名もなき二人の無双撃 02
「ここが、今住んでいる家です」
アパートの一室。お世辞にも広いとは言えないが、一人で暮らすのには少しばかり大きい。もともともう一人いたのだろう。その痕跡が散見される。しかし、それでいて整頓されている。
ちなみにだが、彼が撃った人たちはそのままにしていた。彼はあえてそうした。隠そうと思えばすぐに隠せたが、発見させることが重要だった。
「えっとー、そこまで広くないですが、こちらのお部屋をお使い下さい」
案内された部屋はおそらく客間だったところだろう。だった、というのはつい最近まで誰かが住んでいたのだろう。そんな匂いがした。
「さて、ごめん、話聞く前に少しね……」
彼は部屋に案内されるなり、まるで気絶するかのように眠りについた。残された彼女も眠りにつこうとするが、彼をベッドの上に寝かしつけ、
「すまんの。わしもこやつも疲れていてな。まずは、一眠りしてから行動するのじゃろう。なあに、今日は満月。すぐに戻ってくる。ちょっとばっかし、眠るだけだ、か、ら……」
彼女は薄れ行く意識の中、彼が寝ている隣に潜り込んで、くっつくように眠った。残されたアリアはまた、きょとんとしたが、それでも、なぜか安心感がアリアを包んだ。
十数時間後、彼らは何の前触れもなく目を覚ました。ダメダメな顔を見せながら彼らは起き上がった。
「うーん、おはようお前様……。よく眠れた?」
「まあまあだな。そっちは? 傷の方は良くなったか?」
「わしを誰と心得ておる? そう言うお前様こそどうなのじゃ? かなり痛んであったようじゃが」
「こっちも、君のおかげでかなりマシになったよ」
「そうか、それはよかった。お前様に死なれては、困るからの。まあ、死ぬことはないけれど、長い眠りにつくことになるじゃろうから」
彼らはベッドから起き上がって、あらためて辺りを見回した。十数時間前は、意識も朦朧としており、何をしていたのかすらあやふやだった。だから、相手に何か失礼なことを言っていないか、それが心配だったが、彼女の方はしっかりと覚えていたおかげでさして問題ではなかった。
部屋の外に出ると食事が用意されていた。スープにパンに幾らかのお酒。彼は、お酒は飲めない、と丁重にお断りした。食事にありついてから、食べ終わった頃には時計の針は9時を指している。蝋燭であたりが照らされているがそれでも暗い。他にも何本か置いてあったが、使われていなかった。あえて灯りを落としていることが伺い知れた。
「アリアさん、すみません。食事ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。久しぶりに人に作ったので、緊張しましたが、美味しく食べていただきありがとうございます」
実のところを言うと、彼らは出された食事の味を理解することはできない。彼らの舌がそれを拒む。
「さて、少し早いけど、本題に入ろうか。君は、どうして、あの時、あそこで巨漢に襲われていたのだい? 聞くところによれば、この辺りの憲兵は買収されているからね。だから憲兵に頼らなかったのだろうね。でも、おかしい点は多くある。朝早いといえども人がいないわけじゃない。大通りに何故出なかったのか。そもそも朝の、あれ? 何時だっけ。4時くらいだっけ? に逃げ回っていたのかな?」
それを隣で聞く彼女はニヤニヤと笑っている。アリアは俯いたまま何も答えない。決意がまだ固まっていないのだろう。どのような理由であれ、人の手を煩わせるようなことではない、そう思っているからだ。
「アリアさん。僕らはね、理由もなく暴力を振るうことはしない。ただ、君の問題を力づくで解決するのもそれは筋違いだ。一宿一飯の恩から力を貸すことはしても、解決はしないかもしれない。でも、それは事と次第だ。確かに助けると言った。それは、嘘じゃないよ。さて、まあ、大体の予想はついてるからね」
彼は、アリアをまっすぐ見る。彼女はそれをあきれ顔で見るが、大事なことだと理解しているから止めなかった。
「私は……、あなた方を巻き込む筋合いはありません……」
アリアは悲しみのこもった声でようやく答える。
