大空へ見送るラストエンディング 4

 王子様は思いました。これからの時、少女を守るにはもっと力が必要だと。それと同時に、少女があまりに可憐で周囲の男を魅了するので、いつか自分は見捨てられるのではないかと。猜疑心と嫉妬、劣等感などの負の感情に、次第に王子様は心を支配されていきました。そしてついには、王子様はその負の感情を力に変えて戦うようになりました。圧倒的な力に魔物も、不当な輩たちも一瞬にして薙ぎ払われます。王子さまは優越感に浸っていました。しかし、少女はその姿をみて、以前の優しい王子様ではないことを感じ、そのことを言葉にしました。王子様はその言葉を聞いて、今の自分が少女にどう映っているのかを知り、ショックを受け、そして旧王都の城へ籠ってしまいました。少女はそんな王子様を助けたいと思い、仲間と共に、王子様を助けるために旧王都の城へと旅立つのでした。


  屋敷の3階。部屋は多くなく、恐らく最後の大物は一番奥にいるのだろう。少女の表情は固く、不安に満ちていた。


「どうしたの。トイレでも我慢してるの?」

「ち、違うよ! いろいろと思い出してきたんだよ」


 廊下沿いにある部屋を余すことなく入っていく少女。入っていく部屋には必ず、作者が書き残した物語の紙片が保管されている。


「こうやって、作者が書いた物語を集めていくとね。色々と思い出してくるんだ」

「記憶が戻るのは、君にとっては良いことなんじゃないの? 王子の裸の記憶とか」

「王子は私の前で脱ぐことはなかったよ。――王子はね。結構嫉妬が激しかったんだ。わたしは誰にも優しく親身に接しちゃうんだけど、それを王子は不安に感じてたんだ。いつか、王子を捨てて誰かのもとに行ってしまうんじゃないかって」

「なるほどね。でも、君はそんな尻軽じゃないって、王子は知ってるはずなのに?」

「そう、それこそが王子自身が感じていた、己の弱さだったんだ。だから、王子はそれを、負の感情を力に変える方法を身に着けたけど、それはとてもまずいやり方だったんだ」


 廊下沿いの最後の部屋を出て、廊下の先にある中央開きの大きめのドアを見る。少女の話しで、この先にいる存在は何なのか、大方予想は出来ていた。


「そして、王子はその力に溺れてしまったの」


 少女と私で扉を開く。そこは、書斎だった。大きな本棚、暖炉、大小のテーブルやいすがあり、一番奥が最も大きい机だ。そしてその人物はそこに座っていた。


「おぼれた結果、強大な力を手に入れたさ」


 少女の言葉に続けるように、王子は口を開いた。銀の甲冑に身を包み、椅子の背にもたれかかっている。その態度は、物語にあった王子とは思えない。


「俺は、何のためにこんな目にあって、最終的にはどうなるのか、そこが全くわけわからなくなってるんだ。俺はキャラクターだが、作者の魔力でこうやって動くことが出来るんだ。動くことが出来て、自分でも考えることが出来るようになったんだ。だから辛いんだ。怒りを抱えるんだ。今の自分にあるのは、少女を幸せにせず、あげく俺を辛く苦しい状況にしたまま、もうずいぶん長い間自分たちを放置していることだ」


 王子は椅子から立ちあがり、私たちの前に出てくる。その手にはすでに長剣が握られ、憎しみの力を解放している。


「ここまで来れたのはお前が初めてだ。だが、俺に殺され、お前の死体を以て、俺たちはこの屋敷の外に出ていく。作者に俺たちの恨みを晴らし、俺たちに仇名す存在はすべて薙ぎ払うのさ。俺たちの存在を、世界に知らしめるのさ。存在意義を探すのさ」

「暴力で存在意義を世界に広めるのは中々ハードなことするね。もっと穏便に済ます方法はあるんじゃない? そもそも、作者ってまだ生きてるのかもわからないんだし」

「もう穏便に済ませるほど心は穏やかになれない。それに、作者がもし生きていなかったら、俺たちを生んだことを後悔させてやる。作者が生きたこの世界を混沌に陥れてやる。この青空を暗闇と血に染め上げる。己が何を残したのかを、死んでもなお後悔させてやるのさ」

「凄まじい恨みだね。でも、空をそういう風にすると言われたら、それは聞き捨てならないね。空を穢すのなら、わたしがこの場で止める。ついでに、世界を混沌に陥れるのもやめさせる」


