大空へ見送るラストエンディング 3
その竜はとても我儘で敏感でした。親は人間たちに傷つけられ、それが原因で死んでしまい、愛を知らない竜は会いに飢えていました。そんな時、大空を散歩していると、ある村に美しい少女がいることに気づきました。その少女はとてもきれいで可愛らしく、そしてどこか母に似た雰囲気を持っていました。その竜はその少女が欲しいと願い、自身の住処に連れてこようと思いました。そうしてタイミングを見計らっているうちに、竜はある違和感を覚えました。その少女の近くに、眠れる悪意が渦巻いているのです。竜は恐怖しました。そして、竜は己の飢えのためでなく、その少女の命を守るため、より一層少女を誘拐することを固く決意し、それはある日の夜中に実行しました。
「やっと声が戻ってきたよ」
その声は透明感があり、そして少しやんちゃな幼さを感じる声だった。
1階の大物キング・ゴブリンを倒した私たちは、2階の階段を上った。次はここにいる大物を探すことになる。このフロアにある部屋をしらみつぶしに捜索することにして、少女と話しながらゆっくりと歩いていく。少女の頼みを無下には出来ないし、何より事情を聞いてほっとけないため、眠くならない限り屋敷の探索は続く。
「君が主人公の物語はエンディングが無いって言ってたけど、実際はどこまで進んでいるの? ある程度までは物語は出来てた感じ?」
「うん。物語は本当にあと少しで終わるんじゃないかってところまでは進んでたんだ。今の私は記憶が曖昧で細かい所は思い出せないんだけどね」
「ふうん。それじゃあ、次はどんな大物なのかもわからないか」
「う、うん。ごめん……あっ」
少女が不意に何かの髪の束をいくつか落とす。少女はそれを慌てて拾い集めて、懐に入れた。
私が不思議そうに見ていると、少女は少し俯きながら答えた。
「これは、物語だよ。わたしたちが文字としてここに描かれてる」
「ふうん。絵画魔術師も、ただ絵を書いてるだけじゃないんだ」
「うん。この作者はそうだった。丁寧に、慎重に作品を考える時はこうやって、ざっくりと文字に起こして生きる絵を書いてたんだ。だから、これは私たちにとって大切なものなの」
「そうだね。君たち物語の原点がそこにあるってことだもんね」
「でも、全部あるわけじゃないんだ。だから、大物を探す合間で、この紙も集めてたんだ。――一つの本としてまとめたいんだ」
「すごく素敵だと思うよ。――そっか、君の天性はそれなんだ」
「えっ? そっか、やっぱり気づくよね。そう、私、魔法が使えるんだ。紙属性って言われてる。紙を自由に取り出して、自由に扱える。強度も、鋭さも、自由自在だし、文字を書いて意思疎通もできる」
「屋敷に来た時はその魔法で筆談してたんだ。……人を傷付けない、素敵な魔法だと思うよ」
「そ、そうかな~? そんなこと初めて言われたよ。……ありがとう」
窓からはすでに夜光が垂れ込む。私が屋敷に入ってから随分な時間が経ったようだ。空は晴れ、少しの千切れた雲と星々が世界を照らしている。
ドアが見えたらその部屋に入る。だが入る部屋には大物はおらず、小物系が襲ってくる。私は小物系の魔物を軽く捻りつぶし、少女が物語の紙を回収して次の部屋へ向かう。そうやって、廊下を歩く少女は夜光に照らされる。肌が煌めき、笑顔が似合うであろうその顔は、私の顔を見てくしゃりと笑う。でも、その笑顔の奥は、単純な感情以外の何かもあるように感じる。
「ねえ。本当は、君はどういう気持ちでいるの」
「ん? それはどういう意味?」
「1階の大広間で言ってたこと。あれって、多分だけど、建前なんじゃないかなって。なんか、何となくだけどそう思ってさ」
「……そうだね。別に隠したかったわけじゃないだよ。でも、ああいうことを言わないと、今までの旅人たちは協力してくれかったんだ。それでも協力してくれる人たちはほんの一握りだったんだけどね」
先ほどの笑顔は、少し暗くなる。
「本当はね。怒りに支配されたキャラクター達を助けたいんだ」
「消滅させることが、助けることになるの?」
「うーん。助けることになるのかは分からないんだけど、でも、今の彼らは、もう辛そうなんだ。この状態になっても随分年月が経ってる。もう作者はここには帰ってこない。皆は、各々が迎えたい、叶えたいエンディングのために怒って、燻っている。もう迎えたいようなエンディングは来ないのに、心をすり減らしてる。もう、そんなことはやめさせたいんだ。もう休んでほしいんだ」
