、例の洞窟に調査しに行くってのもありだな。シルヴィーの言うゴブリンの集団の調査もかねて」

「ほう、どうして行きたがるのじゃ?」

 彼は酔い潰れているシルヴィーを見ながら、

「先の大戦の敗残兵だと思うけど、大戦関係の話は優先的に調べてみる価値があると思う。まず、俺の仮説が正しいかどうかを見極めなければ」

 彼女は彼を見ながらクスクスと笑う。そういう笑いの時、何か彼の本心に気がついたときだった。

「それは、半分じゃろ? なんやかんやでシルヴィーの事を気に入っておるのじゃろ? そのこのためにというのがあるじゃろ。まあ、良い。わしも気になっておったところじゃ。さて、鬼さんこちら手の鳴る方へかのう」

 彼女はそう言って舌なめずりをする。

「どこで知ったんだよ、そんな言葉。俺ですら使ったことないぞ」

「はは、我らは鬼じゃからの」

「だな……。とは言うものの、さて、こいつらはいつになったら起きるのやら……」

 巨漢達が折り重なって寝ているため、戦いの果てに負けた連中にしかみえないが、彼らが負けたのは飲み比べで、その大半が彼女のせいだった。その上にシルヴィーがふんぞり返りながら寝ているが、その姿が滑稽に見えてしまった。


 彼らが起きるのに、また、昼までかかってしまった。起き上がるとすぐに飯を要求し、二日酔いだと言いながら、昼飯を食べるついでに酒を飲む。悪循環というのを分かっていながら飲んでしまうのはどこでも同じなのだろう。

 彼は、さっさとギルドの承認カードを作るためにアルフレッドに頼るが、顔を真っ青にして、トイレに駆け込んだと思えばなかなか外に出てこなかった。トイレに駆け込んで吐いている父の背中を見ている人たちは皆でゲラゲラと笑っている。本当に賑やかだ。

「さて、すまない……。ギルドの承認カードの件だが、君達の素性が分からない以上、本来作ることは出来ない」

 アルフレッドは、かなりやつれた顔で彼らに語りかける。彼は「出来ない」と聞いた瞬間にらみつけた。だが、それは筋違いだと理解してすぐに引っ込めた。

「おお、少し待て、本来は、出来ない。だがな、お前らには娘を助けてもらった恩がある。そこでだ、二つ条件を出したい。それを満たしてもらえれば、面倒な手続きを全て無視して作ってやる。どうだ?」

 アルフレッドは低い声で机に肘をついて彼を見る。彼女はどうでも良さそうな態度をとっていたが、面白そうな予感がした瞬間に食らいついた。

「良いでしょう。ただ、条件はどんなのでものんでやる。こちらから、もう一つ条件を出させてくれ」

「いいだろう、言ってみてくれ。最大限譲歩してやる」

「確か、冒険者ギルドの目的の一つに治安維持が含まれていますよね?」

「ああ、ギルドは基本的には介入しないが、凶悪犯罪などの調査および処罰の任も受けている。それがなんだ?」

「俺たちの特性上、一定期間食べなくても良いが、それでも、食べずにいられるのは数ヶ月が限界だ。そこでだ、犯罪が起きて、その犯罪関係の調査及び処罰を俺たちに優先してくれませんか? もちろん、しっかり調査するし、ヘマはしない」

「うーん、確かに、お前らの体質ならばどこかで、補充しなくてはならないだろう。少し待ってくれよ。…………分かった。良いだろう。下手にそちらで勝手に動かれて、こないだのマフィア支部の壊滅を勝手にさせてしまうよりは手綱を握っていた方が良いだろう。OKだ。それじゃあ、こちらの条件を出す。一つ目は、娘も関わっている洞窟調査……、違ったな、今ではゴブリンの討伐依頼の達成」

「やはり、ゴブリンがいるのですね」

 彼の予想が的中している気がしてならない。

「うむ。娘の話を聞いて昨日からランクを上げて討伐隊を送り込んでいるのだが、どうやら失敗したようだ」

「失敗……」

 つまり、死。この世界では死が当たり前なのだろう。当たり前だからこそ、酒場にいる連中は笑っていられる。いつでも死ねるように、毎日を全力で戦う。彼らだからこそ出来る技だ。


「ああ、そこで、お前達の実力を見るために、まあ、娘から聞いているのだが、それでも、この難易度のクエストを解決することが出来るかを確認したい。それ次第で、君達を最高ランクのクエストを受注できるようにしてやる。所謂黒パーティに認定する」

「良いでしょう。了解しました。調査して、全滅。これだけで良いのでしたら、まあ、簡単でしょう。そこまで、好待遇にしてもらえるのならば文句はありません。それで、もう一つの条件とは?」

 大体、彼も予想はついていたし、彼女は答えが返ってくる前から喜んでいた。

「はは、後ろのアーレントさんはもう、気がついているようだけど、俺の娘、シルヴィーを同行させてくれ。本当はあいつに冒険者にはなってもらいたくなかった。だが、この中で生きている以上、あいつも影響を受けてな。俺の知らない間に……。それで、頼れそうなパーティを探してそいつらに預けたかったんだが、誰に似たのか、格闘家という職業持ちで、誰も引き取ってくれなかったんだ。あとは、俺が断ったのも多いが……。それで、お前達になら任せられると思ったんだ。体質はともかくとして、俺たちも亜人だ。人間でありながら、人間と少し違う。お前達の苦労を少しは理解しているつもりだ。だから、お前達のパーティに入れてもらいたい。それが二つ目だ。どうだ?」

