大樹の街〔アルゴンヌ〕

「きゃああああああああ」

 彼らが泊まっている宿屋で、なんなら、彼が寝ていた部屋から女の子の悲鳴が鳴り響く。その声に驚いて起き上がった彼らは、自分たちがあられもない姿で寝ていることに気がついて、急いで服を着た。彼女は布団にくるまってなかなか起きようとしない。彼は、彼女の布団を剥ぎ取ろうとするがまるでくっついてるかのように離れない。

「うーん、まだ眠いのじゃ―。寝させろー」

「もう、昼過ぎだよ。シルヴィーの話を聞くんじゃないのか?」

 彼女は彼を布団の中につかみ入れた。

「お前様がなかなか寝させてくれなかったからのうー」

 と彼女はうっとりした目で彼を見つめる。

「どちらかというと、俺の方が悲惨な目に遭った気がするのだけれど……」

「気のせいじゃ。うーん、普通に起きるのは癪じゃからの。ほれ、我を起こして見せよ!」

「その声の張り方は妄起きてると思うのだけれど、分かったよ、じゃあ」

 彼はそう言って、彼女にあつい口づけを交わす。ちなみにな話、この光景をずっとシルヴィーは見せつけられている。あまりに大人な二人を見てしまっていたために何も言えずにいた。

「うむ、許そう。では、服を取ってくれ」

「はいはい」

 彼は、布団から這い出て、脱ぎ散らかした、服を全て投げて渡す。そして、彼女は飛び起きて、服を着ていく。その一部始終を見ていたシルビィーは彼女の裸体があまりにも美しく、見惚れてしまった。そして、同時に何か恐怖心に駆られた。あまりに体が青白く、死体に見えたからだ。


「おお、すまぬな、わらわのあられもない姿を見せてしもうて」

 彼女はドレスを着て、乱れた髪を直しなかまら、シルヴィーを部屋に招き入れ、椅子に座らせた。彼は、服の皺を整え、彼女が座っているベッドの隣に座った。

「さて、昨日の続きなのじゃが、シルヴィーちゃんはどうして、ゴブリンに追われておったのかの?」

「えっとー、昨日も言ったと思うんだけど、クエストで探検した洞窟の中にゴブリンがいて……」

「おお、質問が悪かったの。その洞窟で何を見たのじゃ? ゴブリンは確かに攻撃性が高い。じゃが、執拗に追いかけるような種族じゃない。シルヴィーちゃん、何かとったか、奴らにとって都合の悪いものでも見たのではないか?」

 部屋の中に沈黙が襲う。シルヴィーは自分の行動を思い出していたようだが、どうにも腑に落ちていなかった。

「僕はそんなに奥まで入ってないんだよ。ほとんど入り口から進めずに、ゴブリンの一匹に見つかって、気がついたらあの大群に追われてたんだよ」

「なるほど、じゃあ、君の言うように、見られたくないものがあると考えた方が妥当だな。ところで、アーレント、まさかだけど、手を貸すとは言わないよな?」

 彼は成り行きで助けはしたが、この件に関して首を突っ込もうとは考えていなかった。宿の恩もあったと言えばそうだが、その前に助けている。これ以上助ける理由もなかった。

「何を言っておるのじゃ? お前様よ、助けるに決まっておるじゃないか。なんと言ってもわしのことを気持ちいだの、良い匂いだのと褒めてくれたのじゃ。そんな子をほっとけるわけがなかろうに!」

