【第2章】第3話 研究室で。

💎前回までのあらすじ💎

【ウブで真面目一方、恋愛にうと大河瑠色おおかわるいは、男を知らぬまま見合結婚し、夫・大河憲介けんすけ一筋に家庭円満のためだけに生きてきた。しかしある日、衝動的に " 出会い系サイト " に登録し、そこで出逢った大学准教授の倉松力斗くらまつりきとに抱かれる。その余りのよろこびに、セックス嫌いだった瑠色のからだは、急激に開き始める】



      【 本 文 】



 瑠色るいは、力斗りきとが教鞭を取る大学の最寄り駅で電車を降りた。

 この辺りは、他にも私立大学が複数あり、学生の姿が目立つ。

 辺りを見渡すと、交差点の向こうから、力斗が横断歩道を渡ってくるのが見えた。

「お早うございます」

迎えに来た彼に、瑠色はいかにも嬉しげに挨拶をした。

「お早うございます。好い秋晴れですねぇ」

照れ隠しなのか、力斗は空を見上げて眩しげに目を細めた。

「今日はごめんね、ホテルへ行く時間がなくて」

彼は大学へ向かって歩き出しながら、瑠色の耳に口を近付けて、小声で言った。

「ううん、逢えるだけで嬉しいもの……」

少しうつむき加減で、頬をほんのり赤らめて言う瑠色の横顔を見ると、力斗は思わず抱き締めてキスしそうになり、慌てて自分を抑えた。


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 空気は秋の気配を深めつつあるが、日中に歩いていると、まだほんのり汗ばむ。

 都心の私立大学は、幾つものビルが道路を挟んで林立して在る。地方の国立大学で、広いキャンパスを見慣れた瑠色の目には、珍しい光景に映った。

「私の研究室は、3階です」

『経済学部』と刻まれた、古めかしく分厚い石のプレートが貼ってあるビルに入ると、力斗はエレベーターのボタンを押した。

 エントランスホールには学生がうじゃうじゃいて、エレベータ脇の階段をせわしなく昇り降りしている。

 年季ねんきを感じさせる石造りの階段は大きく、手すりの幅も広い。

「力斗さんが肉離れを起こした時滑り降りたのって、この手すり?」

と瑠色がくと、

「そう、そう」

と力斗は苦笑した。瑠色はクスクス笑った。

 行きう学生の中には、「先生、お早うございます」と声を掛けてきたり、会釈したりする者がいた。その際、チラッと瑠色を見やるが、カジュアルな白いブラウスに紺色のカーディガン、レモンイエローの膝丈プリーツスカート姿の彼女は、いつにも増して若々しく、周囲とそれ程違和感がない。

 最近瑠色は、身近な人達から、若返ったとか綺麗になったと言われるようになっていた。

 特に、力斗と逢った直後は、肌の明るさと透明度が格段に上がるのが、見た目にハッキリ判る。

 だからそんな日は、憲介けんすけが夜帰宅するまでに、つやをくすませるのに少々苦心した。

 "ナチュラル系"と呼称される土気色つちけいろの部屋着に着替え、髪を引っ詰めにわいてうつむき加減になり、額からあごまで消ゴムをかけるようにして、よろこびの表情を無理矢理消した。


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 エレベーターの扉が開いた時、ちょうど脇の階段を降りてきた背の高い外国人青年が、こちらへ向かって英語で話し掛けてきた。

 力斗も英語で応じながらエレベーターに乗ると、その青年も乗って来て、力斗の背後に立つ瑠色ににっこり笑いかけ、

「お早うございます」

と言った。瑠色も、お早うございますと言って微笑した。

「ちょっと、アシスタント・ルームに寄りますね」

と力斗が言うので、3人で2階に降りた。

 エレベーターの正面の部屋は、ドアが開け放たれていて、力斗は「ここで少し待っていて」と彼女に言うと、外国人青年と中へ入っていった。

 ちょいとのぞくと、他にも外国人を含めて数人の男女が、向き合ったデスクに座ってパソコンをいじっていて、瑠色の方をチラと見たが、特に気にする様子もなく、力斗と早口の英語で喋り合っている。みな、彼に指示を仰いでいるようだ。

