第一章 召喚された英雄達

 小さい頃、英雄に憧れた少年がいた。英雄と正義は不可分の関係だと思っていた少年は正義のありように悲しみを抱いた。映画やアニメや漫画や小説、何処の世界にも英雄がいる。しかし、少年の生きる世界に英雄などいなかった。誰も助けてくれなかった。

 高校生になって一人でいることが当たり前となっていた。話す友人はいるにはいたが、それ以上でもそれ以下でもない。当たり障りのない会話を毎日行い、彼に嫌がらせを行う人たちのことを適当にあしらう。いつもヘラヘラと笑ってそれが癪に触ったからか毎日それが加速していく。彼、つまり内山基喜はその対象だった。クラスに必ず一人はいる日陰者。もしくは、迫害に似た仕打ちを受けざるを得ない人たち。彼はその一人だった。誰もそれに触れようとしない。

 毎日とる人が来るまで彼をいじめている奴らがいた。しかし、扉が一度開くと、

「おい、英雄、どうしたんだ? 遅刻かー」

 教室のまとめ役、というか、中心的な人物が学校にやってくると、教室内が一気に賑やかになる。勇樹英雄は学校内でも人気が高く、そのルックスの高さから女子から黄色い声が絶えない。その偉功にすがろうと男共もよってくる。


「違うよ、遅れてないじゃん。ほら、まだあと二分ある」

「それは遅刻寸前って言うんだぜ」

 英雄の取り巻きはあまりにも多い。一人一人名前を挙げていくのは面倒だし、彼もまた名前など覚えていなかった。ようやく離れたから持ってきていた本を手に取り読み始めた。

 すると、英雄は彼のもとにやってきて、

「大丈夫かい? 嫌なことがあったらいつでも言ってくれよ」

 英雄は笑顔で彼に語りかける。

「いえいえ、大丈夫ですよ」

 彼はたったそれだけを言って、そのあと無視した。

「おいおい、そりゃないっすよ、基喜くーん。せっかくひでが構ってあげてるのにさ」

 取り巻きの一人が彼に絡む。

「はは、ごめんなさい、僕は別に頼んでなかったんで、朝は読書をしたくてですね。むしろ、どうして絡むんだろうと不思議なくらいだったんですよ。なるほどー、せっかくなら、余計なお世話ですね」

 おそらく、というより彼のこの性格が周りが遠ざかっていくのだろう。しかし、彼もそうならざる得ない。迎合して彼が彼自身でなくなるよりかは、彼は彼の道を行くことを決めている。

「おいおい、そんな態度はないだろ」

「じゃあ、どういう態度をとるべきだったのかな、えっと……、誰だったかな? モブ君?」

 彼は嫌みには嫌みで返した。

「勝城だ! 松浦勝城だ。クラスメイトの名前くらい覚えたらどうだ? そんなことだから孤立するんだよ」

「いやー、すみませんね。僕の記憶力のなさは折り紙付きですから。と、そんな人気者に寄生することくらいしか脳のない虫を僕はいちいち覚えていませんから、おっと、言い過ぎてしまったな。失礼。つい、口が上手くて済みません」

 勝城はその発言にかなり腹を立てたが、英雄がそれを制止した。

「言い過ぎだ。それに勝城もわざわざ刺激するな。そして、基喜もだ。人の好意は蔑ろにするべきじゃない」

「ええ、だから、大丈夫ですよ、と答えたんですが、まあ、ありがとうございます」

 と言って、彼は読みかけていた本にまた目を落とす。


 その態度に対してまた文句を言いたくなったが、英雄は諦めた。

 するとまた教室の扉が開いた。生徒はそれぞれの席に着いたが、入ってきたのが教師でないことは服装からしてすぐに分かった。どこか古風な服装をしていた。見た目だけでは女性か男性かもわからない。フードを被っているからさらに怪しさが増す。

 それを見た英雄が誰よりも最初にその人に話しかける。

「一体何のようですか? お見受けするところこの人じゃありませんし、何用ですか?」

 重苦しい空気が急に流れはじめた。フードを被った人はその質問に対して、静かに答えた。その声は女性だった。

「私はとある世界の従者です。私はあなた方にとある世界へと来ていただき、救っていただきたいのです。言葉だけでは伝わらないのは重々承知しております。そこで、あなた方をその世界へとお連れいたします」

 拒否権はなかった。ただ、言いたいことだけを簡潔に述べたあと、ほとんど強制的に、意識を失わされ、気がついたら、教室ではない、古風な建物の中にいた。


 状況がつかめはじめるにつれて段々とクラスメイト達の表情が暗くなっていく。帰りたいと叫ぶ者、説明を求める者、冷静な者。彼は一番後ろの人間だった。状況の理解が追いつかないために、冷静にならざるを得なかった。むしろ、叫ぶ人は女子に多かったし、説明を求めるのは男子が多かった。

 古風な建物から、王城へと案内され、その国の王とすぐに謁見することとなった。

「おお、これが、伝承に残っていた英雄達なのか」

 王が椅子から立ち上がって喜びをあらわにする。

 王の周りを囲む兵士も、貴族も全員その到着に喜びの声をあげる。それを傍目に見ながら彼は何処の世界でも一緒だと言うことを痛感した。むしろ古い分、因習が多いのだろうとも思えた。

