認められし無能

 鉄と鉄が弾き合うときにでるその特徴的な音は彼の近くにいたはずのアイリーンから鳴った。

 英雄を殺す瞬間、アイリーンの剣がそれを防いだ。

「ほう、なかなか度胸のある。お前は我を楽しませてくれるか?」

「バートランド王国王立騎士団、騎士団長ハインリヒ・フォン・アイリーン、まいる!」

 アイリーンは剣技を連続で何度も繰り出す。魔人はそれの一つ一つを丁寧にいなし、反撃に出る。しかし、それをアイリーンが弾く。

「神よ全ての法則を我が手中に、全ての理を我に! 《リヒト》」

 アイリーンの剣が光り輝く。その光はそのまま大きくなり視界を包んだ。おそらく、剣にまとわしただけで、実のところはただ光を発するだけなのだろう。少しの隙の間にアイリーンは剣技をたたき込む。その何発かが魔人の体をかするが、その傷が一瞬で治っていく。

「く、こざかしい! 《アプソプティオン》」

 魔人は、アイリーンの頭をわしづかみにする。それを回避しようと剣を振るが、残った片方の手で、剣をつかみ取りそのまま折ってしまう。

「に、逃げろ! 私を置いて逃げるんだ!」

 アイリーンは抵抗しながら力一杯叫ぶ。最初に吹き飛ばされていた勇者組は全員立ち上がり、固まっているが、戦闘意欲はない。むしろ、アイリーンが捕まっているうちに逃げようとしていたところを、許可が出たため、誰よりも早く退散しようとしていた。

「おや? 勇者ともあろう人たちが逃げ出すのかい? 良いのかい? こいつが死んじゃうよー」

 魔人はアイリーンがもがき苦しむ姿を喜んで見ている。逃げ出すことしか考えていない英雄達に一切の戦闘力はなかった。


 そしてまた、次は、カキーンという音ではなく、ザクッと、アイリーンの顔をつかんでいる腕が吹き飛ぶ。

「!?」

 誰もがその光景に驚いた。敵に近づけばそれは死を意味している。しかし、そんな中でも、それを自覚しながら攻撃を行い、英雄ですら当たらなかった攻撃を当てた奴がいた。魔人ですら吹き飛んだのが自分の腕だと気がつくのに少しのラグがあった。

 彼は、魔力を身体の一部に一極集中させ、爆発的脚力で相手が気づく前に、相手に攻撃を仕掛けた。

「アイリーン、ここで逃げたら、英雄の名が廃れる! 僕が相手だ!」

 彼は、死を覚悟していた。むしろ、ここで死ぬことが自分の役割だとさえ思えたほどだった。

「ふ、面白い! さっきの雑魚よりは骨がありそうだな!」

 魔人は笑いながら、攻撃するように無防備な体勢をとる。

 彼はその挑発にわざと乗って、肉体の強化をさらに行って加速する。

 まっすぐ突っ込むように見せて、魔人の上を飛び越え、背中に回り込む。そのまま、攻撃をすると思いきや、さらにステップで魔人の視界から外れて切りつける。

「いいぞー、その調子だ! もっと楽しませてくれ!」

 彼は無我夢中で魔人の攻撃を避けた。全ての攻撃をいなし、ナイフで応戦する。

「さっきの奴より断然強えじゃねえか!」

 魔人の攻撃がとうとう彼の右目をとらえてしまう。

「くそ!」

 痛みは不思議と感じなかった。体中を切られてもなお体が動くことにいささかの疑問を抱いてもいなかった。それ以上にまだまだいけるとさえ思えてしまう。だから彼は、命すら燃料とすることにすべてをかけた。