 5分ほどして、「お待たせしました」と力斗が戻ってきた。再びエレベーターに乗って3階へ上がる。

「皆さん、力斗さんのアシスタントなの?」

「そうですよ」

「大学の先生って、あんなにアシスタントがいるの?」

「彼らは、この大学の人間ではないんですよ。○○○○から派遣されているスタッフです」

と、エレベーターを下りながら、力斗はある国際機関の名前を言った。

 そして、先ほどのアシスタント・ルームの真上に位置する部屋のドアを開け、瑠色を中へ促すと、鍵を掛けた。

「私は、○○○○の中の□□委員会立ち上げメンバーなんです。彼らはそこの人間です。そこで私が進めているプロジェクトのサポートをしてくれているのですよ」

力斗は、長方形の部屋の端にあるドアとは反対側の端にあるデスクへ歩いて行くと、スタッフから受け取った分厚い書類をどさりと置いた。 

 ドアとデスクの間には、本や書類が無造作に積まれた作業台とコピー機があり、人1人が通れる空間を空けて、壁には本棚が隙間なく並んでいた。

「□□委員会……ふ~ん……」

瑠色も、その狭い空間を通ってデスクへ行き、今置かれた書類の束を何気なく見ていたが、一番上に乗っている紙に何やら見覚えのある名前を見付けて、思わずのぞき込んだ。それは、講演をした力斗に対する礼状のようだった。

「この署名……△△さんって、元総理大臣の?」

「そうです。△△さんが委員長です。私は、彼の諮問委員です。

 10年前、『これからの時代は世界中が□□の問題に直面することなる』と、△△元総理大臣が音頭を取って、私や、私の師匠に当たる先生を含めた数人の専門家が、この委員会を立ち上げたのです。

 中でも日本は、この問題が世界で最も進んでしまっている。それゆえに、世界で最も研究が進んでいて、最も早く対処を始めた国とも言えます。

 そしてまた、この問題を研究する研究機関が、国内では唯一ここにしかない。だからここには、世界中からノーベル賞学者が集まってくるし、ここでの研究とその実践が、世界中から注目されているんです」

「どうりで、力斗さんがあちこちから共同研究や学会に呼ばれる訳ね」

「そうですね。以前は私の師匠が表舞台に立っていましたから、私は裏方で済んでいたのですが、昨年師匠が退官したので、私が自動的に表に押し出される形になりました」

「退官したのに、力斗さんとの共同研究では、筆頭に名前が上がっているわね」

「良くご存知ですね」

パソコンでメールを確認していた力斗が、顔を上げて言った。

「好きな人のことはね。ネットに出ていたわよ」

「まあ、師匠がずっと進めてきた研究ですからね。事実上は、私が中心にならざるを得ないですが。今年度は大きいプロジェクトがいくつも重なって、大変なんだよなぁ」

力斗は背伸びをするように両腕を上げた。

「科研費で最高額を獲得したなんて、すごいわね」

「そうですね。社会科学分野全ての研究の中で、選ばれたのは1つだけですからね。周囲は皆、無理だと言っていましたが、私は挑戦してみるべきだと言ったのです。我々の研究は、ぜったい世界の役に立つと信じているので」

「それが、お師匠さんが筆頭研究者になっている、東大との共同研究なのでしょう?」

「貴女はほんとに、良くご存知だ」

と力斗が感心する。

「だって、力斗さんが前に話してくれたじゃない。覚えているわよ」

「私がどんな仕事をしているかなんて、妻は何も知りませんよ。貴女の方が知っています」

「そうなの?奥さんにも話せばいいじゃない」

「話しても、興味がないようなので、話すのをやめました。まあ、結婚前からそうですが」

「□□委員会のプロジェクトと、最高額の科研費を貰った研究と……」

瑠色が2本の指を立てた。

「それと、ハーバード大学との共同研究。この3つが大きいですね。

 他からも声は掛かりますが、断っています。条件が良くても、面白そうでなければやらないので」

「力斗さんって、ハーバードでしたっけ?」

「いや、私はバークレーですよ」

「バークレー?」

「カリフォルニア大学バークレー校。そこの博士課程を出てから母校に戻って、以降ずっとここにいます」

「ふーん、頭が良いのね~。

9月に入ったら講義も始まったし、論文の締切も何本かあるのでしょう?あまり眠れていないみたいだから、体に気を付けてね」

「この程度は、ザラですから。昔はもっとひどかった。3日で5時間しか睡眠を取れないことも結構ありましたからね」

「3日で5時間!?」

「そうです。論文の締切が迫ってくると、そんなの普通ですよ。ギリギリまでアイデアを絞り出していますから、余裕を持って書き上げることなんてありません。昼も夜もなく考えて、書いて、気絶するように眠りこけては、ハッと目覚めて続きを書く、なんてことを、しょっちゅうやっていました。