 そんな状況の中で、相も変わらずリーダーシップを発揮する英雄は王を認めるなり、説明を求めた。

「あなたが、この国の王様でしょうか?」

「さよう。わしがバートランド王国エマニュエル35世だ。貴公は?」

「自分は勇樹英雄と申します。クラスメイトを代表して、どういうことなのかの説明をしてはいただけないでしょうか?」

「うむ。至極真っ当な質問じゃ。ほれ、エルヴィン説明してやれ」

 そういって、王は側近にその説明の全てを任せた。


 側近のエルヴィンからの説明では、この、ヒンメルと言われる世界は危機に瀕している。ヒンメルには4つからなる王国とその従属国が存在しているが、それぞれに緩い連携を持っている。それは、一重に魔物という強大な敵がいるからだそうだ。そして、この世界は二重世界で一方は人間の住むヒンメル、一方は魔物達が住むブーゼという世界に分かれている。ブーゼではたった一人の王、魔王ダイアが支配しており、500年に一度、ヒンメルへと攻撃を仕掛け、征服しようとする。そして、今年がその年にあたり、人類は滅亡の危機に瀕しているそうだ。そして、彼らの役割は異世界から英雄達を召喚し、彼らの力を持って悪をくじく、という事だった。その英雄達に選ばれたのが不幸にも彼らだったと言うことだ。


 ざっくりとした説明だったが、何も分からないよりは良かった。

「俺たちは帰れないのですか?」

「何を申すか。そなたらは英雄。責務を持って生まれたのじゃ」

「ですが、それは、そちらの都合ではないでしょうか? 僕達は一学生で、戦うことを望まない者もいます」

 王は確かに、という顔をする。しかし、すぐに機嫌を取り戻した。

「なるほど、ヒデオと言ったか。ソナタの言うことも一理ある。ならば、まず、そなたらの天職を見るが良い。そうすれば少しは態度が変わるかもしれん」

「天職?」

「そうじゃ、天職とは神が与えて下さった役割。我らはその役割に従って生きておる。戦えない者には農業や商業を。戦える者には戦人を。いろいろな職があり、それは与えられた天職に沿って生きておる。それらを見てから、決めてはもらえぬだろうか? その上で帰りたいと申すならなんとか手を打とう。しかし、どうか、我らの世界を救っては下さらぬか……。この通りじゃ」

 王はそう言って、頭を深々と下げた。それは異例の事だった。頭を下げた王を見た瞬間、人々もまた一緒に頭を下げた。下げられた彼らは強くは言い返せなかった。


 そのまま、彼らには何も書かれていない黒いプレートのようなものを渡された。渡し終えると、なんとも言えない音が鳴り響いてプレートに文字が刻まれていく。その文字は不思議なことに日本語で書かれていた。彼は不思議な感覚に見舞われた。王の下まで来るとき、文字の一つもろくに読めなかった。独自の文化であることがそこからすぐに分かったが、このプレートだけは日本語で書かれている。

 彼もプレートに刻まれていく文字を読んでいく。

『ガンスリンガー 魔法適正E 魔法操作能力A 武器攻撃特性C ……』

 彼は、このなんとも言えない極端な数値にがっかりし、どうやら自分は『ガンスリンガー』という役職で特にそれ以上記述することがないことが分かった。

 すると、歓声が上がった。ヒデオのプレートだけ強い光を帯、その文字が虹色に書かれていく。

『勇者 全適正S』

 ただそれだけだった。全ての人が項目別に能力値が書かれているのに、英雄だけ、たった一言だけだった。

 取り巻きは全員歓声を上げ、それを目撃した王も貴族も兵士も全員歓声を上げる。


 取り巻き達も続々と能力が分かっていった。『僧侶』『魔法使い』『戦士』『剣士』『騎士』『ガーディアン』『弓使い』戦闘向けの役職持ちがいる一方で、『商人』『治癒師』『看護』『占い師』『料理人』と全く違う方向の人がいた。

 その能力を見て、安堵する人や、息巻く人もいたが、怖じ気付く人は誰もいなかった。

 彼は、自分の能力の詳細を見ていると、朝、ちょっかいをかけてきた勝城が絡みに来た。

「よう、基喜、お前何だった? 俺は『弓使い』だったぜ」

 彼は無視しようとしたが、どういうわけか全員の目がこっちを向く。仕方なく彼は答える。

「僕は『ガンスリンガー』でした」

「へ、なんだそりゃ。この世界に銃なんてないだろ」

「見た感じそうですね。さて、どういう意味を持つのやら」

「はは、意味なんてないだろ。見たまんまじゃねえか。つまりお前は無能って事だろ?」

 彼は何も言い返せなかった。そして、彼をかばう者もいなかった。むしろ、彼の役職を聞いてクスクスと笑う人もいた。彼と話す人ですらいつものように目を背ける。


 一通り役職確認が終えると、28人全員の役職などを全て台帳に登録された。そしてそこから選別がはじまり、戦闘系と補助系に分けられていき、彼は戦闘系に分けられた。そこからそれぞれに適した武器を分け与えられていく。弓矢に盾に剣に槍に杖に。RPGでよく見かけるような武器を与えられていくが、彼には何も与えられなかった。

