通路の先へ
偶然現れた通路を二人で腕を組みながら、ゆっくりと前へと進む。やはり光源がないのに通路は明るい。ただ、彼が最初歩いてきた道とは全く違って、妙に気持ちの悪い空気が流れていた。匂いもどことなく腐った臭いがする。死体の腐臭。表現することは出来ない、ただ、鼻の奥に染みつくその匂いは、死体を食べることを糧とする彼らですら鼻を覆いたくなるものだった。ただ、彼らがどれだけ歩いても、死体の一つもなかった。血痕だけがあったが、それでも、そこに死体はなく、まるで歩いているかのような跡だけが残っている。
奥に進めば進むほどその気配が大きくなっていく。彼はとっさにホルスターに入れてあった拳銃を抜き、警戒をし出す。『ノイン』と名付けた銃は黒く光っている。
「おお、かっこいいのう。似合ってるぞー」
彼女は両手を前で合わせてキラキラとした目で彼をからかう。
「はあ、この先に何がいるのか予測がついてるんだろ?」
「うーん、まあ、予想がついていると言えばそうじゃが、数は全然予測はつかんよ」
この死臭が一つに集まっている。彼はそう直感した。彼は、弾が入っていることを確認し、セーフティを解除する。撃鉄を下ろして、いつでも撃てるように構える。
「さ、行こうか」
彼はゆっくりと足を進める。本当はもっと勢いよくいけるのだろうけど、自分の力が未だに分かっていない以上、ゆっくりと試していくしかない。まずは、自分が初めから与えられていた天職『ガンスリンガー』を試してみたくなった。
匂いの元をたどって歩いていくと、見つけてしまった。高く積み上がった死体を。折り重なるように積み上げられた死体は歪に動いている。ただ、折り重なっているから動かない。だが、そこからはみ出ている手が動いているのが分かる。
「うーん、これは、触らぬ死体に祟りなしだな。無視しよう」
「えー、上手そうじゃぞ!」
彼女は考えなしに近づいていく。
「おいおい、これはさすがに食べないでおこうよ。もう少し新鮮な死体を食べようよ」
「うむ、そうじゃの、確かにその通りじゃ。どうにもここの死体は、数百年以上経ってそうじゃの……。ふむ、どうやらお前様、ここの時間は動いておったようじゃぞ」
彼はホルスターに銃をしまって、彼女の手をつかんだ。
「さあ、先を急ごう……?」
彼女の手をつかんだと思った。しかし、その手が崩れ落ち、良く分からない粘着液が手に付着していた。
「うわ! ユリアが腐ってる!」
「何を言うんじゃ! このど阿呆!」
彼女は彼の頭をべしっと叩いた。しかも思いっきり。少しばかり頭蓋骨がへこむが、すぐに戻る。
「おい、何するんだよ。痛いじゃん……」
「いやー、少しいたずらをしたくて……、で、モトキ、その後ろに立っているのは、友達かの? 悪いことは言わんから、もう少し理性的なものを選ぶことを推奨するぞ!」
「友達? 僕に友達がいたことないぞー、何? 喧嘩を売ってるの? 別に買うけど?」
そういって、彼は笑いながら後ろを振り向くと、さっきまで高く積み上がっていた死体の中から、一体一体這い出てきて、彼にかじりつこうとする。
「うお! びっくりした!」
彼は急に出てきた死体に驚いて、そのまま蹴りを入れてしまう。蹴られた死体は遠くに飛ばされ、壁にめり込んでしまう。彼はまた驚いてしまった。自分の蹴りがまさかここまで威力が出るとは思ってもいなかった。
「はは、友達を蹴り飛ばすとは大胆じゃの」
「おいおい、友達はいないって、言った気がするけどなー」
彼女は寄ってくる死体と遊んでいる。
「なんか、まだまだ出てくるんだけど、こいつら何?」
彼女は、空中に立って、数を数えはじめる。
「おお、お前様、大体千体くらいいるぞー、頑張れー」
「え、嘘だろ!」
「だってー、わしは汚れたくないのじゃ。それじゃ、早く終わらせるのじゃぞー」
