プレゼント
彼女と時を一緒に過ごすようになって、少しばかり時間が経った。怪我の療養と、どちらも力を蓄えるためにまだ教会の中にいた。教会の中には沢山の死体があったため、食べるには困らなかったが、さすがに一月も経ちはじめたら食べられるのも少なくなってきた。吸血鬼の特性上、一月につき、一人くらいのペースで腹は持つのだが、彼も彼女も異常な食欲を誇っていた。
「ユリア、吸血鬼って、具体的に何が出来るんだい?」
笑顔で彼が食事をしているのを眺めている。大人びた女性のようにも見えるが、その笑顔を見ているとどちらかというと子供のようにも見える。
「うーん、そうじゃの、やれることは色々とあるぞ。例えば、うん、最初にこれをやってもらおう。しっかりと、見るのじゃぞ」
そういって、彼女は、近くにあった木の破片を手に取った。そして、その木の破片に魔力を通した瞬間、その木の破片は光を帯びて、ナイフへと変形していく。
「これは?」
「まあ、一種の錬金術じゃ。はじめてやった割には上手に出来たの」
「はじめて行った? 自分の能力なのに?」
「うむ、その通りじゃ。吸血鬼の特性は、大まかに言えば一つしかない。それは、相手の生命を吸血によって奪い取る。しかし、それを行うと、一つ、副作用というか、副産物が手に入る。それは、相手の能力を我の能力として使うことが出来るのじゃ。お前様も錬金術は使えるはずじゃぞ」
彼は、どこか引っかかりを覚えた。そして、はっとする。
「なあ、ユリア、一つ聞きたいんだけど良いか?」
「スリーサイズならすぐに答えれるぞ」
「そんなもん聞くか! 古風なしゃべりかあの中にハイカラなもん入れんじゃねえ!」
「そういうお前様もハイカラなどと古い言葉を使っておるではないか」
「今の言葉を……って、なんで、こっちの言葉を知っているんだよ」
ふとした疑問が意外と重要な情報だと分かる。ハイカラという言葉は驚いたことに、下の世界においては、明治期からある。その言葉を知っている彼女は一体何者なのか、彼はそれをあえて突っ込まず、ただ、聞くだけにした。
「流れじゃよ。なんとなくしっとっただけじゃ。他意はない」
「へー」
彼は訝しそうに彼女を見るが、すぐにその顔をやめた。
「僕がはじめて人を喰らったとき、その人は何者だったか、分かるか?」
「ああ、お前様がもだえ苦しんでいた時に与えた人か? ここの入り口付近に英雄が倒れておったから、お前様にくれてやった」
彼は頭を抱えた。いくら人を食うことに慣れたからと言って、はじめて食べた人がまさか、話したことのある人とは思ってもいなかった。
「丁重に弔ってやろうと思っていたのに……、通りで死体がないわけだ」
「何? 何か、してやろうと思っておったのか?」
「まあ、先代だし、夢の中だけど話したことあったから……」
彼女は、ふむふむと話を聞いて、思いついたかのように言葉を連ねる。
「お前様、墓というのは、その人を入れるのではなく、その人がいたという事実を連ねるものじゃ。最大の墓場は、お前様の頭の中、もしくは、わしの頭の中じゃ。それだけではないぞ。わしもお前様も彼の能力を引き継いだのじゃ。それは、彼の意志を引き継いだと言っても良いのではないか?」
彼女は日に日に彼を言いくるめるのが上手くなっていく。人を喰らうときもそうだったが、あれこれと未だに彼の道徳心が彼の行為を邪魔する。
「ま、そういうことにしておくよ。確かに、先代を僕が継承した、と」
「その通りじゃ。さて、お前様、練習じゃ。まあ、すぐに出来るじゃろうが」
彼は、手頃な大きさの木の破片を持った。しかし、持っただけ。そこからどうして何をすれば良いのか全然分からなかった。
「ああ、すまぬ。錬金術は本来錬成陣が必要じゃ。しかし、天職が『錬金術師」はその限りではない。お前様は、今、多くの職業を会得しておる。本当なら、プレートで確認しなければいけないのじゃが、それは、ここを出てからじゃ。ほれ、何を作りたいかを明確にイメージしてみろ。一番良いのは、その物のもつ、理を理解する事じゃ」
彼は、目を瞑って、作りたい物体のイメージ、それが行う行為を思い浮かべた。頭の中でナイフを思い浮かべてみた。サバイバルナイフに似た形を思い浮かべて、それでいながら、強度を考え、何で構成されているかを考えた。
