第二話 松平学園


事件は、

日本人なら誰もが知る超名門学校、

松平学園で発生した。


創立以来、150年の伝統を誇る松平学園。


ここには、幼稚舎、小学校、中学校、高校が

併設されてあり、

一学年の生徒数は約100人となっている。



入試偏差値は日本屈指のレベルだ。


生徒達は、将来、

日本を担う人材になるため、

日夜、勉学、武道、スポーツに励んでいる。


基本的に、幼稚舎からスタートするエスカレーター式の教育システムが取られているが、

外部から優秀な生徒を入れるため、

少数ながらも小学校受験、中学受験、高校受験で

外への門戸も開いている。



高校の上には、

松平学園大学、松平学園大学院があり、

これらの生徒数は桁違いで、三万人を超える。



さらには独自の研究施設や病院も多数存在しており、

そこで働く人数を数えると

10万では収まらないと言われるほど規模は大きい。



ちなみに松平学園の敷地は、

慶応七年の教育改革時に旧会津松平家の江戸屋敷の跡地が移譲されたもので、

都内一等地にある旧会津キャンパスの広さは、

他の一流国立大学の敷地面積を抜いて

断トツの一位となっている。



さて話を戻そう。



事件が起きる2時間ほど前の

午前8時10分頃のこと。


この日、同学園では、幼稚舎、小学校、中学校、

高校の合同入学式が

開かれる予定となっていた。


校門は、

創設者である松平容保公の巨大な銅像に見守られながら、

新入生、保護者、在校生、

政界・財界のOB、OGと、

数多くの人で溢れていた。



校門から校舎へと続く歩道脇には、

開学時に植えられた桜並木が

200メートルほど続いている。


入学式の時期に舞い散る桜吹雪は、圧巻の一言だ。


その日は暖かな春の陽気があたりを優しく包み込んでいて、新入生も保護者も皆、笑顔であった。


当然である。


この学園に入ることは

将来を約束されたも同然なのだから。


彼らはこれから始まる新たな学園生活への期待で

胸がいっぱいだったであろう。


だが運命は容赦がない。

ついにその時はやってきてしまう。



午前9時に開始された入学式は、

キャパシティ3万人を誇る容保講堂で

予定通り行われ、

9時45分につつがなく終了した。


そう、この時までは、例年と同じ、

晴れやかな入学式であり、

何も起きてはいなかった。


たが、事件はついに起きた。



事件発生時刻、

現場にいた中学の新入生保護者、

山田貴子さん(仮名)はその時の様子をこう語ってくれた。



「入学式が終わって、

生徒さん達がオリエンテーションを受けている時間でした。


その時間、私達保護者は、幼稚舎、小学校、中学校、高校と、

それぞれの講堂で先生方の説明会を聞いていました。


私は息子が中学に入学したので、

第三講堂に案内されました。


ただ、これだけの人数が入れる講堂が幾つもある

松平学園の大きさに驚くばかりでした。


あと息子にも

『この学校で何とか頑張ってほしいな』

なんて思ってました。


オリエンテーションはどんな話でしたかですって?


主に入学後の心構えをおっしゃっていましたね。


『松平学園の伝統と実績。

大日本を担う気概と誇りを持ってほしい。

キミたちはサムライの末裔である』


やっぱり『士族』の方ってすごいですよね。


覚悟が違うというか命懸けというか。


ウットリしちゃいました。


えっと、ごめんなさい。


話がそれちゃいましたね。


オリエンテーションがはじまって

30分くらいたった頃でしょうか。


突然、外からガラスを爪で引き裂くような

甲高い音が聞こえてきたんです。


最初は何の音か分かりませんでした。


でも、

しばらくすると近くで誰かが『うわーっ』みたいな叫んでる声が聞こえて。


それで周りのみなさんがざわざわしはじめて。


私、その時、入口から近い席に座っていたんです。


不安だったのですが、

気になって外の様子を見ることにしました。


辺りを見回すと、

講堂の入口から20メートルほど離れた先に

誰かがいました。


よく見るとそれは女性でした。


ただ、その女性、頭をうなだれ声も立てず震えてたんです。


病気で倒れたのかしら?


はやく助けなきゃ!


そう思った私は急いで近づきました。


『どうしましたか?大丈夫ですか?』


声をかけましたが、

女性は震えるばかりで何も答えてくれません。


ふと見た胸元に名札をつけてらっしゃったので、

その時になって学園の先生だと分かりました。


でもそのあとです。


私が驚いたのは。


なんと先生の手と頭は血で染まっていたのです。


私、震えちゃって。


『は、はや、はやく救急車、呼ばなきゃ』


こんな感じで叫ぶしかなくて。


でも先生は恐怖にひきつった顔で

必死に声を抑えながら訴えてきたんです。


『今出たら危ないです! 彼らに殺されます』


私はこの時になって、

何かとんでもない事が起きた、

と分かったものの、

恐怖で震えるしかありませんでした」



また同時刻、校庭にいた生徒会役員、

高校3年生の井伊静雄君(仮名)はこう語ってくれた。



「入学式で使った備品を片付けようと、

校庭へ向かっている時でした。


誰かが屋上で騒いでいるのが聞こえたんです。


見上げると生徒らしき二人が何やら叫んでいました。


『立ち入り禁止の屋上で叫ぶなんて松平学園の生徒にあるまじき行為』


僕はそう思いながら憤慨し、

屋上へ登ろうと思ったのです。


その矢先でした。


彼ら二人はさらなる絶叫のあと、

屋上から何かを放り投げたんです。


ドカッという落下音を聞き、

決して軽くはないものを落としたのだと分かりました。


『あんな高い所からモノを落とすなんて!! 誰か怪我でもしたらどうするんだ!』


この時、事態を何もわかってなかった僕は、

生徒会でこの問題を取り上げ、

『懲罰会議を開かなければ』

なんてノンキな事を考えていました。


でもその落下物を見た時、僕は凍り付きました。


そう。それはモノではなく人でした。


それも元、人であったものであり、

血まみれの『生首』だったのです」



また井伊君(仮名)の記憶によると、

屋上にいる男子二人は、

飢えた野犬のような声で、このように叫んでいたという。



「くたばれ士族ども!これは復讐だ!」


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