「もちろんじゃ! そうじゃよな、お前様よ!」

 彼女はかなりはしゃいでいた。彼もその条件を飲もうと考えていた。しかし、ふと、自分がはじめて人を喰らったときの感覚を思い出してしまった。そして、彼女が喜んでいるのを手で制する。


「俺はさっき、条件は何でも飲むと言いました。ですが、その件は丁重にお断りしたい。理由は二つ。一つは、俺たちがこれから歩む道はあまりにも過酷で、そして、残酷です。あなたの大事な娘さんをその世界に引き込むわけにはいかない。そして、もう一つ、これはかなり個人的な理由なんですけど、彼女と結婚しています。夫婦として今、生きています。ここに、他人を入れるのは、俺個人としては避けたいとも考えています……」

 彼女はその発言を聞いて納得していたが、それでも、組みたいという意志は変わらなかった。そして、もう一つはときめきを覚えているようだった。一方、アルフレッドは怒っているようだった。

「条件が飲めない場合はこれまでの話は全てなしになるのだが、それでも良いのかい?」

「もし、それでシルヴィーが安全な世界で冒険者であり続けられるのならば俺は、俺たちはここを去ることとします。無免許でゴブリンを蹂躙した後、何処とでも消えます。ここで、ギルドに登録したかったのは、冒険者であれば金に困らないからです」

 彼女はかなりしゅーんとしていた。そして、彼女は口を開く。

「お前様よ。それは、アルフレッド殿にも、シルヴィーちゃんにも失礼じゃぞ。確かに、わしとお前様の関係を考えてくれているのは嬉しく思う。じゃがな、本人の意志を、そして、本人をよく知る者の意志を損ねてまで貫き通すこともないと思うのじゃ。確かに、我らの通う道は険しく、血にまみれ、残虐と残酷の限りを尽くすじゃろう。それを聞いてもなおついてこられるのか、それは、本人にしか分からん。もし、本当にシルヴィーを思っていっているのならば、シルヴィーの話を聞いてみてはどうかの?」

 彼は一方的な優しさをシルヴィーに与えていた。それは、彼も自覚しているところだった。だからこそ、純粋な眼を曇らせるような道筋に誘うことに罪悪感を覚えてしまっていた。

「君がそこまで言うのなら、分かった。シルヴィーの意見を聞いてみよう。アルフレッドさん、そういたあとに判断してもよろしいですか?」

「条件さえのんでくれれば俺はどうだって良いさ。おい! シルヴィーを呼べ!」

 アルフレッドが使用人に呼びつけを頼むと、待っていたかのように、すぐにシルヴィーが入ってくる。つまり、話の全てを聞いていたのだろう。


「シルヴィーちゃん、さっきから話はおそらく聞いていたのじゃろうが、わしは、わしらはお主をパーティに加えることはやぶさかではない。じゃが、わしらは人間ではない。人間を喰らうことでしか生きながらえない半分以上魔物ような存在じゃ。そして、わしらにはとある目的がある。それはまだ話せぬが、それでも、その行く道筋はあまりにも過酷になる。お主の言葉で聞いておきたいのじゃ。お主は、わしらについていきたいかの?」

 彼女はいつも以上に丁寧に説明する。何か下手に言葉を濁すよりも、シルヴィーのような子には正面から向き合って話す方が伝わる。だから、シルヴィーはほとんど食い気味で首を縦に振って、

「もちろん! どんな道でも構わない。僕は、冒険者になったときから覚悟を決めている。エイハブ、僕を見くびらないでほしいね! これだから男は、僕を見た目で判断して見くびるから嫌いなんだ! だけど……、ありがとう。心配してくれて……」

 ああ、なるほど、と彼は心の中で相槌を打つ。シルヴィーの性格がようやく彼に理解できた。というよりも、そんな性格を持った人が本当にいるとは思ってもみなかった。

 彼もようやく観念がついた。ここで長ったらしく反論しようとも思ったが、本人の意志はかなり強いことを悟った彼は引き込むことで現実を知る事が出来るだろう、という打算の元パーティに入れることにした。


「ということで、もう一度、自己紹介します。ここにいる、〔アルゴンヌ〕冒険者ギルド支部長アルフレッド・ラディンの娘、冒険者ランク銀シルヴィーと申します。職業は『格闘家』特に足に関する技術を得意としています。前衛は任せて下さい!」

 シルヴィーは尻尾をフリフリしながら照れくさそうに自己紹介する。彼は自己紹介が終わったとを確認して、自分と彼女の自己紹介をもう一度済まして、

「さっきは、下手な優しさを向けてしまって、申し訳ない。これからよろしく、シルヴィー」

「ほんとだよ」

 彼らは握手を交わして、パーティとなった。

 ちなみに、その姿を見ていたアルフレッドは自分の娘がここまで自律していたことに嬉しさと悲しさが出てきていたが、隣でその姿を見ていたマリアはそのへこんでいる姿を面白おかしく眺めていた。


「それでは、交渉成立、ということで、洞窟の探索に行きます。ギルド長」

 彼らは部屋を笑顔で去って行った。また酒をあおりまくっていた巨漢達は新たな仲間と、シルヴィーのパーティ加入に大いに賑わって、また飲み始めた。そして、それをみたマリアが、彼らを叱りつけたが、それは彼の預かりしれぬところだった。

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