第7話 杏菜と依頼主

『杏奈大丈夫?』

ログハウスっぽい家につくと俺は彼女に向かって聞いた。

『竜馬心配しなくても大丈夫!私にまかせて』

まかせてって…どう見たってこのログハウス昔のログハウスそのままなボロい感じがして大丈夫なんだろうか?

建てられてからだいぶたつ感じのログハウスの中に入ると床がかなり傷んでいるんだろうか?軋み歩くたびにぎーぎーと音がなった。

杏奈はどこからともなく布団やら掃除用具やらとにかく使えるものをもってきて運びだしてくれた。

準備していたんだろう・・・。あちこちの家具はきれいに掃除されている跡がありなにやら薪ストーブを燃やしていた匂いがあたりに立ち込めていた。

『さっき少しだけ部屋の中を温めていたんだけどもう一度燃やすね』

杏奈はそういうと手際よくストーブに火をおこした。

そのあと持ってきた食材を出しフライパンにオイルを塗ると卵を片手で割りフライパンに落とし始めた。

もう一つの窯のようなところに鍋がかかっていてそこにはおいしそうにぐつぐついっているシチューらしきものが準備されていた。

『こういう料理って昔は作っていたみたいなんだけど今の人はやらないみたい』

『料理を作って食べる習慣がなくなったのか?』

『まぁそういうこと』

俺は白い服から杏奈がもってきてくれた服に着替えた。

青と白とグレーのギンガムチェックのシャツに黒のズボンをはいて手を洗うと席についた。

『じゃあ食材を用意するのも大変だったんじゃないか?』

『それは大丈夫…。料理教室の先生がわけてくれたから』

『料理する習慣がないのに料理教室はあるんだ?』

『あー贅沢な趣味みたいなもので習おうとすることもお金をだせばできるだよ』

へぇ~趣味みたいになってるのか…。

けど3000年前もたしか料理が趣味ですって人いたよな…。

ジュージューとおいしそうな匂いがたちこめておれの鼻腔をくすぐり食欲をさそった。

『もうすぐでできるよ』

『杏奈…もう一度言うけど大丈夫なのか?』

杏奈はお皿に手際よく焼いていた目玉焼きを置くと目の前に焼いた目玉焼きと先ほどまで鍋の中でぐつぐつっていたスープとパンを並べながら

『大丈夫!心配ない…竜馬がいなくなったところでだれも追いかけて手術する人なんていないから心配しないで』と言ってにっこり微笑んだ。

『俺の心配はしないけど杏奈の立場が悪くなるんじゃないか?』

正直それが気になっていたりする。

俺はいいけど杏奈が俺を連れ出したことで変なことになって巻き込まれるのがつらい。

だからこんなことなんでしたのか知りたい

そしてこれからどうしたいのかも…。

『私はね…ある人に頼まれて動いているの…。だからある人に守られているから私も大丈夫だし竜馬も大丈夫なの…。明日になればその人に会えるから安心して!』

ある人ってだれなんだよ…。

すごく不安だ、今まで自分に起こったこの出来事に戸惑いと不安をかなり抱えていて安心してって…それは無理だ!

だけど今は杏奈の言う通りにしないことにはここから逃げるわけにもいかないし、だいたいここがどこかも生きてきける場所なのかもわからない。

スープを口にしてびっくりした。

『うまい!』

『でしょ?頑張ったよ!外は寒かったしね~食べてからだを温めて寝たら明日は疲れもとれてスッキリするよ』

確かにいうとおりだ。

スープをすする俺の姿を見て杏奈は自分の分もよそおうと食べ始めた。

『目玉焼きは少し焦げちゃったけど他はうまくいってよかった』

おれはスープをすすりながら杏奈に

『杏奈はどうしてこんなことを手伝おうとしたんだ?』

って聞いてみた。

杏奈は少し考えると

『どうしても竜馬にあってみたかったの…そしてこの活動に賛同しているっていうのもあるし、危険なことはわかっているから、気をつけなくてはいけないところは気をつけてやっているしもしそれで捕まってもそれで竜馬が生きて普通にいけたらそれでいいと思っているよ』

杏奈はなんか…優しい?とはなんか違うけど…昨日の激しい杏奈の一面もあれば今日のような行動的な部分を見せてくれたりいろんな顔を持つ杏奈を見るとどういう子なんだようとか思っていろんな話を聞いてみるけどある一線を越えないようにしている感じがしているようで俺はとにかく明日になればわかるんだろうかと思いながらそのまま寝てしまっていた。


カーテンからこぼれる朝の光で俺は目を覚ました。

外に出ると空気が冷たく澄んでいた。

なんかキャンプした後の雰囲気に似た朝だった。

俺は水場に行き顔を洗うとすぐログハウスの中に入って木のはぜる音と燃える焦げる匂いに誘われ料理を作っている杏奈の手伝いをした。

昨夜の残りのスープを温めて後はベーコンをフライパンで焼いていた。

『これ返したらいい??』

『ありがとう』

ベーコンを返すとじゅーっとまたいい匂いが周りに広がりそれが食欲を誘う…。

『おいしそうでしょ?』

『お皿どこにある?』

『昨日洗うのに外の水場にもっていったかも』

『とってくるよ』

外に出て水場らしいところに行くと白い皿がいくつか伏せておかれていた。

これかな?

そう思いながら持っていこうとして人影にびくっとした。

『だれですか?』

『竜馬?』

聞き覚えのある声

そんな・・・まさか・・・なんで?

その人はフードを顔の真ん中深くかぶっていたがそのフードをゆっくりと持ち上げて

フードを脱いだ。

その顔は

『水瀬 涼子?』


夢でも見ているんだろうか?