 王子が長剣を構え、私は箒を構えた。この屋敷での恐らくは最後の戦闘が、こうして始まる。 

 王子の周囲から魔方陣が出現し、闇と炎魔法の嘴の鋭い小鳥が複数体出現した。小鳥たちが飛来する。私は風と水魔法で防御した。

 どうやら、王子の使う魔法は闇魔法と他属性の複合系魔法だ。単純な魔法壁や属性防御魔法では容易に突破されてしまう。闇魔法との属性相性で言えば、光魔法しかない。私は防御を光魔法と魔法壁で固め、攻撃は複数の属性魔法で攻めていく。足元から頭上にかけて魔法が飛んできて私を襲撃してくる。しかも、それを動きを止めることなく行うために、王子の攻撃も油断せずに見なければいけない。

 私は雷、氷、光魔法を使い、剣や槍などの近接武器を氷魔法で形を作り、少し距離が出来たら雷魔法で牽制しつつ、光魔法で王子の闇魔法を払いながら攻撃を当てていく。しかし、どうも王子にはなにも効いていない様子だった。


「ねえ、王子ってこんな頑丈な人なの? 全然魔法が効いてない感じがするんだけど!」

「ちょ、ちょっとまってて、調べるから」


 少女の王子のことを聞いたが、少女も知らないらしい。調べが着くまでは堪えないといけない。今までのような攻守バランスの良い戦型から、専守の戦型を意識して、なるべく王子の間合いに入らないように戦い方を変えた。

 王子の剣術は一般的に普及している騎士剣術で、相手の命を奪うようなもの凶悪な剣劇ではない。だが、それを補うかのように、魔法が容赦なく私を襲い、動きを止めようと這い寄ってくる。こちらも氷魔法で王子の足元を凍らせたりと妨害しているが、闇魔法を流されて強引にはがされてしまう。王子の剣は憎しみによる力の増大で、いつまでも真正面から受けることも難しかった。少しの隙をつき、強剣撃を入れられた私は大きく後方へとのけ反った。その瞬間に、王子は無詠唱の大魔法を発動させた。闇魔法による悪魔の槍。防御魔法を無視する大魔法だ。それに対抗するのは真っ向からの力。私も、体勢を崩しながらも、無詠唱で大魔法を発動させた。


「死ね!」

「くっ。『オンスラウト・ゲイボルグ』」


 風で作った伝説の槍を激しい斬撃の強風と共に発射した。お互いの槍は衝突したが、打ち勝ったのは私の槍だった。王子の闇の槍を弾き飛ばし、そして王子の胸へ突き刺さる、はずだった。その風の槍の切っ先は、刺さる直前に刹那に出現した闇の障壁によって阻まれた。どうやら闇の防御魔法を瞬時に使えるらしい。


「ちっ。中々準備が良いじゃん」

「闇魔法の防御魔法。お前では突破は無理だ」


 王子が一気に間合いを詰め、剣閃を煌めかせる。魔法壁を最小限の大きさで、軌道をずらすように何とか攻撃を防ぐ。だが、これでは私の魔法はほぼ無意味であることが分かった。王子の魔法に打ち勝つには、何かしらの方法が必要だ。だが、それを突き止める余裕は私にはない。徐々に防戦が目立ち、そして再び王子の剣によって大きく後方へとはじき出された。壁にぶつかり、衝撃で床に尻を付ける。追い打ちをされないように何とか氷魔法と雷魔法を周囲にばらまくことしか、今は出来なかった。

その時、紙吹雪が王子の体を包む。即座に闇の炎で焼き払われる。


「もう、お願い。これ以上、辛くならなくていいの。だから――」


 少女の優しい声が響く。王子はその声に反応して少女の方をちらりと見た。


「今の王子はあの時の優しい王子じゃない。だから、私も、頑張る」


 今度は紙で槍を形作り、王子の方へと飛ばす。王子は軽く剣でいなす。だが、動きは先ほどよりも鈍くゆっくりしていた。


「王子の弱点は、私だったんだ」


 そう言いながら、少女は私の前に出てくる。


「私の声に宿る魔力と紙魔法で、王子の負の感情に干渉するの。あの魔法を防いだ魔法も、本質は王子の負の拒絶の気持ちからくるものだから。だから、あの防御を崩すのは、私じゃないと出来ない」