 今では、多少は知識も増えて要領も良くなったし、家族もいるから、そこまで無茶はしなくなりましたが」

「力斗さん、たいてい朝の3時、4時まで仕事をしているものね。眠る時間もろくろく取れないのですもの、私と逢う時間は、減っていきそう……」

最近では、深夜に何時間もメールを交わすことも少なくなっていた。

 慢性的に睡眠不足の力斗は、瑠色とメールを交わしている途中で寝落ちしてしまうことが少なくない。

 それに、けっこう頻繁に、5歳の娘が深夜にぐずる。そうすると、力斗が寝かし付けに、娘と妻が先に寝ている寝室へ移動して行き、娘をあやしながらそのまま寝こけてしまうことも多い。

 瑠色は、いつ再開するとも知れないメールをまんじりともせず待つことになり、

(奥さんは早くからベッドへ入っているのだし、娘の隣で寝ているのだから、奥さんが娘を寝かし付ければいいのに!)

と苛立ってしまうのだ。

 それになにより、力斗がいつも、眠る間も惜しんで仕事をする時間を確保しようとしているのが判るから、研究の邪魔になるような事はしたくなかった。

 それでも彼は、朝に晩に、短くとも必ず何かしらメールをくれたし、晩のメールを控えるようになった分、毎日昼間に、研究室からSkypeで電話をくれるようになっていた。


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「まあ、私の仕事の仕方は以前からこんなもんです。でも、歴代のガールフレンド達とは、1月に1回会えば良い方だったから、貴女とはダントツに逢えている方ですよ」

「奥さんが羨ましい。力斗さんと毎日一緒にいられるのだもの」

「ハハ……奥さんは、貴女に羨ましがられる様なことなど、一切感じていないと思いますがね」

 ふううんと不満げに応えながら、瑠色は、10畳ほどある研究室内を見回した。

 ドア横の壁には、大きい段ボールが、畳まれたまま幾つも立て掛けてある。

「たくさん段ボールがあるのね」

「実は、間もなく引っ越すんですよ、新しいビルへ。と言っても、ここからそう離れてはいませんが。このビルを壊して、新築するみたいです。それで、荷造りしなくてはならないので、段ボールが散らかっていてすみません」

四方の壁一面に並んでいる背の高い本棚は、床から天井近くまで本でぎっしり埋め尽くされている。

 本好きな瑠色は、すぐに興味を持って背表紙をざっと見てみたが、半分以上が英字で読み取れなかった。

 力斗は、国内よりも海外の仕事が多く、出席する学会も殆どが海外で、しかも、基調講演などで招かれることが多かった。

 この分野では、力斗の師匠で世界的権威である教授が昨年退官したため、力斗が自ずとトップに躍り出ることになり、彼の仕事と責任は、今年の春から急増していた。

 2人が出逢った先月のお盆時期は、そんな力斗がメール攻勢や講義から解放され、妻も娘を連れて実家へ帰っていた為に、ほんの束の間できた空き時間だった。

 この時機ときを逃していたら、力斗は、出会い系サイトでメールを交わしているだけの女とわざわざ会う時間を作る気には、永遠になれなかったに違いない。


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「ああ、逢いたかった……」

読める本はないかと本棚を眺めていた瑠色を、力斗はぐいと抱き寄せ、溜めていたものを吐き出すように呟いた。

「私も!」

瑠色も力斗にしがみついた。

「3ヶ月くらい逢っていなかった気が……」

と言いかける瑠色の唇を、力斗は自分の唇でふさいだ。

 しばらくそうしていたが、ようやく顔を離すと、照れ笑いを浮かべて言った。

「3ヶ月?前回逢ってから、まだ10日しか経っていませんよ」

「世間一般の時間なんて、関係ないもの。

私には、力斗さんと逢えない時間は、とてつもなく長いのよ。"一日千秋いちじつせんしゅうの思い"とまではいかなくても、"三秋さんしゅう"くらいには感じるわ。

 貴方あなたと離れている間は、本当にとても辛いの。精神的にはまだ我慢できるのだけれど、からだを我慢させるのが大変なのよ。こんな感覚、知らなかった……。

 私、今まで、性犯罪に走る男の人の気が知れなかったのだけれど - どうして我慢できないのかしらって - 、突き上げてくる衝動を抑えるのは、確かに拷問ごうもんのように苦しいわ。体中の血管に、マグマを流し込まれているようよ」

力斗は目を見張った。

「そんなに!?」

「そうよぉ。力斗さんに抱かれると、3日目くらいまでは幸せなの。でも、4日目になると、もう貴方あなたが欲しくてたまらなくなる」

貴女あなたは、朝目覚めるともう濡れている、とよく言っていますもんね」

と、力斗は笑いながら瑠色の頬を撫でた。

「そう!目覚めると同時に、貴方のことが思い浮かぶのだもの。そして、れてきちゃうの。でも、

(ああ、貴方は隣にいないのだ)

って気が付いて、とっても切なくなる。そして、隣のベッドを見て思うの。

(この男、誰だろう?)