すると、彼女が行ったように破片が光り輝いて、彼が想像したとおりのナイフへと変貌した。
「おお、初めてにしては、凄いではないか。さすがは、英雄が認めた英雄」
「からかってるのか?」
「もちろんじゃ。からかわれたときのお前様は顔が赤くなって、可愛いからの」
彼は急に恥ずかしくなった。それを見て彼女はまた笑う。それを見た彼は、屈託なく笑う彼女の笑顔に何か救われた気がする。しかし、それと同時に、ここに居続けることは、彼女を助けた意味がないことを意味していた。それが分かると、どうにかしてここから出ることを優先しなくてはならない。
先に、何が起こっても良いように自分にあった武器を作ることにした。錬金術という力を手に入れてから、まず、この世界の既存のものをあらかた作った。そして、次に、彼のイメージの中にだけあるものを作った。そこで分かったのは、抽象的なものは作れない。ただ、明確なイメージも必要とは言えない。どちらかと言えば、断片的な記憶を思い返してもそれは具現化することが分かった。だから、今の彼なら、彼に最も合う武器を作れると確信できた。
彼は再び、少し大きめの木の破片を手に取って、M1911を想像した。メカニズムや、弾の種類などは理解していたが、出来上がったのは、似ているが少し違う銃が出来た。
「弾倉は……、ないのか……、いや、待てよ……」
彼は、新しく出来た銃に魔力を付与して、引き金を引いたが、弾倉がないためロックされる。そこで、しっかりと弾倉を想像して、弾倉の中に、魔法力を詰め込んだ。そして、銃の方はただ魔力を付与するのではなく、弾倉の中にためてある魔力を魔法弾として撃てるように改造を施した。これは、イメージをもって、作った。その試みは端的に言えば、成功したが、成功するまでかなり時間がかかった。とは言っても、三日ほどだが。
一度成功してしまえば、他の武器種に変わってもメカニズム自体は応用が利くため、ポンポンと作成したが、出来上がった銃を並べて分かったのは、
「うーん、もっと、勉強しておくべきだった……。偏ってるなー」
彼が錬成した銃は些か古いのが多かった。もちろん、名銃と言われるものがほとんどを占めているが、時々、ショーシャなど少し、ネタのようにも見える銃も調子に乗って作ってしまった。ただ、魔力弾を撃つと言うことは、実際にあったようなジャムなどは起こらない。ただ、ショーシャを使うくらいなら、筋力がかなりアップした今の彼なら、MG42などを固定することなく撃てた。ドイツ系が多いのは、彼の趣味がそうだからである。
「お前様、それは何じゃ?」
彼女は、彼が作り上げた銃を見て、声をかけた。
「ああ、これは、僕がいた世界で、多人数を殺すために使う武器だよ。剣とか、槍よりも強力で、弓よりも遙か遠くから攻撃できる武器。僕の予測だと、魔法もはじき返せると思う。まあ、やったこと名から分からないけど」
「へー、わしも使ってみようかの。何か一つ、我にプレゼントしてくれんかの?」
「え? まあ、良いけど、さて、どれが良いかなー。どれが良い?」
彼女はまるで宝石を見るかのように銃を品定めする。
「本当は、指輪なんか作ってくれたら、良かったがのー、ちら、ちらちら」
彼女は彼を横目で、見ているが、彼はそれに気がつかない振りをする。今の彼ならダイヤモンドを石から作ることも出来るだろうが、それは面白味がない。少しは、苦労しないと、贈り物と彼にとって思えなかった。
「ふーん、じゃあ、これ!」
彼女は、ポンプアクションのショットガンを手に取る。イメージはM1897。
「これかー、他と違って少し扱いづらいけど、良いの?」
「うむ、なんか、強力そうじゃ」
「分かった。じゃあ、使い方教えてあげるから、貸して」
そういって、彼は、彼女から銃を借りて、手入れと動作の確認をした。そして、あらかじめ用意していたシェルを詰め込んでいく。
「それはなんじゃ?」