「なるほどね。分かった。それじゃあ、一緒にやろう。――大丈夫?」

「……うん。このまま隠れているのも、もう嫌だし、私自身が王子の負の感情と向き合わないといけないって、そう思うから」


 私の箒に手を伸ばす少女。そこに少女の魔力が流れ込んでくる。


「俺は、このまま終わるわけにはいかない。この想いは消えない。作者への、作者が生きたこの世界への恨みは、一生消えないんだ!」


 王子は闇魔法をありったけ発動させ、負の感情を放出させる。遠くにいてもピリピリと感じるその力。その力を跳ね返すほどの少女の感情があふれ出し、それが闇魔法を払う光の防御壁となる。そして、私は最後の大魔法を唱える。少女の抱える、光の気持ちを。


「遥か見守る御使い。汝の威光を以て、聖なるものたちの想いに応えよ。『ホーレフェクション・ガルガリエル』」


 光属性の大魔法の魔方陣から光で出来た4つの車輪が出現し、王子を四方八方から衝突していく。最後には、4つの車輪が王子の周囲を旋回する。王子の足元が光輝き、そして天井を突き破って、光の柱で王子を包み込んだ。激しい衝撃とまばゆい光で目を細めた。徐々に光は落ち着き、そして、そこには倒れた王子の姿があった。


「はあ……はあ……なんとか、勝ったよ」

「うん――」


 少女はゆっくりと王子の傍に近寄る。王子の懐に手を入れて、最後の紙片を手に入れた。少女は今まで集めた紙片を全て取り出す。そして、少女の魔法でその紙片たちは宙に舞い、少女の手の平の上に収束し、それはやがて一つの本になった。


「それが、もしかして」

「そう。私たちの物語だよ。最後まで描かれなかった、未完成の物語」


 少女は立ち上がり、その本を胸に抱く。その時の表情は、笑顔だったが、恐らく最も悲しい顔をしていた。


「お願い、私たちと一緒にこの屋敷を燃やして」

「な、それって……もしかして……」

「そう。想像している通りだよ」

「そんなこと、出来るわけないって……」

「ううん。やってほしいんだ。私たちキャラクターのため、そしてなにより作者のために」

「君は優しいけど、でもそれはもうただのお人好しにしかなってない。自分の身を案じることが出来る人が、初めて他人に優しく出来る。でも、君はそうじゃない。なんで、そんなことが言えるの? 悲しいよ」

「これは皆の苦しみを終わらせるため、そして、私自身、もう存在しているのが辛いんだ。作者を憎んでいない。でも、確かに王子様が言ったように、存在意義も正直分からなくなってる。正直言って、もう存在しなくていいんだ。私たちの物語は不完全だったんだ。不完全な物語はどんな形であれ弔わないと、物語のみんなも、作者も、不完全な存在という過去に縛られちゃう。そんなこと、もう皆望んでない。だから、もうここで終わらせるの」

「だからって、そんなこと……」

「ありがとう、そんなに悩んでくれて。それだけでも嬉しいんだ。とても酷なことを頼んでいるのも理解してる。でも、もうこの方法しかないんだ。私たちは自殺も許されない。だから、火は使えないし、武器は私たちを完全に殺せない。完全に外部の人がやるしかないんだ」


 少女は製本した物語を胸に強く抱く。王子様の傍に寄り添う。私はもう、彼女から託された言葉を実行するしかなかった。他の解決法なんて見つからない。このまま何もせずにここから逃げても、少女たちキャラクターの苦しみと憎しみが続くだけで、しかもそれはいずれ外に溢れていく。自惚れるわけではないが、ここまで来れた旅人は恐らく今後出てこない。もう、覚悟を決めるしかなかった。


