ガンスリンガー吸血鬼の無双撃

初瀬みちる

前章01 名もなき二人の無双撃

 女は男たちから逃げていた。理由は明白だったが、それでも、ここまでのことをされる筋合いはなかった。女は捕まれば自分の貞操すら危ういとすぐに直感し男たちから逃げ続けていた。

 少し栄えた田舎町の路地は薄暗く、ジメジメしている。そこの中をジグザグと右へ左へと逃げていくうちに、だんだんと追い詰められていく。女がそれを自覚したときには、すでに遅かった。

 袋のネズミ、という表現がぴったりと当てはまり、目の前に立ちはだかる壁に足を止める以外に方法がなかった。引き返せば、男たちに捕まるが、このままここにいても捕まるのは時間の問題だった。どうしようかと、考えあぐねているうちに、男たちは女を見つけて、じりじりと近づいてくる。女は力一杯叫んだ。


「来ないで下さい! 誰か! 助けて!!」

 しかし、その声は空しく反響するばかりで、誰も来る気配はない。

「お嬢ちゃん、誰も来ねえよ。俺たちにたてつけばどうなるかくらい、ここの連中が分からんでもないだろうよ。なあに、ちょっとばっかし体を使って金を返してくれればそれで良いんだよ」

 リーダー格の大男が女に近づく。一歩、また一歩とゆっくりと、そして確実に。女はそれに連れて、後ろへ後ろへと下がるが、とうとう壁に背中を預けるという形で追い詰められてしまった。

「ほら、大人しくしろ!」

 大男は女の手をつかんで、思いっきり引っ張る。女はその痛みと恐怖から涙ぐみ、膝が折れてしまう。

「おら、立てよ!」

 大男はなかなか言うことを聞かない女にしびれを切らして、拳を握る。女は殴られることを覚悟して、顔を背ける。


 大男はその拳を女めがけて振るおうとしたとき、声がどこからか聞こえた。

「おい、そこら辺にしてくれないかな? 日中は眠たくて仕方ないんだ」

 大男はあたりを見回した。周りは建物に囲まれており、どの窓にも人はいない。それでも確実に、近くから男の声が聞こえた。

「何処にいる、出てこい! 俺様にたてついたこと、どうなるか教えてやる!」

 大男は、取り巻きを呼び立て、あたりを警戒するが、声の主は何処にもいない。

「俺は、ここだ!」


 声の主は女が登ることができないと諦めていた壁の上に立っていた。その壁はどうしようとも登れない。空を飛ぶか、異常なジャンプ力を持たない限り。しかし、事実として彼はそこに立っていた。大男たちは、彼の姿を、いや、彼とその隣にいるあまりにも美しい彼女の姿を見て、神々しさを覚えたが、すぐにそれは恐怖へと色を変えていく。

 大男は、女を連れ、部下を前線に押し出した。各々が剣を構え、戦闘の態勢をとる。彼は彼女を抱きかかえて、地面に降りる。そして、彼らに言い放った。

「死にたくなければ剣を退け。行きたければ今すぐここから逃げろ。こっちは眠たいんだ。手加減はしないぞ」

 黒マントを羽織り、黒に合わないほどの白い肌。一方、彼に抱きかかえられている彼女もまた、あまりにも白い肌と、どこか気品すらも感じる清楚な服装。身長が高いわけではない。見た感じ、彼とほとんど変わらない。彼の身長も平均ほどだろう。そうなると、彼女は大きい方なのかもしれない。


 彼が男共にそう忠告するが、威勢のいい男共は耳を貸す気はなかった。

「かっこつけてんじゃねえぞ! やっちまえ、相手は野郎だけだ!」

 大男は部下に攻撃するよう命じた。男達は剣を振り回しながら一斉に飛びかかってくるが、彼は彼女を抱きかかえたまま、まるで子供と遊ぶかのように全てをよけていく。10人という敵を前にしても、彼は表情一つ変えることなく、なんなら、彼女との小粋な会話を楽しんでいる。まるでただ、道を歩いているだけのように。

「女を抱えた野郎相手に何手間取ってんだ! さっさとやっちまえ!」

 男達がまた一斉に飛びかかった。それをあきれたように見ていた彼は、大きくジャンプをして、空中に立った。

「お前様、時間の無駄じゃ。早く終わらせて眠ろう」

「そうだな。まあ、寝床は見つけなくちゃならないけどな」

 彼は彼女を見つめたまま、腰から銃を一丁取り出した。M1911のようではあるが、それは少しばかり異なっていた。彼は照準を定めて、一人一人撃ち抜いていく。しっかりと、死なないところを、確実に撃ち抜いていく。男達はその恐怖のあまり「卑怯」やら「ふざけるな」と、口々に叫ぶが、すぐに撃ち抜かれていく。そして、大男だけが残された。