「気持ちいいなら、俺が昨日の夜に死ぬほど言ったろうに」

「わしにかかれば気持ちいいのは必然じゃ。じゃが、他の人に言われるのは心地よいものじゃ。それに、この子は可愛いからのう。助けるのは当たり前じゃ。だめかの?」

 彼女はうっとりとした目で彼を見つめる。何かを求めるとき、彼女はいつもその目をする。

 彼は少し考えた。そして、すぐにあることを思いつく。

「分かった。だが、まず、俺たちはギルドに登録する。そして、クエストをクリアする。そうすれば、金は入るし、シルヴィーと動きやすくなるだろ?」

「おお、それはいいの! そうじゃな、その方が良い!」


「って、お姉ちゃん、僕とパーティ組んでくれるの?」

「うむ、そのつもりじゃ。いけんかの?」

 シルヴィーは両手を振って、

「いえいえいえいえいえいえいえいえ、こんな僕で良いなら、よろしくお願いします!」

 シルヴィーは尻尾をフリフリして喜んでいる。こうみると、犬だ。しかも愛くるしい犬だ。しかも目がキラキラしている分、より愛くるしい。

「さて、そうと決まれば、行こうか。アーレントは準備できた?」

「余裕じゃ!」

「何が!?」

 彼は彼女にツッコミをしてしまう。

「ま、まあ、行こうか」

 そういって、彼らは宿を後にした。受付嬢には少し顔を赤らめて見られていた。どうやら、昨夜の音を聞かれてしまっていたらしい。ただ、人間的な行為じゃなかったからか、恐怖の方が先行しているのかもしれない。


 昼過ぎの街中はかなり賑わっていた。あちこちに武器を持った冒険者が行き交っている。三、四人で固まっている人たちが多いところをみるとパーティなのだろう。

「へえー、結構賑わっておるの」

「そうなの! この街はギルドの支部の中でもかなり大きくて、王都にある中央ギルドが機能不全に陥ったときにこっちでも同じ手続きが出来るようになってるんだ」

 シルヴィーは彼女にしがみついている。かなり歩きにくそうだが、彼女もまんざらでもないような顔をしている。彼は相変わらず適当に扱われて、彼女はそれを喜んでみている。

 街中を観光がてら歩いて回ると、どんどんとどういうわけか男達が集まってきた。彼女の周りに人が集まって、囲まれてしまうが、彼女たちは無視して歩き続ける。命知らずの何人かは彼女に触れようとか、話しかけようとするが、冷たい目で見られて縮み上がってしまう。それでも、話しかけてこようとすると、

「わしは、この男と結婚しておる。気安く話しかけるでない。もし話しかけたいのなら、この男に勝ってからにせよ」

 と、彼は急に振られて、びっくりした。

「マジかよ……」

 その結果、幾多の男共に喧嘩を売られることとなった。


 しかし、彼は、いくら束になってかかっても倒されることはなかった。むしろ、命乞いを相手はし始めた。彼は結党の最初に確認するようにしていた。それは、この決闘に殺しはなし、というこの一点にかけてだった。だが、相手は、彼を殺す気でかかってくるし、その殺意に気がつかない彼でもない。彼はハンデとして拳で対応する。しかし、敵は弓だったり、槍だったり、剣だったりと手加減なしで挑んでくる。ナイフくらい使っても良かったのだろうが、素手で戦うことに意味があった。彼は圧倒的強さで、敵を屠っていった。弓で戦う敵には放たれた矢をつかみ、投げ返す。槍で突いてくる敵に対しては槍の内側に入り込んで槍をおる。そして、腹に一発かましていく。剣で斬りかかる敵にはこれも同じように懐に入り込む。これだけで十分だ。どんなに切れる刀でも当たらなければ意味がない。もちろん相手はその攻撃に対してあれこれと対応するがそれでも、勝ち目はない。

 

 圧倒的な力を持って相手を屠るとその噂はすぐに広まりちょっかいをかけてくる人は減っていった。ようやくギルドについたのは夕方になってからだった。

「ああ、疲れた……。どうして……」

 あれから何印も相手にした。相手にしたのに、挑戦者は絶えず、三時間の間に六十人と戦った。多分、ナイフを使わず素手で戦ったがためになめられたのだろう。前にちらっと言った気がするが、格闘家は冒険者の中でも嫌われている。それは、前衛にもなりきれず、かといって後衛にもならない。体を張るにはパラディンで事足りる。だから凄くなめられている。能ある鷹は爪を隠すってね。彼の場合はナイフも、なんなら銃すら隠している。

 ギルドの中に入ると、クエストを眺めている冒険者やら、そこに併設されている酒屋などで、酒を飲んでいる。シルヴィーが中に入るとそういた冒険者達が皆シルヴィーの方を見る。