「遥か天より燃え盛る輝炎、優しき光は聖なる魂をも浄化せん。『ルイポライトネス・シリウス』


天井に空いた穴より降り注ぐ光の炎。それは周囲に広がり、その超高温の熱によって紙や木が燃える。徐々に赤い炎と光の炎が交じり合い、屋敷を焦がしていく。


「ありがとう、旅人さん、いえ、アルマリアさん」

「……こんなエンディングは、私は嫌だよ……」

「これで良いの。これが私たちの未完成の物語にふさわしい結末なんだよ」

「もっとたくさん考えれば、なにか案は出たはず!」

「ううん、実際問題、時間はなかったんだ。彼らが外に解き放たれるのが先か、アルマリアさんがみんなを倒すのが先かっていうくらいには、時間はなかった」


 少女は物語の本を胸に抱き、笑顔を見せる。少女の周囲はすでに炎の海と化しており、傍に近寄ることも難しくなっている。


「一つだけ、お願いがあるの」

「……聞くよ」

「私たちの存在を、忘れないでほしい。物語の中から生を受けてこの世界に生まれた、私たちのことを」


 そう言って、少女は強く胸に抱いていた製本を、私の方へと突き出した。私はすぐにその本

受け取る。すでに炎は完全にすべてを飲み込み、ここにいるのも危ない状況となってきていた。私は箒に乗り、いつでも脱出でき利用に準備する。


「絶対に忘れないよ。安心して」

「そっか、よかった。――それじゃあ、バイバイ、アルマリアさん」


 私は返す言葉が見つからず、ついには天井の穴から脱出した。空に出た瞬間、穴から炎が噴き出し、屋敷の窓も吹き飛ぶ。私は周囲の木々に燃え移らないように魔法をかけ、そして振り返ることもなく近くの町へと全速力で向かった。目元から流れる冷たい雨を零しながら。


 国境近くにある発展した町。私はその町に着き、宿のこともご飯のことも何もかも手を付けず、ちょうど座るのに良い形の岩に座っていた。夜風が私の顔を冷やし、雲を運んでいく。


「そっか、そんなことがあったんだね」


 隣にはベリーが座っていた。カトレア国の聖騎士で、国境なき騎士団の第2団長。私は彼女に憧れていた。強くて優しく、そして自由な彼女を尊敬していた。そして今は、あの屋敷の出来事を共有して、少しでも気持ちを楽にしたくて、急遽来てもらえるようにお願いしたのだ。


「うん。本当に、あれでよかったのか、全然分からない。他にもなにか方法があったはずなのに、こうなってしまったのが辛いんだ。道中もまさかこんな展開になるなんて、想像出来てなかったんだ」

「ううん、その展開を想像できる人って多分いないよ! むしろ、やっぱりアルマリアのその優しい心がすごく素敵だと思う。その少女も、こんなに思ってくれてることで多分、報われてるんだと思うよ。どんな形であれ、エンディングをもらえて、終わった後でもこんなに考えてくれてるんだって」

「でも、エンディングと言っても、もうあれは完全なバッドエンドだよ。『負の感情で暴走した王子の被害を外に出さないため、少女と共に焼失の道を辿る』。こんな結末、悲しすぎる……」


 王子と共に炎に消えた紙魔法を使う少女。その紙もすべて焼かれてしまった。しかも、それは少女が望んだ結末。それが私を悩ませた。

 ふと、ベリーは懐からある一冊の本を取り出した。その本を私の方へと差し向ける。


「連絡をもらってさ、私も調べてみたんだ。そしたらさ、あの作者の最期の作品は絵本になってたんだよ。この本から見ても、少なくても子供向けには作られてはいないけどね」


 私はその本を受け取り、そして中を見る。タイトルは、『紙吹雪物語』。中には、紙を自由に扱う魔法を使役する少女が、ある王子と出会い、多くの困難を乗り越える物語だった。物語の展開は、あの少女の物語の流れと非情に似ていた。


「アルマリアの話を今聞いて、一つ考えたんだ。その作者は、最期に、リメイクしたんだよ。過去に挫折してしまった物語を、人生の最期にね!」


 物語の最期には、少女と王子、そしてその旅の道中に出会った存在たちが、一緒に生活をしていく場面が映っていた。その場面を見て、私は再び涙を流す。確かに、彼女たちはエンディングを迎えられなかったが、作者もそのことを忘れてはいなかった。そして、最期に絵本という形でちゃんとエンディングを与えてくれていたのだ。最も悲劇だったのは、この事実を最後まで彼女たちに届くことがなかったこと。


「ベリー。この本、もらっていいかな?」

「もちろん! あげるつもりで持ってきたからね!」


 私はその本を胸に抱き、心の中で少女に語り掛けた。


(作者はちゃんと、改めてだけど、エンディングを書いてくれていたよ)


 夜風は心地よく草木を揺らし、私の髪を揺らしたのだった。


 




 



 

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