って」

「ハハ……それは旦那だんなさんが可哀想ですよ」

「でも、本当なのよ。本当に、最近、旦那が全然知らない男のように思えるの。

隣で寝ているのに、長年知った夫という気がしない。目の前にいるように見えるけれど、本当は、透明のベールの向こう側、ずうっと遠くの別世界にいる気がする。全く見知らぬ他人のように感じる」

「へぇぇ」

「そうして思うの。どうして力斗さんが隣にいないのだろう?って」

「そうか……2人でいるのが、とても自然ですからね。はしとか、手袋とかが、2つで1つなのが当たり前のように、貴女とは、離れている方が不自然な感じがするもんなあ」

「そうでしょう?もちろん頭では、逢ったばかりじゃないって、分かっているのよ。でも、軆が解ってくれない。

『欲しい、欲しい』

って暴れる。

まるで、体の中にめすの暴れ馬を飼っているようだわ」

「そんなにですか。……貴女は、知ってしまったのだなぁ……」

力斗は、いかにも愛おしげに瑠色にキスをした。

「果実の味を……」

「そうよ、貴方が教えたのよ。どうしてくれますか?

私はセックスを知らなかった。子供を創るため、夫をねぎらうための義務だと思っていた。だから、息子を妊娠してからセックスレスになって、せいせいしていたのよ。

 なのに毎朝、貴方のことを想って濡れてしまう。そうして、子宮がきゅるるって収縮するのがわかる、感じるのよ!からだの中にいる牝馬がわななき始めるんだわ。

そうなると、頭と軆が引き裂かれそうになるの。頭はこっちに居なければと思っているのに、軆は貴方の方へ行こうとする!」

そう訴える瑠色を、力斗は壁に押し付け、ジャケットを脱がせて、ブラウスの上から胸をんだ。そして、

「どうして?」

と訊いた。

「どうしてって……貴方を好きだから」

と彼女が答えると、

「いや……どうして今日は、ブラジャーをけていないの?」

と力斗は言い、白いブラウスにうっすら浮き出た突起に、唇を当てがった。


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「それは……今日逢うのは貴方の職場だから、交われないでしょう?だから、せめて服の上からでも触って欲しいなと思って……布地は少ない方が、触りやすいかなって」

恥じらいながらそう答える瑠色の唇を、力斗は奪うように吸うと、ブラウスをひっぺがし、スカートを下ろして、あっという間にスリップとパンティも取ってしまった。

 全裸にされ、呆気あっけに取られている瑠色をビジネスチェアに座らせると、力斗は自分も素早く服を脱ぎ捨て、瑠色におおいかぶさった。

 ビジネスチェアの背もたれは、後方へけっこうれるようにできていて、力斗の体重が彼女に掛かる度に大きくきしんだ。

「あっ、恥ずかしい、力斗さん!」

力斗は、瑠色の両脚を両脇りょうわき肘掛ひじかけに乗せて大きく開かせると、股間こかんに顔をうずめた。

 なんという格好をさせられているのだろう!