まあ、いいさ、と彼は『ノイン』を撃ち始めた。死体達はぞろぞろと愚直に彼のところに向かうが、あまりにも速い速度で攻撃を行ってくる。確実に速くなっている。彼は数で押されはじめた。そこで、彼は一度束でかかってくる敵から距離をとる。そして、色々と試したいためにMG42を参考に作った『ガルン』を掃射しはじめる。毎分1200発以上を撃てる。本来ならば、弾丸が発射されるときの熱放射によって銃身が焼けてしまう。しかし、魔法弾を撃つことで一切の弊害なく、高レートで撃つことが出来る。ただ、大きさもあるため、やはり、どこかに固定しなくてはならないが、筋力が異常に発達した彼は、さすがに肩に付けられないが、それでも、腰撃ちでかなりの効率をたたき出せた。
「おー、気持ちよさそうじゃの。ストレスでも溜まってるのかの? なんなら、わしで発散すれば良いものを!」
「おい、うるさいぞー」
「む? そっちの方がうるさいぞ」
彼は構わず撃ち続ける。一気に効率が上がった。ただ、狙いが全然つかないためあちこちに弾が飛んでいく。
「さて、次の武器に変えてみよう!」
死体はぞろぞろと出てくるが、最早可哀想という言葉が似合っていた。死体の山から這い出てきた死体は、新たな死体の山を形成する。しかし、彼は段々とおかしいことに気がつく。
「なあ、ユリア、これ、減ってるか?」
「うーん、一切減ってないの……、ああ、なるほどね。モトキ、ここのアンデッド達はあまりにも長い時間死体やっておったからのー、生命力が以上なんじゃろう」
「人間って、そんな簡単にアンデッド化したっけ?」
彼が文献で読んだとき、人間がアンデッドとなるためには異常なまでの恨みを持った上で非業の死を遂げるか、呪術によって、死体を使役した上で生まれるのだが、さて、目の前のアンデッドはおそらく前者なのだろうが、ここまで全員が恨みを抱く、と言うのがどうにも怪しい。一気に、何千人となるものだろうか、と。
「わしの記憶を覗いたのならなんとなくは察しておるじゃろ? こやつらは元が人間ではない。人間であったが、その過程で、事実を知った。なら、こうもなるじゃろ。自分ではどうしようもない運命に殺されたようなものじゃ。こうもなるじゃろ」
彼も彼女と同じように空中に浮かび上がり、一息つく。
「おや? もう終わりかの? ふむ、よしわかった、吸血鬼の力を一つ見せてやる。お前様はここで見ておけ」
彼女が地面におり、アンデッドを一カ所に集め、魔法で拘束する。
「アンデッドというのはな、肉体を持っている限り復活する呪いがかかっておる。ふむ、言い方を変えよう。お前様の戦い方は、正攻法じゃが、時間がかかる。呪いの中枢となる頭を撃ち抜くのならばまだしも、お前様は、胴ばかり狙いおる。頭じゃ。そして、最も効率的なのはな、こうやって、一カ所に集めて燃やすことじゃよ。《アオスブルフ》」
彼女はそう唱えると、しかも無詠唱で唱えると溶岩が吹き出て拘束されたアンデッドが溶けていく。
「さて、これでおしまいじゃ。お前様よ。『ガンスリンガー』なる力を持っておりながら、それを生かせておらぬ。良く頭を使って戦ってみよ」
戦闘後、ダメ出しをされた彼は、思ったよりもへこんでしまった。死体の腐臭が段々と消えていくと、自分たちが何処にいるのかが分かってきた。どこか王城の中だった。
「ふむ、ここは、訓練場じゃな。緊急時にはここに避難民を集めるようになっておった。つまり、ここに溜まっていた死体は、そういうことじゃな。ただ、不思議じゃったのは、兵士がおらぬ。おそらく、まだまだ出るぞ。それじゃ、後は頼むなー」
といって、彼女は彼の背中に飛びかかる。そして、
「やっほーい、じゃあ、レッツゴー」
「一応、さっきまで戦ってたんだけど……」
「わしが全てやったんじゃ。じゃあ、考えていってねー」
「何か口調変わってない?」
