パンツァーファウスト

 ハルクは圧倒的質量を持って、地面に降り立つ。ドスンという大きな音と土煙を立てて次の瞬間襲いかかってくる。最初ハルクは鈍重だと考えていた。これまで戦ってきたアンデッドは素体が死体だったために動きがある程度遅かった。アンデッドの強みは数での攻撃で、彼もそれに苦戦していたが、弱点が分かればさして強いわけではない。だが、ハルクはあまりにも大きく歪な形をしているため、何処に核があるのかが一切分からなかった。だから彼は散弾とスラッグでまとわりついている死体を吹き飛ばしていた。

 吹き飛ばされた死体は独立してアンデッドとして動き出す。彼はそれを冷静に『ノイン』で撃ち抜いていく。だが、興味深いことに、破壊されたところからまた死体がはえてくる。

 そして、ハルクは想像の数十倍の速さで攻撃が来る。彼は初めから集中していたために対応できたが、だが、それでも、想像していなかった。集中していた割に反応が遅れたのは油断していたせいだ。彼は、間一髪で避けることが出来たが、それでも、さらに集中することにした。吸血鬼になって動体視力がかなり上がっていた。だから、どれだけ攻撃が速かったとしても集中力次第で速度を変えられる。彼は、今彼が出せる最大の集中力で攻撃を見切り、隙を突いて撃ち込んでいく。一点に火力を集中して削っていく。ハルクは素早いが大型であるため、小回りが利かない。


 一点に火力を集中していくと奥の方に赤く光る物体が見えた。

「あれが核かな」

 スラッグで撃ち抜こうとしたが、弾が寸前で足りなかった。

「うーん、やっぱり装弾数が問題だよな」

 彼は、タクティカルリロードを行ってすぐに攻撃を再開するが、そのときには塞がっている。また『ノイン』で対処していったが、またこれもじり貧だった。

 彼女は面白そうに眺めているだけである。

「あのー、ユリアさーん、かっこよく、「ええ、行くぞ」とか言ってるからには少しは、手伝ってくれませんか?」

「またか? 確かにしかたないのう、ほれ、手伝って進ぜよう」

 そういって、彼女は彼があげたショットガンを持ち出して、撃ち出す。

「で、モトキよ何処に撃ち込む?」

「撃ち始める前に聞いてもらっても良いかな?」

 彼は、攻撃を引き受けながら『ノイン』を撃ち込んで弾き飛ばされたアンデッドを対処する。


 弾薬も無限にあるわけではない。いくら魔法弾を使っているからと言ってもそれまでに準備してようやくできることである。マガジンに魔力を込めるのは地味に時間がかかる。一本あたり一分ほどかかってしまう。戦闘中に作るほどの時間はとれない。

 弾が切れるまでなんとかしたいが、突破口が見つからない。弱点部分は見つけたが、それに届かせるまでの弾が持たない。そこで彼は試しに火炎弾を『レミントン』に入れて、撃ち込んでみる。火炎弾といえども、火の魔法を入れているのではなく、錬金術で作り上げた鉄片を入れ込んで、火薬で撃ち出す。珍しい火薬武器を使う。死体は燃え上がり、バラバラと崩れていくが、その都度補充されていく。一度に燃え上がらせられれば。

 彼は次の瞬間はっとした。一撃でこれを葬る方法を。

「ユリア、僕に講義したときに使った、魔法使えるか?」

「何を考えておるのじゃ?」

「こいつらを一度に燃やしてくれ、あとは何とでもする」

 彼はマントの中を探って、お目当ての武器を取り出す。

 そして、彼は高く飛び上がり天井に張り付く。

「ユリア、頼む!」

「はーい」

 ユリアは、二種類の魔法を使って、ハルクを縛り付ける。一つは任意の地点にとどめる結界、そして、動きを止める結界を使ってしっかり貼り付けた。

「お前様の頼りじゃからの、また使ってやるわい! 神よ全ての法則を我が手中に、全ての理を我に! 《アオスブルフ》」

 

 そう唱えると火砕流がハルクを襲い、死体を剥ぎ取っていく。そして、二つに割れていく。

「なあ、知ってるか? 僕のいた世界では巨大化したアンデッドにはこうやって、ロケットを撃ち込むのが定石なんだよ」

 そう言って、天井に張り付いていた彼は対戦車兵器として作られた名作ロケットランチャー『パンツァーファウスト』を核に撃ち込む。なぜ、もっと後に出てくる『RPG』を作らなかったのかというと、一つにメカニズムをよく知らない、と言うのもあるし、もう一つはロマンを追い求めたからだ。

 基本的に彼の持つ武器はロマンを追い求めた結果とも言える。『MG42』ももはやロマンの塊であるし、彼はまだまだロマンを隠し持っている。

 ロケットが命中したハルクの核は爆散して、跡形もなく消え去る。そして、残った死体達は分離して、ただのアンデッドになっていく。

「ま、ありがとうユリア」

「うむ、では、あとでご褒美を所望しよう」

「お手柔らかに頼むよ……」

「まずはベッドを探そうぞ」

 やっぱりカー、と彼は『ノイン』で撃ち抜いていって、殲滅戦を始める。全てを撃ち抜いたあと、死体達が消え去っていった。そして、これまで血で汚れていた王城が綺麗になっていった。そして、彼は幻覚を見た。