「ああ、これは、これを撃つための弾だよ。銃って言うのはね、この本体だけじゃ駄目なんだよ。この弾を撃つための道具が銃で、弾がなければ意味がない。だから、別でつくって、入れてるんだよ。で、この銃は二つの弾を用意してるんだけど、一つは散弾。もう一つはスラッグ。まあ、拡散する魔法と、貫通する魔法を詰め込んでみたよ。ここで撃つと大変なことになるから、大群が現れたときに、使ってみて」
彼はそう言って、コッキングをして弾を排出し、彼女に渡す。彼女はキラキラとした目で銃を眺める。
「ああ、戦闘以外で弾を入れないでね。危ないから。頭を吹き飛ばされるのは、勘弁して欲しいな」
「フフ……」
不穏な笑顔を浮かべた。彼は、背筋がぞっとする。大体、不穏な笑顔を浮かべるときは何か悪いことを考えついているときだ。
ガシャ、と弾丸を一発込める。
「お、おい!」
スラッグ弾を込められたショットガンを彼に向ける。彼は、反射的に両手を挙げるが、彼女は、
「まあ、安心しておれ、一度、撃ってみたいのじゃ! 覚悟!」
「ど、どうして!」
そういって、彼は撃たれる瞬間に、横に飛んで避ける。彼女のエイムは一切動かないまま、彼が座っていた、向こうにある壁に向かって発砲する。
ズドン、よりも重い音で、壁に当たると、壁が崩れ落ちる。
「うわー、凄い威力じゃの! これは気に入ったぞ!」
彼は、机の陰で、ガタガタと震えていたが、壁に打ち込んだのを見てほっとする。
「本当に、怖かったー……?」
彼は撃ち込まれた壁を見ると、その壁の向こう側に通路が通じていた。
「これは、通路じゃの」
「そうだな」
「何処につながっているか気にならんか?」
「なる」
「そろそろ、ここから出たいのはわしだけじゃないと思うのじゃが、どうじゃ?」
「賛成」
「今からお前様にキスをしようと思うのじゃが、どうじゃ?」
「意味が分からないから反対」
すると彼女はおもむろに散弾を込め、コッキングする。薬室に運び込まれた弾薬は発射の準備を整える。彼はその音を聞くと、すぐに、襟を正して、彼女の銃を明後日の方向に向けて、彼の方から無理矢理唇を奪う。
「おお、お前様、大胆じゃのー、わしは嫌いじゃないぞ。 あっっっっ」
そのあと何が起こったかはイメージに任せる。まあ、彼らはこうやって親密になっていった。彼も気がついていないが、吸血鬼になってからか、食欲と性欲が異常に高まった。彼女曰く、これも吸血鬼の特性だそうだ。ただ、吸血鬼は子を孕むことはなく、眷属を従えることで、自らを保存する。本来、眷属とはそういったものだそうだ。だから、本来的には彼と彼女の関係は親子に近いところがあるはずなのだが、彼女は、親子ではなく、夫婦を選んだ。
「さて、予想外のことも起こったが……」
「ふふ、楽しませてもらったぞ。吸血鬼じゃのに体が持たないと思ったぞ。お前様は本当に凄いのー」
彼の脇腹を彼女は突っつく。彼はその手を握って、
「もう、いいだろ? ほら、いくよ」
「うむ。行こう。まずは、ここから出ることじゃな。わしもこの先がどうなっておるかは知らぬ。気をつけていくのじゃぞ」
彼はこくりと頷いて、一歩踏み出した。
錬成で作り出した、黒色のマントを羽織ってた。本来彼は魔法の付与に長けていなかったが、食した人の中に付与関係の職業持ちがいたのだろう。だからこそ、彼はなんとか魔法弾を撃つ銃を作れたし、同じようにマントも創造できた。一回一回、錬金するには時間がかかるため、マントの中に、これは、背中にではなく、文字通り収納した。マントの中に手を突っ込むと武器が出る仕組みである。
色々準備した結果、彼の持ち物全てに何かしらの種が仕掛けてあるし、端から見れば、いわゆる吸血鬼の男爵のような姿になってしまった。それは、彼も意図していなかった。もう少し工夫も出来たのかもしれないが、どうにもこれがしっくりきた。
一方、彼女は黒のドレスをまとっていた。綺麗な白の肌と金髪が相まって、黒が際立つが、それでも全ての色が奇跡のマッチを見せ、見るものを魅了する。高くはかれたヒールがコツコツと音が鳴るたびに、自分の存在を示してるように見える。素直にかっこよかった。彼女は、彼と腕を組み、肩を寄せ合いながら、通路の中へと消えていった。
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