涼子が現れた?

いや正確には涼子に似た人が目の前に現れた?

『初めまして竜馬…私は368と言います。』

そういうと深々とお辞儀をした。

そのお腹は大きく身籠っているのは一目瞭然だった。

『え?』

一瞬何が起こっているのかわからなかった。

戻ってこない俺を心配して杏奈がやってきた。

368を見ると

『竜馬…この人は私の叔母で368っていうの…あのね…竜馬のお母さんなの』

俺は殴られたような衝撃を受けてその場に座りこんだ。

『私の父と368は兄妹でねあなたは私にしたら従兄妹ってことになるの』

おれは…何をしているんだ…。

杏奈はだれかに似ている!そう思っていたけどまさか…。

『本当は叔母様にもちゃんとした名前があるんだけど、あることがあってから本当の名前を抹消されてしまっているの』

俺は手の先端から少しづつ冷たくなっていくのを感じながらじっと368を見ていた。

『竜馬…ごめんなさい。あなたを守ってあげられなかった。』

368は両方の眼からあふれんばかりの涙を流しながら俺にすがりついてきた。

『あなたを産んで睡眠療法に強制的に入れられると決定されたとき、私はそれでも仕方がないと思っていたの…。』

そう言って368はとりあえず中に入りましょうと言ってログハウスの中に入っていった。


食事を終えてコーヒーを淹れ始めた杏奈を横眼に368は静かに語り始めた。

『まず…私368と貴方のお父さん378の話からしたほうがいいかしら…。』

省吾を産んだ後、産後鬱になった涼子(368)は酷く混乱していた。

その話は省吾からも聞かされていたがこれはお母さんの視点での話になるのだろう…。コーヒーを飲み干すと話し始めた。


『その当時、弥勒さまと結婚してすぐ省吾を授かった私に待っていたのは省吾と離されることだった…。』

産んですぐ産まれたばかりの省吾を弥勒の母、省吾の祖母が連れていってしまった。

お乳をのませることもできず張って痛い乳をさすりながら耐えていたけど、寂しさが募るばかりで、とにかく省吾を返してほしいと懇願したが弥勒の母はそんな368に対して『お前は子育てはしなくてもよい!早く2人目を産むのだ!』と言われた。

『私は張っていく乳の痛みに耐えながらもまだ回復していない子宮を2人目のために早く使わなくてはいけないことに憤りを覚えました。』


そしてそんな368が産後鬱になってしまったという知らせを聞いた弥勒はカウンセラーを派遣するよう要請したのです。

『そして来たのが378でした。』

378はとても穏やかな人で優しく無理に話そうとしなくていいと最初言ってくれました。

『だけど話したくなったら聞いてあげるからいつでもあなたの話を聞かせてくださいね』

『私は精神的にも肉体的にもよくない状態で…たぶん378は最初大変だったんじゃないかと思います。』

でもそんな私を378は

『大変でしたね…あなたの頑張りは知っていますよ。力になってあげたい…どうしたらいいですか?』と優しく話を聞いてくれて私は少しづつですが、気持ちが落ち着いてきました。

『涼子さん…あなたは産まれたばかりの省吾くんが心配なんですね…。でも省吾くんを心配するのはわかりますが貴方の身体も心配です。身体の調子を少しづつでもいいので整えていきましょう。あ!無理に急がなくても大丈夫ですよ。時間はたっぷりあるんですから』

弥勒が病室に来ることはなかった…。

そして省吾に会わせてくれることもまたなかったのです。

その中で378の優しい声かけは私にとって少しづつですが不安を取り除いてくれるものでした。

そしてある日

気持ちのいい朝でした。

その日は378が私にクッキーを焼いてもってきてくれたのです。

病室から連れ出してくれて病院の見晴らしのいい屋上に連れていってくれてそこでお茶とクッキーを勧められました。

『落ち着きましたか?』

『少しだけ…先生は私が病気だと思いますか?』

『あなたは少しだけ気持ちが沈んでいただけです。しかしそうなっても仕方ないですよ…省吾くんを取り上げられてしまい弥勒さんもあなたに会いにこない…そんなことがあれば気が沈んでしまっても仕方がないと私は思います。だから気にしないでゆったりと構えていたらいいんです。たまにわがまま言って弥勒さんに来てもらえばいいですし省吾くんに会える権利はあなたにあるんですから会わせてもらうように頼んでも全然おかしくないですよ。』

私は…先生の言葉に救われたのです。

そして次の日、看護婦を通じて弥勒さんに見舞いに来てもらうように伝言をお願いしました。

しかしその伝言は弥勒さんに伝わってなくお母さまに伝わり握りつぶされてしまったのです。

もちろん省吾の面会もだめでした。

そして一人孤独の中にいる私にとって378のやさしさは悲しいことにそのような仲になっても仕方がないほど気持ちが膨れ上がっていったのです。

そして…。

カウンセリングを受けて60日

その日は雨でした。

『今日は残念な天気ですが、この後、晴れたら気持ちがいいと思いますよ。』

『先生…私…。』

『どうしました?今のあなたの気持ちを話してください。』

『…したい…。』

『はい?』

ざーという音が音楽のように聴こえる…。

静まり返った病室の中で、雨の匂いが立ち込める病室の中で

隣にすわった378に私はキスをした。

先生はびっくりして私を見ると目をつぶって私を受け入れてくれました。

それがどういうことになるかも知らずに

先生は治療と称して…

私は気持ちを回復させるためとはいえ、弥勒を省吾を裏切った。

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