#01 女兵士

 とある日の訓練。私――たちばなユイカは今日もトリガーを引く。

 隣で銃声を響かせる石神いしがみエリナが話しかけてくる。


「ユイカってさ、かわいいよね」

「はあ?」


 突然ふっかけられた言葉に戸惑いを隠せなかった。


「普通に高校生やってたら、男子にモテモテだと思うよ?」

「……ありがと」


 あとさ、と付け加えるエリナ。


「ユイカさ、見た目と中身のギャップがすごいんよ」

「急に何さ」

「だって顔は目クリクリでかわいいじゃん?雰囲気もめっちゃかわいい感じなのに喋ったらハスキーボイスだし、サバサバしててかっこいいし……」

「エリナ、今は訓練」

「はーい」


 辺りでは絶え間なく銃声が鳴り響いている。砂塵さじんが舞う。


「普通に高校生をやっていたら、か」


 そうか。私は普通なら高校生だったんだ。

 この世界でライフルを握ってばかりで気づかなかったけど、そうだよね。

 普通に高校に行って、授業を受けて、友達と遊びに行ったりして。

 それが「普通」だった。

 そんな「普通」が変わってしまったのは、私が生まれる10年も前のこと。世界では各地で紛争が絶えなかった。昔は日本と呼ばれていたこの地でも同様だった。

 毎日どこかで誰かが何かのために争っていた。らしい。

 だらだらとその戦いは続いて、終わりが見えないまま今に至る。


 心の底から、ため息が出る。


 それは、自分が「普通」の生活をできていないからではない。

 現状を変えようとしなかった大人たちに、だ。

 もとより何も普通ではなかった。あの親のもとに生まれてきたのが間違いだった。


 私はふと、あの日のことを思い出した。


 *


「勝手に外に出るなって、何回言ったらわかるんだよ!!」

「ごめんなさい……」


 私の家は紛争の中でとても貧しい暮らしを強いられていた。

 当然そんな中でできる仕事なんてたかが知れている。


「クソッ、貯金もあと少ししかない……」

「あんた、また酒飲んでたわよね?」

「仕方ないだろ、こっちだって疲れてんだよ!」

「私だってこの小娘に手をやいてるんだよ、わかるだろ!」


 毎日こんな喧嘩ばっかりだった。そして決まっていつも私に手をあげる。


「ったく、あんたさえ産まなければ……」

「……」


 その言葉を何度聞かされてきただろうか。もう何の感情も湧いてこない。


 そして、ある日。ついに家の家計が崩壊寸前まで追い込まれた時、私の母は信じられないことを言い出した。


「三人で、終わりにしよう。死のう」


 父もすっかり心身ともに憔悴しきっていて、何の言葉も返さなかった。

 当時10歳だった私にも、しっかりと「死」の恐怖を感じていた。


 ――これから三人で死ぬの?


 今までが悪夢だったせいで、感覚が麻痺していた。その言葉を受け入れようとしていた自分がいた。

 でもよく考えたら恐ろしいことだった。まだ死にたくない。

 そう思った私は両親のそばから離れた。

 すると母は鬼のような形相で怒鳴った。


「こっちに来い!この死に損ないが!!」


 今までで一番叫んでいたと思う。母は私の腕を無理やり掴んで引っ張る。

 母が指示すると、父はキッチンから包丁を持ってきた。


「これで首を切って死ぬ。いいわね」


 嫌だ。死にたくない。

 生きたい。


 私が初めて、自分の意思を持った瞬間だった。

 私が叫ぶのと同時に、インターフォンが鳴った。


「何よ……」


 母が玄関を開けると、そこには一人の男が立っていた。


「極東支部管理局の石神です。戸別訪問に参りました――」


 母は男を言葉を聞くなり、私と父のもとへ駆け寄ってきた。そして血眼になって包丁を手に取る。

 男がリビングに上がった瞬間、母は男に向かって包丁を投げた。しかし男はそれを回避。母は私を蹴っ飛ばして父とベランダのほうに向かう。


「待ちなさい!!」


 男はベランダに駆けるが、もうそのときには両親はベランダから飛び降りていた。4階。即死だった。


「こんな小さい子を残して……一体何を」


 男は涙ぐみながらそう言って私を抱き寄せた。

 自然と私も泣いていた。


 その後、私は石神と名乗るその男の家に引き取られることになった。

 そこで出会ったのが、同い年のエリナだった。


 それからの生活はまるで世界が変わったようだった。

 石神家は私を大事に育ててくれた。

 エリナは知らない言葉をたくさん知っていた。勉強をしていたからだ。

 私はまともな勉学をしてこなかった。だからわかる言葉がとても少なかった。


 そうして7年の時が過ぎて、今に至る。


 ついぼーっとしていた私の目を覚めさせたのは、一通の無線だった。


『全生徒に連絡。北側エリアC、南側より攻撃を受けている。至急応援を!!繰り返す――」


 始まってしまった。

 今まで何の動きも見せなかった南側が、ついに息を吹き替えしたみたいだ。

 しかしそれは、同時に極東地域をさらに地獄へと導くことになる。

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