「おお、お嬢! お帰りなさいませ!」

 酒を飲みまくっている頑強な男がシルヴィーをお嬢という。シルヴィーはその呼ばれ方が嫌らしく、すぐに否定する。

「お嬢と呼ぶな!」

 すると、酒屋全体から酔っぱらい達の笑い声が響き渡る。すると、カウンターの向こうから一人の女性が顔を出した。

「おお、シルヴィーお帰りー、あは、隣にいるのは昨日言っていた友達? 友達よね! ねえ、あなた! シルヴィーが友達を連れて帰ってきたわよ!」

 元気な人だ。見た目からして、シルヴィーの母親なのだろう。彼女と話すときのシルヴィーと同じように尻尾をフリフリしながら話している。今にも飛び上がりそうだ。ていうか、飛び跳ねていた。


 するとすぐに、次は受付嬢がいた奥の部屋からひげ面で強面のおっさんが顔を出す。

「おう、マジか! あのシルヴィーが友達を……、うう、母さん! 今日は祝い事だ! おまえら! 今日は半額で飲ましてやる!」

「「「「「やっほーーーーー!!! お嬢! ありがとうございます! じゃあ、お嬢に乾杯!!!」」」」」

「だから、お嬢って言うな!」

 すると、シルヴィーのお父さんは彼の方に近づいてまじまじの覗き込む。彼はそのまっすぐ相手を見る目につい背けたくなる。相手の真贋を見抜く力が備わっていそうな力強い目だった。

「シルヴィー、こいつは駄目だ」

「父様、そこのは友達じゃありません。ていうか、知りません」

 おいおい、それはあまりにもひどくないか……。一応助けたのだけれど。シルヴィーの父は彼の耳元でささやく。

「お前、それにそこの女性、人間じゃないな……。おまえら、何もんだ? シルヴィーに近づいて何の用だ?」

 急に殺気を感じる。彼はそれに身構えてしまうが、それは逆効果だろうとすぐに分かって、警戒しながら答える。

「最初に、俺らは偶然森で会っただけです。ゴブリンに襲われていたところを助けたのでそのよしみで、です。それに、我々は元人間です。何があったかは答えられません。もし、それを強要するなら俺たちはこの街を滅ぼすくらいの力はありますよ? 俺たちはですね、ただ、冒険者になって、やらなければならないことをやるだけです。それだけです。もし、それを邪魔するのならば」

 そういって、彼は牙を見せて、笑う。その顔にシルヴィーの父は恐れおののいて後ろに下がるが、それでも殺気を隠そうとしない。だが、周りの連中はそのさっきに気がついていないが、彼女は違った。彼は彼女に顔を向け、わざと牙を見せる。それは、あらかじめ決めていた合図だった。それは、目の前の相手に自信の正体を示した、もしくは、示す、という合図。彼女はそれを理解して一緒に殺気を出し始める。だが、どちらも殺すつもりはない。ただ、威嚇としてそうした。

 彼ははは、と笑ってしまう。


「まあ、怖い話はここまでにしましょう。彼女はアーレント。自分はエイハブと言います。どうぞよろしくお願いします」

 彼は笑顔で手を差し出した。その行為にシルヴィーの父は拍子抜けした。あまりにも寄泊した二人を相手に気が事切れる寸前だった。彼のつかみ所のない態度にシルヴィーの父は態度を軟化させ、差し出された手を握る。

「分かった。どうやら、おまえらは悪い奴らではないようだ。失礼した。彼女がマリア・ラディン。そして、我が娘、シルヴィー・ラディンだ。そして、私はこのギルドの支部長アルフレッド・ラディンだ」

 彼は握手して、ニコっと笑う。

「ええ、よろしくお願いします。まあ、さっきのは嘘です。俺たちは無実な人たちを殺すことはしない。ただ、罪人は喰らう。ま、シルヴィーもあっけにとられているようですから、まず、当初の目的だったギルド登録をしてもらっても良いですか?」

「おお、そうだな、だが、まず、娘を救ってくれた例をさせてくれないか? なあに、食事に招待しようと思うのだ。どうだ、母さん良いかな?」

「もちろんよー、おまえらも、良いよな!?」

 もちろんよー、の声は凄く愛らしい声だったが、男共にかける言葉は男らしかった。

「「「「「もちろんです、姐さん!! それじゃ、野郎共良いか!? エイハブとアーレントに乾杯!!!!」」」」」

 そして、宴会が始まった。

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