「気のせいじゃー」
笑顔で彼女は彼に胸を押しつける。それに彼はまたドギマギとしてしまうが、まあ、日に日に慣れていってしまった。
彼女を背負ったまま、彼はなんとなく走って先へと進んでく。ヒントをもらったからか、彼の頭はすっきりしていた。『ノイン』で頭打ち抜いていく。
「おお、さすがは『ガンスリンガー』じゃ」
「ところでユリア、どうして、僕のスキル内容が分かるんだ?」
彼女はフフフと笑って、
「実を言うとな、お前様と食べた死体の中に偶然『スキル鑑定士』がおったのじゃ。だから、お前様も使えるはずじゃぞ。ただ、人のスキルしかみれんのじゃがな」
彼はそれを片耳に聞きながら頭を確実に撃ち抜いていく。段々と撃ち方が様になっていく。しっかりと頭を撃っていくが、明らかに数が増えていっている。跳弾、貫通、彼は何でも出来るようになっていった。ただラン&ガンを続けているだけで、スキルが上がっていくのが分かる。
「で、僕は君のスキルを見ても良いのかい?」
「えー、恥ずかしいのうー、まあ、夫に包み隠さず見てもらうのは妻の勤めじゃな!」
彼は一度止まって、彼女のスキルを確認するために、鑑定スキルを使用した。
職業『吸血鬼』:『吸血』『継承』『眷属』『代償』『死に戻り』『共有』『剣術』『呪術』『魔術』『奇跡』『治癒』
そのほか何百と書かれていた。それは、つまり、彼女がそれだけの人間を喰らってきたと言うことになる。彼は恐ろしさすら感じた。はじめて人を喰らって、そのスキルを継承した。
「なあ、ユリア、この『継承』というスキル、僕も持っているのだろうけど、これ、『代償』と関係しているんじゃないのか?」
「スキルの中にある、『継承』は文字通り継承するものじゃ。奪うものでもなければ、与えるものでもない。文字通り『継承』。受け継ぐものじゃ。それじゃあ、考えてみるといい。スキルというのは、今、お前様が経験しているように、使っていくことで上達していく。重要なのは、経験じゃ。経験というのは、記憶に関係している。ところで、お前様は、どうして動いているのじゃ?」
彼にはその質問の意図一切わからなかった。
「どういう意味だ?」
「そのままじゃよ。どうして、お前様は、今攻撃し、外に出ようとしておる?」
「それは、目的があるからだ」
「なら、その経験も全て目的ありきで、為されるものじゃないかな? つまりだね、生きるという目的の中で経験していくのなら、経験の中に記憶が関係しているわけじゃ。では、お前様が今戦うのは目的があると言った。『継承』はその目的に関係しておる。正確には意志と呼ばれるものじゃ。スキル、経験、それを生み出す目的、意志。スキルってのはそういったものじゃ。それを『継承』し、行使する。そのとき、お前様は、お前様であれるのかの?」
彼は走りながら何も答えられなかった。彼女の言っていることが身をもって実感しているからだ。所々でデジャブを感じる。彼は考えないようにした。これを考えれば何か、壊れていく気がしたからだ。
「お前様、わしは何千何百と喰らってきた。それだけの人たちの意志を『継承』してきておる。先に言っておくぞ。わしはわしであるのかが当に怪しい。わしが今見ておるこの経験がわしなのかは分からぬ。良いか、『継承』はこれだけのリスクが伴う。わしはお前様に謝らなければならぬ。そして、約束してくれ、お前様は、どれだけ喰らっても、変わってくれるなよ……」
彼女は彼の肩をぎゅっと握る。また彼は何も答えられなかった。そんな自信が一切湧かない。自信もない約束は出来なかった。
彼は無言で走り続けた。上へと行く階段は幾つも見つかるが、下へ向かう階段は見つからない。それどころか、出入り口すら見つからない。そして、彼は気がついた。自分が今走っているところが、王城の中だった。仕方なく、上へと上がり、もしかしたら、王がいるところへと向かえるのかもしれない。そこに何かがあるだろう、なんていう希望を持っていた。