 子供達が笑いながら王の前を走っている。王はそれを見て大喜びしている。周りの兵士達もそれをみて和やかに笑っている。

「これは、記憶? 一体誰の?」

 彼のところに子供達が走ってきて手を握って、王の前に連れて行く。王は喜んで彼の頭を撫でる。すると兵士達が歓声を上げはじめる。誰かが帰還したらしい。

 歓声の方向に目を向けると男が立っていた。その男は見たことがあった。すぐに誰なのか気がついた。彼女が教会で抱えていた男だった。彼は彼の気持ちでないはずなのに、彼が経験したことのないような胸の高鳴りを覚える。

 そして、子供達にまた連れられて、男の元へと走る。彼はふと横にあった鏡を見ると、そこに映っていたのは彼女だった。

「ぼ、僕は?」

 男の前へ行き、彼はひざまずいて、口が勝手に動く。

「お帰りなさいませ。此度の活躍、大変喜ばしゅうございます」

 そして、ニコッと笑う。

「ありがとう、ユリア、ただいま」

 男は笑顔を向ける。また胸の高鳴りを覚える。


 するとまた意識が飛ばされ、違う風景を見てしまう。

「お父様、どういうことですか? 捕虜を虐殺するなど!」

 彼女はそう叫んで王の下へと歩み寄っていく。それを兵士が制止する。

「話して下さい! お父様、何があったのです!」

「ユリア、よ、我が娘。これは聖戦なのだ。我々に擬態する魔族を殺さなくてはならない。この虐殺は全て理である! 例え娘であってもこれ以上の無礼、許さぬぞ!」

「何処とでも連れて行けば良いです! ですが、これは間違っています。無抵抗な人を虐殺する王に何も語る資格などありません!」

「ええ、くどい! 衛兵、このものをつまみ出せ! 地下牢に入れておけ。後日、裁判にかける!」

 彼女はそう言って衛兵に剣で頭を殴られる。


 冷たい牢獄の中で彼女は生きる気力を失っていた。日に日に衰弱していくのが分かる。彼女は徐々に自分が何者なのかを忘れていった。壁を這う蜘蛛を食べ、時々現れるネズミを口にする。人間としての理性が消えていくのが分かる。彼女が最後に外に出たのは、裁判を受けるためだった。そして王は彼女に極刑よりもすさまじい刑を言い渡した。それは、彼女がいた時代よりも何百年も古くに作られた魔術。人を火とならざるものへと変異させる魔法。それを行使される。その状態で地下牢に入れられた。

 そして、彼女は自分が人外になってしまったことに気がついてしまった。自分が元々人外だったのを魔術で呼び起こさせられたのか、それとも、術によって変化したのか、一切分からなかった。


 ある日、弱り切った彼女は鉄格子に手をかけてみた。すると、ガシャン、と音を立てて壊れてしまった。この鉄格子が弱っていたのか、自分の力が強まっていたのか、分からなかった。だが、一つ分かるのは、自分がどうしようもなく人を食べたい、という衝動に駆られている、それだけだった。

 牢から出た彼女は、外に出て、手当たり次第に殺してその人を喰らっていった。ようやく自制を取り戻したとき、はじめて知ったのは、自分が十年以上地下牢に放置されていた、という事実だった。その間に王は確認されている大陸国家の全てに宣戦布告を行い、無謀にも戦争に挑んでいた。ただ無謀だけで滅べば良かったものの、帝国は連戦連勝を果たし、驚異的な強さを持って、大陸の覇者へとなっていった。最前線の後ろでは、兵士は捕虜としてではなく、危険因子として虐殺の限りを尽くされ、占領下の人々は恐怖政治の犠牲者となっていた。

 それ知った彼女はこれを看過できなかったが、自分では何も出来ないことを知っていた。だから、まずは、力を蓄えることにした。そのために、前線へと移動して、殺された死体を喰らっていった。自分がどのようなスキルを持っているのかを途中で把握した。自分の職業が『吸血鬼』と知ったときには心底驚いた。自分が元々『聖職者』という職業持ちだったのが、魔物へと変化してしまっていたことに。しかし、いくらか合点のいくこともあった。十年という歳月を一人で生き抜いてこられたのは人を超越したからだと。


 『継承』を使って他人のスキル、『職業』を継承していった。前線にいるだけあって、様々なスキルを継承することが出来た。戦闘に役立つものがほとんどだったが、彼女が不思議に思ったのは、時々前線に混じっている、所謂補助系だった。その補助系は『商人』や『鍛冶』などといった、スキル持ちで、戦争に本来出されない人々だった。かといって、彼らは彼女のいた国で見たことのある人たちではなかった。装備こそ帝国製だが、それを戦っている兵士は占領下での人々。そう考えるのが妥当だった。