「でも、話すことで助けて下さるなら……。あまり面白い話ではありません」
アリアはゆっくりと話し始めた。蝋燭の火が徐々に小さくなっていく。小一時間ほど話したのだろう。相槌を打ちながら、所々つまってしまったが、大方の話を聞くことが出来た。
アリアは元々王都に住んでいた。王都というのは、彼らが今いるバートランド公国の王都モナトという。そこで、家族と一緒に生活していた。しかし、三年前に起こった魔族との大規模戦闘の際、息子と夫をなくし、未亡人となった。王都にいることも難しくなり、この田舎町に帰ってきたそうだ。天涯孤独だったアリアはなんとか職にありつくことが出来たが、あまりにもひどい労働環境から体を壊しがちになった。そこで、ある人が助けてくれたそうだ。名をバルトフェルトというらしい。バルトフェルトは未亡人のアリアの面倒をよく見たらしい。1年ほど前から同棲も始めていた。
しかし、そのバルトフェルトの様子が明らかにおかしくなっていったらしい。半年ほど前から酒浸りになり始め、とうとう、二ヶ月前に失踪した。時を同じくして、バルトフェルトの知り合いと名乗る人たちに接触を試みられ、日に日にそれは増していき、ようやく事の重大さを理解したのが、ほんの数週間前だそうだ。じつは、バルトフェルトもその大戦の生き残りだったのだが、帰還した後、借金を多く抱えてしまった。武功を重ねたが、それは誰にも顧みられることなく、ただ、傷ついた体を癒やすために金がかかって言っていたらしい。
バルトフェルトが借金まみれであったことを知ったアリアはほとんどその場の勢いに任せて返済を確約してしまったが、この高利貸しが、正規ではなく、いわゆるマフィアだった。一日あたりの利子があまりに高く、アリアが背負ったときには到底支払うことの出来ない額になっていた。そして、いつしか返済能力がなくなり、そして、取り立て人に追われるような生活を余儀なくされた。
彼はその話を聞いて、ありきたりで面白味がないと感じた。しかし、人の人生に面白味を求めるのは第三者の楽観でしかない。悲劇にしては三流ではあるが、それでも、笑い飛ばすことも出来ない。
アリアが語り終えたとき、彼女はつまらなそうにしていたが、ある目的があったからそれ以上触れなかった。
「なるほどね。弱みにつけ込まれたのか。良いでしょう。それだけで十分だ。君がこれ以上傷つく必要はないよ。さて、どうしようか。君はどうしたい?」
彼は、笑顔でアリアの顔を覗き込む。真っ白な顔に覗き込まれたアリアは少しばかりぎょっとするが、真っ赤な瞳の奥にある何か得体の知れない力に目が離れなくなっていた。
「私は……。人生をやり直したい……。幸せな家庭はもう持てないけど、それでも、息子と夫の分まで生きたいから」
彼はこの言葉を聞いて立ち上がった。すると彼女もそれにつられて立ち上がった。
「アリアさん。僕らがここに来たのには訳があるんです。一つはついこないだ大きな戦闘をして体が傷ついたのでその療養に。そして、もう一つはそのマフィアの支部の壊滅。僕らはね、そのマフィアを壊滅させるために来ました。だから、初めからそれが目的だったから特にどんな理由でもあなたの望みを叶えるつもりでした。まあ、もう安心して下さい。もう、これ以上、あなたは不幸にならない。僕らが目下の問題を解決いたします」
そう言って彼らは窓に近づいて、カーテンを開ける。蝋燭に照らされた部屋はそこに新たに月の光が付け足される。今日は満月。あまりにも明るい。まん丸とした満月が彼らを照らす。逆光になって彼らを見ることは出来ないがそれでも、相も変わらず真っ黒な服はどこか月とマッチしている。
「それではアリアさん。これは今生の別れになるでしょう。あなたと出会えて良かった。この恩は忘れません。では、失礼します」
「うむ、寝させてもらって感謝する。全て解決してくるからの。お主は、気楽にしとくのじゃ」
たった、それだけを言って彼らは窓の外に飛び出て、月明かりの下、どこかへ消えていった。
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