第三章 森林の暴走撃
「なあ、お前様」
「なんだユリア?」
彼らはマフィアからアリアを救ったあと、街を後にし、今は、森林の街〔アルゴンヌ〕に向かうために森の中を彷徨っていた。いや、まだ、道はしっかり理解していると言っておこう。
「お前様、ここはさっきも通った気がするのじゃが、どう思うかの?」
彼は考えたくなかった。彼自身も気がついていた。なんとなくさっきもここを通ったことを。道なき道を歩いているため歩きやすそうな道を選んでいった結果、完全にぐるぐると回っている。しかし、彼はそれに気がつかない振りをしている。
「さあ、気のせいだと思っているんだけど……、やっぱり?」
「なあ、お前様」
「なんだい、ユリアよ」
「まさかじゃと思うのだが」
「まさか、俺が道に迷ったと言いたいのかい?」
「まさか、そんな訳あるまいな?」
彼は、彼女と目を合わさなかった。どうにかしてそれを誤魔化したかった。まあ、それは完全に見透かされているのだが。
「はっはー、嫌だなーユリア、何度も同じところを歩いて、かれこれ二週間経つけど、これは、前に進んでいるからまだ迷ってないよー」
「はっはー、お前様よ。同じところを歩いて、二週間経っているのは、迷っているというのじゃぞー」
彼らは完全に道に迷っていた。前の街を出るとき、〔アルゴンヌ〕までは三日でつくと聞いていた。しかもそれは道なりに歩いて、三日でたどり着ける、と。しかし、実際に向かい始めて、最初の二日は何の問題もなかったのだが、気がつけばそのまま二週間近く彷徨うようになった。それは、二日目に発生した大規模な霧のせいで一歩先すら分からないような状況になりそれでも、「大丈夫だろう」なんて簡単に彼が言うものだからユリアもそれに従って一緒に歩いて行った結果、深い森の中を彷徨うこととなった。
「さて、どうするのじゃ? 完全に遭難じゃぞ」
二人は諦めて、その場でキャンプすることにした。『錬金術』のスキルで寝るに困ることはなかったが、それでも、人間が作れない以上、食料がない。まあ、彼らは一ヶ月食べていなくても大した問題ではない。飢餓感が時折襲ってくるが、それでもさして問題はない。あるとすれば、三か月ほどたつと、狂気めいた飢餓感に襲われ、理性が飛んでいくことだ。
「まったく、お前様の方向音痴には参ったものじゃ……」
「ほら、だったら、最初から、俺に先導を任せないでよー」
彼は自分の責任をどう回避するかを全力で頭を巡らせたが、無理そうだったためにあきらめた。
「えっとー、ごめんなさい。次からはユリアに任せます」
「まあ、わしも全然自信はないのじゃがな!」
彼女は豊満な胸に手を当て、どや顔をする。彼は心の中で、ドヤじゃねえよ! とツッコミを入れてみたかったが、面倒だった。
「それで、どうするのじゃ。このままだと、何もわからないまま、彷徨うことになるぞ」
まあ、もうすでに彷徨っているのだが。
彼は、少し考えた。一つ思いついたのは、上空に飛び上がる、というのだが、それでも、限界はある。ここの森の木々はかなり身長が高く枝程度になら乗ることはできるが、それよりも高く飛ぶことはできない。厳密にいえば、彼らは飛んでいるのではない。高くジャンプして、その場で滞空しているだけで、飛行することはできない。
「明日の朝、ここの枝に上ってみようと思う。まあ、高いところに登れば何か見えてくるだろうから……。きっと、多分、おそらく、maybe、必ず」
「もう少し、自信を持ってくれないかのう。わしも一緒に振り回されるのじゃぞ」
「ごめんごめん、ほら、街に着いたら、何でも言うことを聞くからさー」
「お、何でもと言ったの? 何でもじゃぞ。はあー、どんなプレイしてもらおうかのうー」
彼は、急に悪寒が襲ってきた。何をされるか分かったものじゃないし、何回やらないといけないのかが想像もつかなった。そして、彼は、街に着くまでに精力を高めることに尽力しようと心に決めた。
「さて、ユリア、俺たちはツイてると思うのだけど、どう思う?」
「はは、遭難している我らがツイているというのは些かおかしいことじゃろ。と、まあ、冗談はさておき、そうじゃのう、わらわ達はついておるの」