 継承の中で大型の魔法を会得したりもできた。吸血鬼の特性上魔力が以上に存していた。それらを浪費しようとも何年も戦えるほどに。人を喰らったときの継承は、ただ、スキルや職業、記憶にとどまらない。その者の全てを継承する。だからこそ危険なのだが、彼女は何百人も喰らってきたおかげで常人の何千倍も魔力を持っていた。


 しかし、彼女は旅の途中で王が民衆を虐殺しているという情報をつかんでしまう。すぐさま彼女は王都へと戻り、地獄と化した国をせめてもの救いのために、彼女は追い打ちをかけることにした。教会で兵士と戦闘となり、その兵士を率いる男と戦闘になった。最初は再会した喜びを分かち合えた。しかし、次には彼女が人間でないことに気がついた男は彼女に斬りかかった。男からしてみればせめてもの手向けなのだろう。引導を渡すことが。

 しかし、彼女は圧倒的強さで、言葉を用いることすら許されないような強さで男をねじ伏せ、兵士を皆殺しにした。男は彼女に謝っていた。何度も何度も謝っていた。そして、男は彼女に愛を伝えて事切れてしまった。

 そして、彼の記憶とつながる。


 彼はふと我に返る。そこには廃墟となった王城だけがそこに残っていた。いつの間にか外に出ていた。久しぶりに見る太陽に目が眩んでしまう。そして、次の瞬間、かなり焦ってしまった。吸血鬼が太陽を浴びると燃え上がる、という伝承を知っていた彼は、自分が燃え上がってしまうことを思い出して焦るが、痛みも、炎も感じることはなかった。

「何を焦っておるのじゃお前様?」

「い、いやー、ほら、吸血鬼って、太陽の光で燃え上がるって言うじゃん」

「それは、何処の世界の伝承じゃ? 生憎とこの世界じゃ、吸血鬼は最強じゃ。どんなことがあってもなんともないぞ! と、それよりもお前様」

 彼女は今まで向けたことのないような目で彼をにらみつける。

「わしの記憶を見たな?」

「……」

 彼は何も言えなかった。

「別に怒っておるわけではない。見たか、と聞いておるのじゃ」

 彼はこくっとうなずいた。それを見た彼女は優しい目で彼を見つめる。

「別にどうという事じゃない。ただ、聞きたいのじゃ。わしの記憶を覗いて、どう思った?」

 彼は直感したことを素直に述べた。

「似てると思った」

「似てる?」

「今、この現実で起こっていること、と。俺が召喚された国では少し前に戦争があった。大陸中を巻き込んだ魔族との戦争。その中で俺が召喚された国は被害が軽微だったし、本来、各国が協力して召喚するところの英雄を一国で抱えている。多分、戦争が近づいているのだろう、というのは分かる。でも、どうしてかは分からなかった。だけど、君の記憶を見て、確信した。君が防げなかったあの事態と同じ事が起こっている……」

 彼女はその話をふむふむと聞いていく。

「なるほどね。ところで、一人称が俺に代わっておるのじゃが、大丈夫か?」

 彼は一切そのことに気がついていなかった。そして、実感していく。人格が歪みはじめていることに。でも、どうしてか、彼は恐怖を持てなかった。自分が消えていくことは本来恐怖を持つべきなのだろう。しかし、今の彼には彼を見てくれる女性がいる。人が人を作るのならば、彼にとって彼を構成する唯一の要素は彼女しかいない。だからこそ、彼には一切恐怖がなかった。


「分からない。でも、俺は俺だよ、ユリア。これから何が起ころうとも、君が君である限り、俺は俺だ。さあ、行こうユリア、俺たちにはやらなければならないことがある」

「じゃな」

 あの時の質問の答えを彼は彼女の記憶を見ることで得ることが出来た。彼女がどのような人生を歩んでいたのかを知る事が、彼にとって重要だった。

「ところで、ユリア、君が抱えていた男って……」

「わしの伴侶となるはずだった男じゃ。うん? なんじゃ、妬いておるのか? 可愛いのー」

「バーカ、そうじゃないよ。ただ気になっただけだよ」

「むう、素直じゃないのー、素直じゃない奴にはこうじゃ!」

 そういって、彼に無理矢理キスをした。彼は一瞬戸惑ったが、すぐに受け入れた。

 彼にとって一番の不安だったのかもしれない。出来るとか出来ないとかよりも、目の前の彼女にとって自分が妥協ではないか、と思ったからだ。

「安心しろ、お前様。わしのはじめては全てお前様に捧げたぞ。これは心に誓ったものにしかしておらん。つまり、これから行う事、為すことの全ては、お前様のものじゃ。昔の男程度で気に病むでない」

「あ、ああ。分かったよ、これ以上、言わなくて良いよ。大丈夫、俺は君を信じてるからさ」

 ただ、それだけだった。


「さて、まず、何処に行くのじゃ?」

「あまり考えていないが、まずは適当に歩いて、街を見つけようと思う。そうすれば自分たちの居場所もつかめるだろうからさ」

「そうじゃな。それじゃ、そこに向かおうかのう」

 そして、彼らはあの街へと向かった。一ヶ月かけて……。

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