「申し訳ありません。『ガンスリンガー』などという職業は初めて見る故、どういった武器種があうのかが分からないのです。ですので、こちらから手に合うものをお使い下さい」

 召使いの一人が彼に頭を下げる。彼は当たり障りのないことをいおうとしたが、

「はは、そんな奴に頭を下げるのは時間の無駄ですよ。無能なんだから」

「カツキ様……。失礼します」

 召使いはそそくさと去って行く。残された彼は置いておかれた武器の一つ一つに手をかけるがどれもしっくりこなかった。唯一くるとしたら、弓矢だったがそれでもしっくりくるとは言えなかった。むしろ魔法関係の武具の方が使える気がしたが、スペックからして何も使えなかった。ただ、唯一身体強化は行えた。それは、魔力操作を行えるが故に自身の肉体を魔力によって強化できる。たったそれだけ。


 それからというものの、誰も帰りたいとどういうわけか言わなくなった。というよりも、自分たちが召喚されたことは分かっていても、帰ると言うことを忘れている、と言うべきなのかもしれない。彼の次の違和感はそこだった。段々と全員の記憶から故郷が消えて言っている。まるでそこにいてそこで戦うことが当たり前、という風に。しかし、話題が持ち上がればまるで当たり前のように会話が弾んだ。もちろん、彼はその話題に入らないが。

 むしろ彼はこちらに来てから訓練よりはなおのこと読書に時間を割いていた。彼はそこからいろいろな情報を学び取ったが、どうにも情報に偏りがあることがすぐに分かった。まるで誰かに操作されているように。歴史も、哲学も、学問という学問の全てが変更され、改ざんされている。彼が持つ少ない地球の知識とヒンメルの知識を照らし合わせたとしても、明らかにおかしかった。物理法則自体は一切変化はない。魔法はその物理法則に詠唱によって例外状況を作り、そこから物理法則に反する行為を行う。魔法はその例外状況を作るという点で理解できるが、しかし、物理法則の方にかなり難があった。


 実験方法によって物理法則がいくらか理解されているが、その結果が意図的に改ざんされている。つまり、実験があって結果があるのではなく、結果通りに実験を行っている節がある。つまり、この世界の誰も真なる意味で理解している人はいない。物理法則と魔法による例外によっておざなりにされている、と彼は最初考えていたが、やはり、意図的に改ざんされている、と考えた方が妥当だった。

「おいおい、またお勉強かい? 雑魚のくせにそんなもんを持っても意味はないんだけどなー。戦闘の役に立つのかい?」

勝城がまた突っかかる。

「さあ、役に立つかは知りませんが、ないよりはましでしょう。いくらかこちらの世界と地球との齟齬を見つけることも出来ましたから。いつか帰るときの役に立つと思いますよ」

「帰る? どこに? 地球? お前は何を言っているんだ?」

 いくら彼でもこの返しにかなりきょとんとしてしまった。彼がこの違和感に突き当たったのはこれまで幾度となくあった。しかし、この決定的な出来事のあとにこの世界に順応した、と言うだけでは説明できなくなった。


 日に日に故郷の話はなくなっていき、誰もがその話をしなくなった。誰かが記憶の中にあることを信じて、彼の方から話を振っていったが、とうとう気が触れた人となってしまった。彼は自分の正気を訴えるが誰も受け付けてくれなかった。

 彼はかなりの時間この問題を考察することにした。資料の何処を探っても召喚された過去の英雄達について出てこなかった。正確にははじめて召喚された英雄達が為した出来事を知る事は出来るが、その後の英雄達が何を為したのかはこれもやはり隠匿されていた。問題はそれだけではない。さっきから何度も語る記憶の欠落に関係して、28人全員が一瞬にして教室から消えた。その出来事は大事件になるだろう、と勝手に思い込んでいたが、それも怪しく思えて仕方がない。彼は嫌な予感を募らせていった。もし、この考察が正しければ、そこに存在した事実を無くしてしまっているのではないか、と言うことである。初代を除いた過去の英雄達の伝承が一切ないのは、存在した、という確信は初代から得られるが、しかし、それを記録した媒体の全てが抹消され、記憶改ざんの魔法を使って、そもそも存在していない、という改ざんを行ったのではないか、というものだ。


 記憶の欠落はその影響ではないだろうか、という仮説を立てたが、しかし、それを証明することは出来なかった。しかし、不思議なことに、彼だけはその影響を受け付けなかった。彼は記憶を相も変わらず保持し続けているし、何なら声に出して語ることも出来る。だから、彼の目的は変わらず帰ること、この一点につきた。世界などどうでも良かった。ただ、帰りたい、と言う一心で訓練に励んだが、やはり、手になじむことなく、ある日、実地訓練をかねて王国が所有するダンジョンに潜ることとなった。

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