少女は悲し気に語る。長い年月をかけ、エンディングの夢を叶えたい気持ちが怒りへと変わったキャラクターたちは、その作者の魔法で動けることを利用して、力をじっくりと溜めていた。その姿は恐らく少女には痛々しく見えて、叶わない夢を追うことの儚さを知って、エンディングを求める今の状況を終わらせたいのだと願ってる。
私はその少女の気持ちを聞き、やはりどうしても少女の願いを叶えてあげたいと思った。少なくとも、少女のその気持ちに、少しでも動かされる何かを感じたからか、ただたんに自身が良い人でありたいと、その証明をしたいからかは自分でもわかっていないが、それでも、死ぬかもしれないこのお願いを、無下にしたくないと、改めて思い、2階最後の部屋の扉の前で止まった。
私は扉を開ける。そこは大広間になっていた。その奥に、四肢背翼の竜がそこにいた。前足の上に頭をのせてリラックスしている。
「あの竜が、私の王子様がストーリーで撃退した竜だよ。貪欲で愛の飢えた竜。本筋で、私はあの竜に誘拐されたんだ」
「あの竜にね。案外君は人外にモテルみたいで、それはそれでいいんじゃない?」
「うーん。でもやっぱり人肌に抱かれたいかな。あの鱗に抱かれたら肌がボロボロになっちゃいそう」
「なるほどね。痛いのは普通に嫌だと」
「そこまでの性癖は作者も考えてないよ。多分ね」
竜はゆっくりと起き上がり、あくびをする。徐々に起きて来たのか、眼光は鋭く、その目は少女の方へと向かっていた。
「それじゃあ、始めるよ。派手にやりたいからちゃんと隠れてて」
「うん、分かった。気を付けて」
少女は部屋の端の方へと行き、柱の裏へと隠れる。私は箒を構え、竜の方を向いた。
「来たか、少女とその協力者の旅人」
「こんばんは、愛を知らない竜さん。まだ寝ていても良いよ。その間にこっちの用事は済ますけどね」
「ふん。ここに来た理由は分かっている。ここを通りたいなら俺を消滅させることだ。1階でやったことをここでもやればいい。それでも俺は消えるわけにはいかないがな!」
竜はその口に火球を溜め、私に向けて吐く。私は魔法壁に水属性を混ぜ、真正面から受け止めた。弾ける炎は私の周りに散り、消えていく。竜は続けて魔法を発動し、小さな竜の姿をした炎を複数出現させ、そのまま私の方へと突っ込んでくる。その鋭い爪と立て、炎魔法で強化された剣翼をはためかせ、取り巻きを連れ立った竜は、威圧感のある速さで切り裂こうと振りかぶる。私はその猛攻をなんとか魔法壁と水魔法の2つを駆使して防ぎ、水魔法で応戦した。しかし、どれだけ水魔法を当てても、竜はひるまずにその攻撃の手を止めない。
「くっ!」
「辛いか。そうだろうな。こんな体格差のある攻撃をそう何度も受けられないだろう。観念してここを立ち去れ。そうすれば命までは取らないさ。俺たちが欲しいのは作者の命だ。ようやく外まで影響を及ぼせるほどまでに力が溜まってきたのだ。時間も力も無駄に出来ん」
確かに、自分が命をここまでかける必要性は全くない。だが、正直そんな損得感情で動く私ではないし、なによりあの少女のためにも、引きたくない。
「残念ながら、わたしはそんな自分の命に価値を見出してないんだ。それに、久しぶりにこんなに全力で戦えるし、なにより少女の願いを叶えたあげたいから」
「そうか、ならここで苦しんで死ぬがいい」
取り巻きの炎の竜が一気に周囲に飛来し、突撃をかけて来た。私は水魔法を使い、自分を覆い隠すように操る。その炎の竜たちは、その水の中に埋もれた。最期の抵抗か、その身を爆破させ、その衝撃で私も大きく後方へ弾かれた。なんとか箒で体勢を立て直すが、その隙を逃さんと、竜は炎の爪としっぽを立てて激しい応酬を仕掛けて来た。その猛襲を魔法壁で耐えるが、その魔法壁にひびが入ったことに気づき、咄嗟に激しい爆破魔法の衝撃と爆風で無理やり竜を引きはがした。お互いが後方へと吹き飛び、私は何とか箒で耐える。
「ぐっ……。なかなか強引にやるな、旅人」
「……ふん、なめてたら痛い目みるんだから……ほら、足元見てみなよ」
竜は私の言葉に反応し、自身の足元を見る。瞬間、雷と氷魔法が発動。雷の檻が竜を捉え、氷の牙が雷と共に竜の体を貫くはずだった。しかし、竜の体に魔方陣の刻印が現れ、その刃先は無残にも消えちり、雷の檻は空しく消えていく。