「なら、さらに!」

 彼は自分の魔力をさらに使って加速をかける。


「基喜! それ以上は危険だ! 退くんだ!」

 アイリーンが負傷箇所を抑えながら彼に叫ぶが、彼にその声が届かない。命すらも燃料としてようやく、魔人が楽しむ程度の攻撃が出来ている彼に、周りを気にする余裕はない。

「無能が出しゃばってんじゃねえ!」

 勝城は状況を理解することなく、ただ、自らの劣等感を押し殺すために命をなげうっている仲間を罵倒する。

 彼は魔人に攻撃をしながら、突破口を探していたが、一切見つからなかった。端的に言えばじり貧だった。

「その、命を省みず攻撃するその姿勢、尊敬に値する。それなのに無能呼ばわりとは、お前は一体何者だ?」

 魔人は攻撃の手を止める。

「僕は、何者でもないさ。ただ、英雄としての責務を全うしているだけだ!」

 魔人は高笑いをする。

「ははははは、その力を持って無能とは。人間界も狂ったものだ。どうだ? お前、我の僕とならないか? 魔族の血が入れば、お前は無敵になるぞ! 誰からもそしられなくなる。お前を無能とさげすむ無能にさげすまれることもないぞ!」

「断る! 僕は腐っても英雄だ。無能でも、ここで逃げたら、一生腰抜けだ。僕は逃げない。だから、お前ら! 速く逃げろ!」

 彼は時間を稼ぐつもりでいた。勝てなくても、魔人が彼を気に入ったおかげで、アイリーン達への意識が低くなっている。例え殺意をもった英雄達からの攻撃を避ける自信が魔人にはあった。

「その心持ち、より一層気に入った! お前は勇者よりも勇者、真の英雄だ! ならば、我はお前の命に応えないとな! 不敬に値する! 我の名はダイア! お前の名は?」

 ダイア。彼はその名前を聞いた瞬間、さらに勝てる見込みがないことを悟った。魔王ダイア。魔界を統べる王。その最強が彼らの前に現れ、魔王は彼との殺し合いを楽しんでいる。最初に感じたのは光栄だったが、すぐにそれは恐怖に塗り替えられていく。それでも、それを振り切るかのように彼は答えた。

「内山基喜だ!」

 今度は魔人の方から攻撃が始まった。彼はそれを一つ一つ捌くが、それはもうほとんど目で捉えていない。ただ、彼は本有の赴くままにナイフで弾いている。

「さあ、まだ速くするぞ! 楽しいな。楽しいよな!」

「ほざけ、こっちは限界だ!」


 攻撃は熾烈を極めた。段々と彼は追い詰められていく。彼の節々から血が流れ出ていく。意識を保つのもやっとだが、体が動いてるのが不思議なくらいだった。ただ、精神だけで動いていた。


 ピキッ

 

 と音が鳴った。それは彼の体からなったのではない。彼が使っているナイフの方が先に限界が来た。そして、それは一瞬のことだった。パリン、という音と共に崩れ去り、彼の体を魔人の腕が貫く。

「がはっ……」

 魔人は高笑いをまた行う。

「ああ、残念だ。こんなに楽しい戦闘は久々だったよモトキよ」

 彼の目の前が血に染まっていく。体中から力が抜けていく。これまで強化していた体が限界を迎えていることがすぐに分かった。

「ウチヤマ モトキ、その名前、忘れない。もし、生きて会えたなら、また殺り合おうじゃないか」

 魔人はそう言いながら、広間の外、あまりにも先が見えない闇の上へと彼を持って行く。

「一つ言ってやる。この奥底にはお前がさらに強くなるのに必要な要素があるだろう。本来は我がそれを奪う予定だったが、しかし、お前が強くなるのならやぶさかでもない。我はお前をここから落とす。生きてみよ。その先に我がいる。そして気をつけろ、敵は我だけじゃない」

 彼は最後の瞬間まで魔人から目を離さなかったが、ふと、アイリーン達を見てしまった。アイリーンは彼を助けようと動こうとしたが、体が動かなかった。英雄達は合点のいかない顔をしている。無能が無能以上の働きをした、という事実が気にくわないらしい。生きることよりも栄誉や名誉、自尊心を大事にしているがよく分かった。