 瑠色は、自分のあまりに破廉恥はれんちな姿に、思わず両手で顔をおおった。

「しっ!声を出さないで。外に聞こえてしまいます」

と力斗が言うから、瑠色は顔をおおっていた手で自分の口を押さえた。

 彼は床に膝を着き、瑠色の花弁を優しく開いて、奥から湧き出してくるみつを舌ですくい取った。

 瑠色は声を上げそうになる度に、両手で強く口を押さえなければならなかった。

「全部飲んでしまいました」

と言いながら立ち上がると、力斗はぬらぬらと光る唇を瑠色の唇に押し当て、彼女の両太腿ふとももの間に腰を割り入れてきた。

「全部入りましたよ。ほら、見てごらん」

瑠色は、固く閉じていた目を少し開いて、脚の付け根に視線を向けた。

 こんな風に、男性と繋がっている箇所を見るのは初めてだった。

 処女でもあるまいに、ここに至るのにずいぶん長くかかってしまった。前回逢った時は、ほんの先しか入らなかったが、今日やっと、力斗の全てを受けれることができたのだ。

 初めて交わってから一月半が過ぎていた。力斗はよく待ってくれたと思う。

 ほっとして力が抜けた瑠色のなかを、力斗はゆっくり出入りする。椅子いすのきしむ音が徐々に大きくなってきた。

「ちょっと待って下さいね」

力斗は動きを止めてそう言うと、デスクの向こう側へ行き、畳んだままの段ボールを何枚か床に敷いた。

 そうしてこちらへ戻って来ると、瑠色を促して段ボールの上に寝かせ、再び重なった。

 とその時、2人の頭の上にあるドアの向こう側が、急に騒がしくなった。

 午前の講義が終わり、大勢の学生が、上階にある幾つもの講義室から一斉に階段を降り始めたのだ。

 力斗の研究室は、長い廊下が踊場で切られたようになっている、離れ小島のような所に1つだけポツンとある。その為、両隣に部屋はないが、階段を降りてくる人間がドアの斜め前を通過していくことになる。

 ざわざわと学生が移動する足音と声がするが、力斗は動きを止めるつもりはないらしい。

 瑠色は両手を重ねて自分の口をふさぎ、必死に声を押し殺した。 

「ああっっ……!」

と小さい叫び声が、目をきゅっとつむる彼女の耳元で聞こえた。

 瑠色は、自分の上に倒れたようにのし掛かり、小刻みに軆を震わせている力斗を抱き締めながら、腹の上に温かい液体が流れてくるのを感じていた。

(ああ、力斗さんがったのだわ、良かった……良かった……)

これまで、憲介けんすけが果てるのは何度も見てきたが、

(やっと終わった)

ということ以外に、思うことはなかった。

「うわっ!」

おもむろに体を離した力斗が、また小さく叫んだ。

「どうしたの?」

瑠色は驚いて半身を起こした。

 力斗が両膝りょうひざをティッシュで押さえている。ティッシュはみるみるあかく染まり、その紅い液体が段ボールにまでしたたり落ちていた。

「いたた……」

力斗のひざの皮が、ひどくけていた。

「すりけているのに気が付かなかったな」

「あ、段ボールが固かったのね……」

瑠色はティッシュを何枚も渡してやりながら、痛々しげに彼の膝を見詰めた。

「夢中で、痛さも感じませんでしたよ」

と顔をしかめる力斗を見て、瑠色は思わず笑った。力斗も笑った。

「こんなこと、初めてだ」

「何が?」

と瑠色は訊いた。

「研究室で、セックスしてしまうなんて」

声を低くして、力斗は言った。

「そうなの?」

「そうですよ。こんなこと、自分がするなんて……私は冷静な人間なんです。今までずっと、常に冷静で、論理的で……でも、貴女といると理性がおかしくなります。欲情が止まらないんだ」

力斗は瑠色の手を取って、自分の正面に引き寄せた。

「嬉しい!」

彼女は、力斗の膝を気に掛けつつ、両脚で彼の胴を挟み込むようにして、向き合って座った。

 胸と腹と股間がぴたりと合わさり、互いの汗が混じり合う。

「嬉しいですか?理性をうしないそうな私は、迷惑でない?」

「全然。力斗さんこの前、懇親旅行へ出掛けた時、お風呂も宴会も終わって眠る前に、こっそりお電話をくれたでしょう」

「はい」

「そのお電話が終わる時、何て口走ったか覚えている?」

「え、何か言いましたっけ、私?少し酔っ払っていたので、よく覚えていないなぁ……」

「『とりあえず早く、貴女の軆が欲しい』って、言ったのよ」

「そんなこと言いましたか、私?とりあえず軆が欲しいなんて、そんな失礼な事を言う奴がいるのですね、我ながらあきれます」

力斗が頭をくと、瑠色はふふふと笑った。

「他の男の人が言ったら、やっぱり体が目的なのだわって、ムッとしたかも知れないけれど、なんだか、正直過ぎて力斗さんらしいなって、おかしくなっちゃった」

「ムッとしなかったの?」

瑠色はかぶりを振った。

本音ほんねなのだろうなって、可愛かわいらしくなっちゃった」

「可愛らしい?何だか恥ずかしいですね。

私はこんな風に、他人に対して感情を出したことはないんですよ。意識的にではなく、感情について話す気にならなかったのです。

 でも、貴女には素直に言ってしまうんだなぁ……本当の気持ちを他人ひとに知られるのは、裸踊りするよりも恥ずかしいです」

モゴモゴ言う力斗のほおに、瑠色はキスをした。

「好きな男の人に夢中になってもらえて、研究室で抱かれてしまうなんて、映画みたい!」

少女のようにはしゃぐ瑠色を、力斗は強く抱き締めて、口づけをした。

 2人は段ボールの上で、裸のまましばらく抱き合っていた。 

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