「さて、何処に向かっておるのじゃ?」
「分からん。多分、王のいるところ」
「どうしてじゃ?」
「なんとなくだな。こういうのは、下手に探索するよりもめぼしいものがありそうなところを探した方が速い。多分、王もアンデッドとなってるだろうから、ついでに殺す。何か分かりそうだからさ」
「うむ、なかなか合理的な判断じゃ。ここの王は、名をユークリッドという」
「だからかー」
周りを見て王の紋章だとようやく理解できた。幾何学紋様が異様に多い。ユークリッド幾何学に関係しているとでも言うのだろうか。紋様の中に世界性があまりにも出ている。多分帝国だったのだろう。
「なあ、ユリア、この国はどうして滅びたんだ? この国がダンジョンになった経緯は知っている。そして、この国の人間が人間ではなく、魔物だってのも分かる。だが、この有様は、それだけじゃないだろ。君が意味もなく滅ぼすとは思えない」
「ほう、どうして、そう思うのじゃ?」
「一つに、もし、君がこの国を滅ぼすなら、本質を見せるのではなく、君の術で全てを焼き尽くせたはずだ。だが、そうしなかった。君が行ったのはとどめであって、きっかけじゃない。それで思ったんだ。君はどうしようもなくなったこの国を炎で埋めた。この国は、多分だけど、自滅したんじゃないかな。先に壊れたのは王様だろう。王が民衆を虐殺しはじめた。最初に僕らが戦ったのはそういった連中。あれだけ無造作に積まれていた。通路から死体を集めたのは一気に焼くため。でも、その前に君がこの国を燃やした。先代は多分、この浄化のために召喚された」
「なるほど、良い推理じゃ。じゃが、一つだけ違う。英雄は必要だから召喚されたのじゃ。魔物とと戦い、魔人を打ち倒した。しかし、奴は真実を知った。魔物が本当は何者で、何処にいるのかを。じゃがそのときには遅かったのじゃ。わしも手遅れじゃった。まあ、今はこれくらいで良かろう。お前様、言い洞察力をしておるな。やはりお前様は面白いな」
「そりゃどうも」
ようやく彼は王がいるであろう部屋を見つけた。ほとんど走っているだけだった。銃の強みを十分に発揮できた。
重苦しい扉を開けると、カビやほこり、死臭で満たされ密閉された部屋を解放してしまった。
「うひゃー、臭いのう。何百年も開けてないって扉だから凄い臭い。大物がおるの。まあ、想像はついとるじゃろうが、ただのアンデッドじゃないのう。大量の死体を喰らって、膨張したハルクじゃな」
彼はなかに入って戦闘態勢を整えるが目の前の王座には誰もいなかった。だが、周りには一切窓もなければ何かが通りそうな穴もなかった。つまり、まだここにいる。臭いが充満しているため、どこにいるのかが分からない。だだ、周りにいないとなると、彼はゆっくりと上を見た。
何かがうごめいていた。それは、真っ白な目を覗かせる。それまで暗かった部屋に明かりがともり、敵の全貌が見える。真っ青で大きな体。その体を構成している一つ一つの要素は死体だった。これまで頭を撃ち抜いてきたが、あいにく、大きくなりすぎた体の何処に頭があるのか一切分からなかった。ハルク。老朽船。
「でかいな……」
彼は『ノイン』では歯が立たないと判断し、もっと高威力の武器を手に取る。彼は彼で用意していた『レミントン』に散弾とスラッグを交互に入れる。コッキングして薬室に弾薬を入れ込む。
「さあ、殺してやる」
彼はそう言い切った。かっこよく締めたつもりが、彼女がそれを茶化してしまう。
「もう死んでるからな―」
彼は少し気が抜けたが、肩の力を抜くことが出来た。
「じゃあ、滅ぼそうか」
「ええ、行くぞ」
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