彼は、耳を澄ませた。森の中を走ってあちこちを動き回っている存在を知覚する。一人が先頭を走り、残りがその後を追いかけている。追いかけているのはおそらく魔物だろう。ただ、前を走っているのも人間とは思えなかった。
「そういえば、ユリアは索敵系のスキルは持っているの?」
「見ればわかるじゃろ」
確かに、彼も彼女も相手のスキルを見ることのできるスキルを継承している。しかし、彼女の持つスキルがあまりにも多く、探すのが大変なのである。
「まあ、面倒なのはわかる。わしもすべてを使いこなせるわけではない。むしろ、使い勝手のいいスキルばかりを使いすぎて、忘れてしまっておるのじゃ。まあ、索敵系は使いやすいからの。持っておるぞ。『動体探知』というスキルなのじゃがな。お前様もわしから継承されているから、使ってみるといい」
彼は、目をつむって、『動体探知』というスキルを思い浮かべる。すると、自分の視界の中に、動いている生き物のシルエットを浮かび上がらせることができた。
「ああ、なるほど、すごく使いやすいね」
「じゃろ、じゃが、それの重要なのは、動いているもの、というところじゃ。『忍』や『暗殺者』などといった職業にはあまり有効ではない。感覚を身g区ことは忘れないことじゃな」
彼は彼女の言葉に耳を傾けながら、こちらに向かってくる集団を分析していた。彼女が持っているスキルのすべてを継承しているが、何が使えるのかを一切把握していないため、何気ない思考がスキルの発動となったりと彼ありに苦労していた。普通なら、スキルを使おうと意志することが発動の条件なのだが、彼はそれを意志することなく、スキルの発動と行為の意志を同時に行ってしまう。だが、それは、慣れていけば使い分けられる。『敵対分析』というスキルを今、彼は使っている。それは、何かに対して敵対している者の能力を分析する。大体見ることができるのは、所有スキル、職業、程度だが、慣れていけば、弱点なんかも見ることができる。しかし、それは経験にものを言わせることができるだけで、初対面の相手にはさして役には立たない。さらに、これも、隠匿系のスキルを持っているならば、すぐに隠されてしまう。
「ああ、こっちに来るなー」
彼は、ホルスターから『ノイン』を取り出して、構える。
草をかき分けながら、カサカサとやってくるのがわかる。
「うわーーーー、誰か助けてーーーーー」
すると、犬のように垂れた耳をつけて、布の薄い服を着ている猫耳ならぬ犬耳娘が茂みから飛び出してくる。装備からして冒険者だということはわかるが、逃げ惑っている姿からまだ駆け出しだろうと考えられた。
彼は犬耳娘を保護してやると、ユリアに引き渡して、
「頼む! 俺がやる」
彼は、犬耳娘の跡を追って追いかけてきた魔物の集団と出くわす。数は30体ほどで、相手はいわゆるゴブリンと言われる魔物で、大体のファンタジー系の世界に出るように、例外なく、彼のいる世界にもいる。ただ、このゴブリンは、土を固めて作られており、弱いというのが特徴だが、もう一つは、その制作難度の容易さからかなり数が多い。奴らは基本的に魔王軍の先兵的な役割を果たしており、このゴブリンは、先の大戦で一旗あげ損ねた挙句に撤退することもできなかったいわゆる敗残兵であり、残党とも言われる。
彼は、『ノイン』で、ゴブリンの体を砕いていく。ゴブリンの楽なところは、さっき言ったように土で出来ているため、簡単に壊れる。ただ、剣や弓矢では、普通、攻撃を通さない。突き刺さるだけで、壊れることはない。スキルなどで壊し切れば倒せるのだが、かなり強い部類だ。しかし、彼の持つ現代兵器は敵を簡単に壊してしまう。胴体を吹き飛ばし、頭を吹き飛ばす。
犬耳娘は初めて聞く音に垂れた耳を塞いで蹲る。彼女は犬耳娘に敵がよらないように守ってはいたが、その前に彼が撃ち抜いていく。
劣勢を悟ったゴブリンたちは引き上げようとするが、彼は、跳弾と新しく覚えた誘導弾を使って、全て撃ち抜いていった。
「ふぅ、終わり」
「うむ、お前様、また腕を上げたのではないか?」
「はは、あれだけ撃っていたら、いやでも上手くなるよ。それに、俺の天職だからさ」
「そうじゃの、さて、お前様のせいで、この子が震えあがっとるのじゃが、どうしてくれるのじゃ?」
犬耳娘はガクガクと膝を震わせながら彼女にしがみついている。
