第9話 君の名前で僕を呼んで~3人の男の物語

 公開時、チラシを目にしてBL系と認識、もらってこなかったし当然、見ていない。五年前のあの頃がいちばん、この手の世界から遠ざかっていたようです。

 ところがその後、「窮鼠はチーズの夢を見る」にインスパイアされて小説書きも再開、やはり見てみるか、となりました。


 1983年、イタリアの避暑地。17歳のエリオ(ティモシー・シャラメ)のひと夏の恋、男同士の者はには珍しい設定のような。エリオのお相手、大学院生のオリバーは彼の家想像したのとは全く違って感慨深かったです。

 女性もけっこう出てきます。

 エリオの母、ガールフレンド、近所のおばさんも。特にガールフレンドとは初体験しちゃうの? て感じの盛り上がり。しかしそうはならず、父は「どうしえしなかったんだ?」と尋ねます、エリオはオリバーに夢中になってしまう。


 なぜ二人が惹かれあうのか分からないというご意見がありましたが。

 オリバーは引き気味でしたね、七つ年上の自制心というか、エリオに引きずられて一線を越えた感じ。

 でも開始間もなく、上半身裸でピアノを弾くエリオを、こちらも半裸のオリバーがドアのところでちらちら眺めたり、話しかけたり。気になって仕方ない様子がうかがえます、この時、バッハを轢くのもいいですね。やや禁欲的な響きを感じるので。

 やがて一線を越えてしまった二人は熱く求めあうけれど、夏は過ぎていきます。


 別れのシーン。

 駅のホームで、さすがにキスはしないものの、いつまでもしっかりと抱き合って、そりゃこうなるよね。せつない。

 列車が動き出す、立ち尽くすエリオの背中。やがて眼のふちを拭うそぶりを。ここも後ろ姿だけ。

 ふと「ひまわり」のラストシーンを思い出しました、ソフィア・ローレンは涙をこらえ、なんとも言えない表情で、かつての夫を乗せた列車を見送る。顔を見せる方がドラマチックなのかもしれないけど、エリオの場合は、この表現がよかった。

 けっこう雄弁な背中でした。渾身の演技だったかと。

 ラスト、雪のハヌカ祭。オリバーから電話があり、来年、結婚すると告げられる。

「そんな話聞いてない」

 当然、エリオになじられますが、

「この二年、つきあったり離れたり」

 と答えたオリバー。逡巡があったのだと思います。同性に惹かれるけれど、いけないことだ。やはり女性と付き合おう、でも?

 エリオと出会い本気で愛したものの、17歳の彼とはどうにもならない、で結婚する覚悟を決めた。


 これは三人の男の物語。

 ひとりは踏み切れず、普通に結婚し息子をもうけた。エリオがオリバーを見送って帰宅したとき、父はそのことを遠回しに告げるのです。

 チャンスはあっても勇気がなかったのか。「そのうち見向きもされなくなる」とは、老いたゲイの重い言葉。

 オリバーは多分、夏の思い出を胸に結婚生活を続けていくのでしょう。

 エリオはどうなっただろう、父のように自分を殺して、はクリアした、今後はゲイとして自覚して生きるのか。


 列車を見送る後ろ姿と暖炉前のうつろな顔が忘れられない。たいした演技者だと思ったら、シャラメはこの作品でアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされてたんですね、お見事。

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