くたばれ士族ども!

ヨシダケイ

第一話 大日本連邦国


これは私が「大日本連邦国」で見てきた真実の話である。


信じるか信じないかは読者諸兄姉にお任せしたい。


零和元年(2019年)4月8日午前7時半。


それは、いつもの平和な大日本連邦の朝だった。


どこにでもある平凡な朝。


尾張のサラリーマンは通勤ラッシュにもまれ、


「昼の商談が上手くいくかどうか?」


で頭がいっぱいだったかもしれない。


播磨のコンビニ店員は、


人気商品のタピオカアイスが何らかの手違いで入荷出来ず、


搬入元に立腹していたかもしれない。


東北のある街では、


定年退職した山田さんが犬の散歩に出かけ、


九州のある村では、

農家の横峯さんがコンバインの修理会社に問い合わせをする。


そして関東州大江戸のある街では、

二人の男子高校生が、

前日昼からぶっ通しで16時間、

カラオケボックスで歌っていた。


しかもこの時、

ある曲が50回連続で歌われていたという。


同じ曲を50回連続で歌うという行為は、

異常に感じてしまうかもしれないが、

それはある意味で正解だったといえよう。


なぜなら彼らはその時、

「正常な判断力」

を持ち合わせていなかったのだから。


ちなみに彼らが歌っていた唄とは


「御刀主(ごとうしゅ)様。我が身を捧げます」。


歌い手は「木の葉さくや」という

現在売れっ子のアイドル声優だ。


彼女の胸元と太ももを際どく露出させた

花魁風のファッションは男性ファンを魅了してやまない。


さらに彼女の低身長、巨乳、童顔といった、

もって生まれた資質は、


お世辞にも上手いとはいえない


「御刀主様(ごとうしゅ)様。我が身を捧げます」


のダウンロード売上及び動画再生回数を、


1000万回超えにさせた納得の材料といえるであろう。


また、この日、彼らが歌った156曲のすべてが「木の葉さくや」の唄だったことを考えてみても、二人がいかに熱狂的、狂信的なファンだったかがうかがえる。


なお、私がカラオケの女性店員に

二人について尋ねたところ、

困惑しながらも、こう答えてくれた。



「冴えない男子高校生二人でした。

目も合わせられず、話し方もボソボソと自信なさそうで。

それなのに部屋に入った途端、ビックリするようなハイテンションになって。

唄が外まで聴こえてきたから、私、最初はドラックでもやっているのかとビックリしちゃいました。

でも、流れてくる曲が声優ソングだったのが分かり、ああ『オタクナード』なのね、って納得しました。

ホント、キモかったのだけは覚えてます。

ただ、あの二人がまさかあんな事件を起こすなんて・・・・・・」



質問に答えてくれた女性店員に感謝しつつも、

思春期の男子高校生が、

若い女性店員に容赦なく

『オタクナード』と断じられるのは、

何とも可哀そうであった。



だが、考えてみると二人の熱唱は、

それまでの忌まわしき学園生活とオサラバする

通過儀礼だったのかもしれない。



そしてこの二人が、その数時間後、

あの「おぞましい事件」を起こすことになるとは、この時の店員はおろか、

誰にも予想できなかったのである。



事件が発生した

午前10時30分から午前11時30分の時間帯。



私はといえば、

伊達美術館で開催された「葵と刀」の展覧会を

見学している最中であった。



古今、ありとあらゆる「刀」が公開されたこの展覧会。


日本人にとって「刀とは何か?」を再認識させてくれる良い機会とな?展覧会であった。


徳川幕府時代、

武士は己の魂と同等に「刀」を大切にしてきた。


それは大政奉還以降も変わることなく、

武士は「士族」という新たな身分となっても、「刀」を大切にし、

今に続く「大日本連邦国」をリードしてきたのである。



「平民」にも帯刀が許されるようになり100年以上が経過した。


しかし「刀」は美術品であると同時に武具としても現役で、なおかつ世界中から投機の対象とされており、大日本連邦国内だけでも、「刀」の経済規模は約5兆円。


日本の基幹産業の一つといえる「刀」は、

マネーだけでなく、

時に世界の政治や外交を動かすことさえあるのだ。


世界に誇るべき「刀」。



男子高校生二人を魅了して止まない

「木の葉さくや」のように、


我々日本人もまた「刀」に魅了されて止まないのである。


零和の現代、

多くの日本人が、その腰に大小二本を差しているのも、


我々がこの伝統を大切にしてきた証といえるであろう。



その日、展覧会を見終わり外に出ようとした時、

私は出口付近で声をかけられた。


話を聞いてみると、話しかけてきた人物は、刀剣の販促員であり、最近、入荷した「同田貫」販売営業をしていたのだった。


ちなみに「同田貫」は現在、大日本刀剣協会が、

イチオシしている「刀」の一つである。



販促員は、私をブースに連れてきて、おもむろにケースを取り出すと、大切に保管されている「同田貫」を見せてくれた。


大日本刀剣協会が今年一番売り込んでいるだけあって、刀身、反りの美しさは、他を圧倒していた。



私はその美しさから「同田貫」を購入したくなった。


だが値段を聞いて愕然とした。


何と税抜きで8000万円。


高級車数台は買える値段である。


とてもではないが私が捻出できる金額ではなかった。


私は、泣く泣く諦めて、家に帰るしかなかった。


「同田貫」の美しさを思い出しては、


「何とか買う手段はなかったものか」


と後ろ髪をひかれながらの帰路。


それは地下鉄で移動中のことだった。


私が、いつものように、

ビジネスで活用しているSNS「チクッター」

を更新しようとしたところ、

タイムラインが異常なほど荒れていることに気づいた。


「何事か?」


と不思議に思いながらも、タイムラインでは、


「おいおい超名門校だろ?どうすんの?」


「マジ怖い」


「ウチの子、松平学園の生徒。無事でいて!」


「オタクナードの暴走。オタクナード死ね」


「犯人は平民だろ?やっぱ平民クソ」


「松平学園ざまぁ」


などなど、ありとあらゆるコメントが次々と流れてきたのである。



私の「チクッター」はあっという間に、それらの文字で埋め尽くされてしまった。


戸惑いつつも、

私は一つ一つ、

調べていくうちに、

ついに某大手新聞社のネット記事の見出しにたどりつくことができた。


そしてそこには衝撃的な見出しが記されていたのだ。



「松平学園で首斬り惨殺事件が発生。犯人は同学園の男子高校生二人」と・・・・・・。


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