彼は、その子に近づいて、手を差し伸べるが、その手に噛み付いてしまう。
「痛! 何しやがんだよ」
「何をするのはお前だ! あんな怖い音を出すようなやつに触れられたくない! それより、このお姉ちゃん、凄く綺麗だし、良い匂いだし、気持ちいい!!!」
「ズッキューン」
彼女は自分の声で何か心を打たれたかのような言葉を放ってしまう。
「おい、お前様! 聞いたか!? この子! わしのことを気持ちいいと言っておったぞ!」
「ああ、聞いたよ。そんなことより、俺は、手に噛みつかれたんだが……」
「そんなことくらい、許してやるのじゃ! そんなことよりもわしを気持ちいいと!」
「あー、わかったよ。君との夜も気持ちいいよ」
「そんなことは、知っておる。わしのテクニックにかかればチョチョイのチョイじゃ」
彼女のテンションはいつも以上に上がっている。よくよく考えれば彼以外の人と話して、褒められるのは、外に出てからは一度もなかった。
「わしはすごく気持ちがいい! お主、名前は?」
彼女は笑顔でその子の頭を撫で、名前を聞く。
「僕の名前は、シルヴィーだよ。お姉さんは?」
「わしか? わしはの、アーレントじゃ」
「アーレント姉ちゃん、ありがとう! で、そこのは?」
一応、シルヴィーは気を使って彼に振るがすごく不服そうだった。
「俺か? 俺の名前は、エイハブだ。あと、そこのじゃない。エイハブと呼んでくれ」
「いやだね。お前なんかの名前を呼んだら、あの音に憑かれそうだ」
彼は、かなり腹が立ったが、彼女にべったりで、そして、当の彼女も嬉しそうなのをみて、堪えることにした。
「それで、シルヴィーちゃんは、どうしてこんなところにいるのじゃ?」
「うんとね、一応こう見えても冒険者をやってるんだけど、ギルドのクエストで近くの洞窟に最近怪しい動きがあるから、その調査に行ったんだよ。そしたら、中にすんごい数のゴブリンがいて、何かを守ってたんだけど、途中で見つかっちゃって……。それで、街に逃げるわけにも行かないから、その近くを逃げ回りながら、助けを待ってたら、お姉ちゃんに会ったんだよ」
「街? 街って、〔アルゴンヌ〕かの?」
「まあ、ここら辺の街って、それしかないからね。ところで、お姉ちゃん達はどうして、こんなところでキャンプしてるの?」
彼女はクスクスと笑って彼を見る。
「えっとねー、そこのが道に迷いってのう、それで、夜明けまで待って探そうと」
「道に迷う? 道に沿って歩いてたらすぐに見つかると思うんだけどなー」
そういって、二人して彼を見る。シルヴィーは彼をまるで、「この程度で道に迷うとか亜人以下じゃん」と言いたげな目をしていた。
「この程度で道に迷うとか亜人以下じゃん」
マジで言った。
「亜人? おいそこの、この時代には亜人なるものがいるのか?」
「名前を呼べよ……。うん、いるよ。って、君のいた時にはいなかったのかい?」
彼女はコクっとうなずく。その姿にどうしてシルヴィーはテンションが上がる。
「おらんかったの。人間か魔物か、この二択じゃった」
つまり、亜人は、彼女が封じられてから生まれたもの、と言うことになる。彼が考えたのは三つ。一つは人間の進化の過程で環境に適応したという所謂ダーウィンの進化論説。もう一つは、魔人と人間のハーフ。もしくは魔物との交わりで生まれたもの。そして最後は人工的に作られた。彼女のように、呪術か何かの大規模な魔法によって。いずれにせよ、亜人の存在は彼と彼女の間の時間を埋める重要なキーワードになるに違いない。
この、ちんぷんかんぷんな会話にシルヴィーは首をかしげたが、すぐに話を戻した。
「それで、街まですぐなのか?」
「うん! ここから十分も歩けばつくよ。ついてきて!」
シルヴィーはウキウキと前を歩いて行く。まるで散歩をしている気分になった。彼女は彼にべったりついて、手をつなぐ。
「それで? そこのについていったら、道に迷って、あの子についていったら十分でつくって、そこのの方向音痴はもはやスキルじゃのう」
彼はそのことに関しては圧倒的に立場が弱く、何も言い返せないでいた。
「あのー、いい加減名前で呼んでくれないかなー?」