 彼は地面にまた足を付け、あっけにとられている大男へと銃を向けた。

「で、もう終わりなんだけど、まだやる? あんただけを撃ち抜く自信があるけど……。それとも、そこの女性を離してくれるかい?」

 大男はナイフを彼女の首に当てる。

「へ、はったりはきかねえぜ。撃てるものなら撃ってみろよ。俺を殺してみろ、組織は黙っちゃいねえ、必ず見つけてお前を殺すからな!」

「はあ、そうか、分かった。じゃあ、死ね」

 彼は、躊躇することなく、大男の頭をきれいに撃ち抜く。ゆっくりと女から手が剥がれ落ち、その場に倒れた。女は大男の血を少しばかり浴びたが、怪我はなかった。

「で、お前様、どうしてこの女を助けたのじゃ?」

 彼女は彼に少しばかり不機嫌そうな顔を向ける。彼は、そのまっすぐとした瞳に見つめられるといつも目をそらしたくなる。不機嫌だが、彼女はまっすぐ彼を見つめる。彼はいつもその目を見たとき、見透かされている、そう感じてしまう。いや、実際に見透かされている。彼女は彼の全てを知っている。それは、文字通り全て知っている。

「うーん、寝ている最中に邪魔されたから、と言うのもあるけど、ほら、困っている人を見捨てることは出来ないじゃん」

 彼女はもじもじして彼の腕から飛び出た。

「はあ、お前様はあれだけのことをされておきながらそれでも人を助けようなんて、どれだけいい人になろうとしておるのじゃ。時間の無駄だと思わないのか?」

「いや、全然、全く。まあ、これからふっかけるから。宿代がケチれそうだし」

「ああ、なるほど」


 彼はゆっくりと女に近づいていく。そして、片膝をついて女を見る。

「大丈夫かい? まあ、こんなことになったから色々と話を聞かせてもらうけどいいかな?」

 彼女はその姿を見て、またぶすーっとしていたが、おいしそうなのを見つけてそれに近づく。

「おお、お前様ー、これおいしそうじゃぞ!」

 彼女は足を撃たれてもだえ苦しむ若い男の首をつかんで、血の臭いを嗅ぐ。

「おいおい、さっき食べたばっかじゃん。食べ過ぎ」

 彼は彼女のもとに駆け寄って、首根っこをつかむ。

「うー、痛いのじゃー」

「痛くしてるの。あと、人前でそういうことするな」

 彼女はまたブスくれる。彼はそれをやってしまった、と思ってしまったが、それでも、人前で自分たちの体質を見せるのは避けたい。


 女はそのやりとりを見て、クスクスと笑う。彼はそれをバチが悪いような態度をとるが、すぐに襟を正して、

「君にききたいんだけど、こいつら、どうしたい? 一つは殺す、まあ、それだと、僕らは去らなくちゃならないんだけど、一番のおすすめは僕らに宿を提供して、それでいて、君の問題を解決する。それが一番だな。まあ、つまり、僕らは今凄く眠たい。だから、寝床を提供してもらっても良いですか?」

 女はきょとんとしていた。言われたことの意味が分かっていなかったのかもしれない。

「お前様、さすがに直球過ぎじゃ。もう少し外堀を埋めていくべきじゃ」

「うーん、そう言われてもなー、そういうのは得意じゃないし、面倒だし、あと眠いし」

 また、女を置いてきぼりにしそうなところを彼はすぐにまた女と向き合う。

「ええと、何がどういうわけか分からないですが、私如きでよろしいのでしたら遠慮なくお代はいりません」

 女は笑顔で彼らを受け入れた。でも、一番の目的はすぐに分かる。

「あなたが言うように、私の問題を解決して下さるのですか?」


 彼は笑顔で頷く。

「ええ、もちろん。僕の名前は、そうだね、ユートリヒでいいよ。そこのきれいな女性は……、なんて名前が良い?」

「そうじゃのー、マリアで!」

「じゃあ、彼女はマリア。よろしく。君の名前は?」

「わ、私はアリア・ビスマルクです。よろしくお願いします。ユートリヒさん、マリアさん」

 彼らが横に並ぶ姿があまりにも絵になっていた。


 黒のマントに黒髪。そこからのぞくあまりにも白い肌は死んでいるようにも見えてしまう。黒髪ではあるが、黒の帽子を被っている。真っ黒の中にある白。一方彼女は綺麗な金髪にあまりにも白い肌。華やかな黒のドレスと、綺麗なスタイルがマッチして、あまりにも美しいが、どこか恐ろしささえ感じる。その姿に見惚れて手を出そうとする人たちがいるが痛い目を見続けている。主に、彼が手を出している。彼と彼女の関係はまるで、女王と執事。でも、それ以上の関係にも見える。さて、全てを語るとしよう。まあ、その前にこの二人の前章を、まあ、時間軸的には彼と彼女が出逢って、とある目的のために旅をしている最中の出来事から語るとしよう。それが、もっとも、彼らの力の片鱗が分かるだろうから……。

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