第24話
静かすぎる白色の廊下に足音が響く。
もう何年も通い続けたこの廊下を数十秒歩いていると、向かいから
「こんにちは、今日もいらしたんですね」
と、看護婦さんが挨拶してきた。
「はい、僕がしてあげられるのはこのくらいですから」
そう返して、また歩き出す。
あの看護婦さんを含め、ここの人たちの何人かの名前は覚えてしまった。
ある程度廊下を進むと、[505号室]と書かれた部屋……………
病室の前につく。
そして、いつものように一度深呼吸をしてから、病室のドアを開けた。
中では、1人の女性が真っ白なベッドの上で上半身を起こして座っていた………女性と言ったが、その容姿は少女といってもおかしくはないくらい可愛らしいとさえ思える。
その少女の横で立っている女性がこちらを向いた。
その人は少女の母親で、
「毎日、ありがとうございます」
と、俺に言ってきた。
「いえ…………」
数年経ってもぎこちないこの会話は、仕方ないところもある。
そして、母親は少女に
「じゃあ、母さんは帰るね」
と少女に言って
「うん、さよなら」
とだけ、返した。
その言い方はまるで今日知り合ったばかりの人に向けているようだった。
彼女の母親は、俺に向かって頭を少し下げて、病室から出ていった。
そして、俺は少女の隣へと進む。
この流れはもう3年間繰り返している。
俺はいつものように彼女へ
「こんにちは」
と言い、彼女は
「こんにちは、お兄さんは誰?」
と、いつものように返した。
「僕は君のいとこだよ」
「そうなんだ〜来てくれてありがとう。」
「果物持ってきたから、後で食べて」
「やったー嬉しい!ありがとうね。」
彼女にとって俺は親戚でしかない。
もう、今の俺は、あの頃の俺にはなれないんだ。
それでも、彼女の中から俺は完全に消えたわけでもなかった
「琴音ちゃん、お話聞かせてよ。」
「うん、いいよ。
私ね…………昔すっごく仲良しの男の子がいたの。
いっぱいお話しして、いろんなことして、楽しかったんだー。
でね、私その人のこと好きになっちゃったの。
どんな人なのかは思い出せないんだ。
でもね、今もすっごく好きなんだよ!
これからもずっと好きなの!」
あの日彼女が言ったことは、嘘じゃなかった………
あの日、熱の俺に琴音が見舞いに来てくれた日の翌朝、彼女に今までの比にならないほどの記憶消失が起こった。
その記憶の残量はほとんど記憶喪失の状態と変わらなくなった。
そのまま、生涯病室で過ごすことになってしまった。
俺はどうしてもという用事がない限り、ここへほぼ毎日通っている。
そして3年、俺たちは成人を迎えた。
それでも彼女が病室から出られないなら、成人なんて何の意味ももたないと思う。
それでも、まだ………彼女が生きていることが俺の救いとなっている。
「その人にね、いつか会ってみたいんだ〜」
「会えるよ、きっと……」
「やった!
そういえば……………
………………………お兄さん誰?」
「……………………………」
それでも…………
生きていてくれれば………
「僕はね、君のいとこだよ。」
俺は微笑みながら言った……
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