「ふふ、何じゃ、エイハブって、もう少しセンスはないのか? 方向感覚とセンスがないとは……。いやはや、悲惨じゃのう、ぷぷ」
彼女は必死に笑いをこらえていたが、それでも、漏れ出してくる。
「はいはい、これからは君についていくよ」
「まあ、自慢は出来んが、わしも地図は読めん」
「じゃあ、どうやって、旅してたんだよ」
彼女は昔一人で旅をしていたのだから、それくらいは出来るだろう、と彼は睨んでいた。しかし、それは完全に裏目に出た。
「勘と知識と経験と血の臭いで動いておったからのう。まあ、正確には、戦争は何処でも起きておったし、何処でも人は死んでおったし、喰らうにも困らんかった」
この歪な平和は彼女が生きていた時代から何年経ったのか、それが一切分からない以上、これ以上の邪推は出来なかった。
本当に十数分ほど歩いたところに大きな街があった。
〔アルゴンヌ〕。この街はそう言われている。この街自体が〔アルゴンヌ〕ではないのだが、この街の中心にそびえ立つ、大きな木が〔アルゴンヌ〕と呼ばれていて、そこからちなんで〔アルゴンヌ〕と便宜上呼んでいる。その大きな木は高さが100メートルを優に超え、枝の先まで測ると300メートル以上伸びている。街の明かりを頼りに進もうとして失敗するのは、ほとんどこの大きな木があたりを覆ってしまっているからである。
この街は大木を中心に放射状に伸びている。中心に行けば行くほど重要な施設が建ち並んでいる。そして、最も中央にギルドがあり、それだけで、この街がどのように発展してきたかを雄弁に物語っている。つまり、この街はギルドによって発展してきた歴史を持つ。これは、この街自体が冒険者の街である。だから、冒険者に必要な店が多く建ち並んでおり、街全体で冒険者をサポートしている。だから、彼らが泊まる宿に困ることはなかったし、冒険者であれば受けられる特権が多く存在する。彼らがここに来たのは、自分たちを冒険者ギルドに登録するためであり、そういった特権を得るためである。
「ここだよ!」
シルヴィーは少し高級そうな宿屋を紹介する。
「シルヴィーちゃんよ、わしらはそんなにお金はないのじゃが……」
「はは、お姉ちゃん心配ないよ! 僕に任せて欲しいよ!」
そういって、シルヴィーは受付嬢にタグを見せて、二人の部屋を用意した。最初シルヴィーは二人を別々にして彼女と一緒に寝るつもりだったのだろうが、彼女が彼と寝たいと言ったために計画が頓挫した。
「さて、シルヴィーちゃん、詳しい話は明日じゃだめかの? 今日は疲れたし、そこのとやりたいこともあるのじゃ」
彼女は彼をうっとり押した目で見つめる。彼は、それに少し顔を赤らめてしまうが、すぐに気を取り直して、
「わかったよ。今日は君の好きなことをすれば良いさ……。はあ、死ぬかも」
「ふふ、その言葉忘れるでないぞ。あと、お前様はどうあろうと死ねんじゃろうに」
「精神的な死が待ってそう……」
「ふふ、それ込みでわしが癒やしてやるぞ」
彼女はそう言ってウィンクをする。それを見ていた周りの冒険者達は彼女からずっと目を離せずにいたが、彼が周りをにらみつけて、すぐに何事もなかったかのように散らばっていく。それをまじまじと見せつけられていた受付嬢とシルヴィーは何かいけないものを見てしまった気がしてしまった。
「ま、まあ、分かった! 明日、迎えに来るよ! 僕は僕で寝るところがあるから、明日来るね! 今日はありがとうお姉ちゃん、それと、そこの、まあ、助けてくれたから、一応感謝する」
シルヴィーはもじもじしながら、しかも、耳と今気がついたのだが、腰から出ている尻尾をピクピクしながら感謝を述べた。
「ああ、まあ、成り行きだからな。むしろ、こっちが感謝するよ。彼女が外に出てはじめての友人だからな」
そういって、シルヴィーは何も告げずにその場を後にした。
残された彼らは自分たちの部屋へと行き、そこからは、彼からしたら狂気、彼女からしたら至福の時間が過ぎていった。何が起こったのかは詳述をするのは避けるが、次の日、彼の姿を見たシルヴィーは何が起こったのか一切分からなかった。ただ、分かったのは、大人の情事は怖いと言うことだけだった。
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