 そして、彼は闇の奥底へと堕ちていった。


「ここでの殺し合い、有意義であった。モトキに免じて見逃してやる!」

 英雄達にとって、最大の屈辱は魔人に負けたことではない。彼に助けられたことだった。だから、大した考えもなく、例え死ぬと分かっていても魔人のチャンスを潰そうとする。

「待て! まだ俺たちは死んじゃいねえ。俺たち戦え!」

 英雄は確実に「俺たち」と言った。一人で背負うのではなく、全員を巻き込んだ。

「断る。我は満足した。お前達を屠ったところで面白くもない。蛇足だ。無意味だ。無駄だ。無駄骨だ。無能連中と戦うつもりはない」

「あの無能と同じにするな!」「そうだそうだ!」

 魔神に好き勝手に言葉を浴びせる。

「黙れ! この殺し合いをけなす輩は、何処の誰であろうと許さない! 我は逃げる機会を与えた! これ以上けなすならば、容赦なく殺す! モトキをけなす奴は許さない! 真の英雄に賞賛を送れないようなら我はお前らの国を滅ぼす。今日のところはモトキに免じて見逃す。そういった。これは我の気まぐれであり、我の敬意だ」

 そう言い放った。それでも、何かを言おうとしている英雄達は、ダイアからあれる殺意を無視していた。正確には気が付いていなかった。それだけ素人だった。だから、ダイアは素人が気絶してしまうほどの殺意を浴びせる。濃縮された殺意は幾人かの意識を刈り取った。そこまでしてようやく、自分が生かされていることに気が付いた英雄達は何もできないことを悟った。


 生き残ったアイリーン達はアイリーンを除いて安堵が訪れた。しかし、アイリーンのみ深い悲しみが襲った。それは、一人守れなかっただけでなく、守ると約束した彼を守れなかったからだ。それは、アイリーンの心に重くのしかかった。

 一方英雄達は安堵と屈辱を味わっていた。簡単な話だ。無能とけなし続けていた男に救われただけでなく、その無能は最強の悪である魔王ダイアに認められる男となったこと、さらには、そのダイアから真の無能が誰なのかを教えられたことだった。この屈辱は彼らには耐えがたいものだった。

 ダイアが去ると今まであった空間は消え去り、最初の階層にワープしていた。だから、帰還のことを考えなくてよかった。すぐに宿舎に連れていかれ、治療を受けるものは受け、何の傷もおっていない人は事情を聴かれていた。

 そこで、アイリーンはありのままを答えた。何があったのか、誰が犠牲となったのか、そして、それがどれだけ大きな損害だったのかを。しかし、奇妙なことが起こり始める。アイリーンが答えたことと全く違うことが出回り始め、王のもとにその情報が入った時には事実と全く違ったことが伝わっていた。

 いわく、彼は最初の攻撃で己の力を誇示するために無謀に攻撃し、そのまま惨殺された。それを助けるためにアイリーンは傷を負い、そして、そこから助けたのが勇者英雄だった。そして、真実は抹消され、事実だけが残った。アイリーンはその後軟禁状態に置かれた。それが意味するところは、アイリーンは重要な人材ではあるが、現状不都合な人材ということだった。それは、アイリーンが伝えた事実の中に、少しばかり贔屓めいたところがあったから、というのもあるが、一番の問題は、アイリーンにとっての英雄が彼であったことだった。


 英雄達は暗黙の中で真実を抹消した。そのことに少しばかりの責任を感じた人もいたが、すぐに忘れた。いつしか、彼らの中に生まれたのは「彼こそがすべてを招いた現況で、彼のせいで魔王に襲われたのだ」と。この英雄達の改変が彼らの精神に良好な影響を与えたことは言うまでもない。被害者根性で成り上がることができる。英雄の面目は保たれたままで、それでいてさらに強化される。真実など意味をなさない。彼らは彼らにとって都合の良い現実で生き続ける。

 この事実は彼らだけでなく、王族からしても重要だった。一つに、勇者一行が魔王を退けたというプロパガンダの要素をなすからである。もともとの話だと、無能者が退け、勇者は手も足も出なかった、という図式になるが、しかし、彼が独断専行し、勇者が全員の危機を救ったとなれば、その勇者を擁護している王国は人類の希望であり、その主導権を握ることができる。諸外国との政治的抗争に先手を打つことができる。

 もう一つ、英雄達にも、そして、貴族たちにもどうでもいい事実が一つある。それは、彼が死んだこと。無能者が一人消えたところで一切問題はなかった。


 これらが流布されたとき、アイリーンは心底この王国に付き従った自分を憎んだ。守られた恩すら仇で返してしまうような仕打ちをする英雄達に、国に。帰還した四日後、アイリーンは一人姿を消した。

 

 

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