「これは……まさか」
「作者は、俺を王子にとっての脅威にするつもりだった。だから、俺はこの力を与えられた」
反魔法術。習得が非情に難しい、真っ向から魔法を否定する魔術。それを発動出来れば、ほとんどの魔法はなんの防御もなくして無力化される。
「反魔法術を使えるのに、あなた自身は魔法が使えるなんて、なんだか理不尽だね」
「脅威というものは、理不尽なものだ。さあ、今回の旅人はどこまで耐えるかな」
竜はそう呟き、炎を体全体に纏わせ、周囲に揺らめく剣を持った人型の炎を出現させた。そして、その巨体とは思えないほどの俊敏な動きで一気に勝負を決めに来る。私は雷、水、氷魔法と魔法壁を駆使し、炎の剛爪の連撃をひたすらに防ぐ。激しく舞う炎の爪に剣の翼。四方八方より飛来する人型の炎。直接的な攻撃は受けてはいないが、間接的に入る痛みや重みで、私は次第に疲労とダメージが蓄積して息が切れる。そして、竜の猛攻に耐えきれず、炎の剣尾の薙ぎ払いによって、もっと後方の方へと弾き飛ばされる。箒で受け身を取ろうとしたが、勢いが強く、壁に強くぶつかって止まる。
「さあ、おまえにエンディングを与える」
そう竜が呟くと、竜の足元より大魔法級の魔方陣が出現した。そこから、大きな炎の波が出てきて、激しいうねりと共に、私目掛けて流れてくる。圧倒的な炎水の威圧に、私の心はすでに諦めの気持ちが出てきていた。その時、
「諦めないで! 大丈夫だから!」
あの少女の声が聞こえた。魔力の宿ったその声により、私は瞬時に大魔法を準備する。
「災禍を予期し蒼海の巨人、汝の守護者をここに呼び覚まさん。『ディゼクペクト・ロスメル』」
水の大魔法を唱えると、どこからともなく大量の水が出てきて、それは私の何倍もの巨人へと変化した。その巨人は私の前に寝そべるようにして、竜が出した炎の波を押しつぶした。水が蒸気となり、煙が部屋に立ち込める。視界がぼやけ、竜の姿が消えていく。私はこの瞬間を見逃さなかった。
「普通の魔法が効かないなら、こっちもやりようはあるよ。次の一手で決める」
私は箒で宙を舞い、複雑な魔方陣を丁寧にイメージし、組み立てていく。順番を間違えないように、集中する。
「青天迸る刹那の奇跡、その姿虚空へ轟かせん『ブルージェット・モーメント』」
前方に私をすっぽり覆うほどの雷雲を何重にも発生させる。そして、すこしの魔力を使い、強制的に落雷を起こし、ブルージェットを発生させた。それは蒼き稲妻が迸り、直線状のすべてを衝撃と電撃で駆け巡る大魔法。竜の方向から大口を開けた火炎の牙が飛来したが、その刹那の破壊は一瞬にして火炎を打ち消し、辺りを荒廃させた。周囲の壁は激しい雷を伴った衝撃により削られ、破片はすべて竜のいる方向へと吹き飛ばされる。そして、その竜は青い雷の傷を全身に受け、壁にもたれかかっていた。
「すごい……この力が、あなたの本気?」
「本気って表現はあまり好きじゃないけど、まあそんなとこ。これが全てじゃないけど、今の状況で最も有効なものの、全力だね」
久しぶりにここまで追い込まれ、全力必死の戦闘となった。流石に魔力もかなり使い、疲労が溜まっていた。少女が私の方へと歩いてきた時、上空より一枚の紙が舞い落ちる。少女はそれを拾い上げ、そして懐へとしまった。
「思い出したよ。竜は愛に飢えていたけど、それだけじゃなかったんだ。私を守りたかったんだ。邪悪なものからね」
「邪悪なもの? 今まで登場してなかった何かがあるってことかな」
「ううん。最初から出ていたんだ。竜は、いずれ邪悪に染まることを予見してた。だから本筋で竜は私を誘拐したんだ。だから、竜は怒り、エンディングまで導かなかった作者に対して敵意をむき出しにしてた。邪悪なものが最終的に払われて、ハッピーエンディングにならないから」
「なるほど。つまり、竜は守りたかったんだ。愛しい君をね。それでエンディングを描かなかった作者を恨んだ。あれ、でもじゃあ、本筋の方の邪悪な存在って一体?」
少女はすぐには応えず、少し物思いにふけり、そして私の方へ視線を向けた。
「それは、王子様だったんだ」
そう言って少女は先に階段を上る。次の階が最期になる。その階段を、少女の後を追うようにして、上っていった。
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