第5話 ハローワークにて

 ――すいません。長々と話してしまって。次回、説明会にこの書類持ってくればいいんですね。あ、写真とマイナンバーが必要なんですね。わかりました。次のところはいい会社だといいなって思いますホント。まあ会社は選べても人は選べませんけど……。また相談するときはよろしくお願いします。


 そう言って、私はハローワークの相談ブースを出た。時間はまだ午前中の10時くらい。前に会社を辞めたときも一度来たことはあるけれど、何度来ても楽しい場所じゃない。建物も古いし、なんとなく空気がよどんでいる気がするのだ。だからこそ今日は朝いちでイヤなことは済ませてしまって、ぱーっと買い物でもして発散してくるつもりだ。まあでも長いこと無職でいることもできないし、はやく次の仕事を見つけないと。


 そんなことを考えながらハローワークを出たとき、目の前を知っている顔が通りがかった。スミコさんだった。その上、スミコさんは私を見かけると笑いながら声をかけてきた。


「あら、こんなところで会うなんて奇遇ですね。意外と近いところに住んでるんでしょうね」


「なんで、こんなところに……」私は内心大きく動揺していましたが、かろうじて平静を装いながらスミコさんに聞きかえした。


「なんでってそんな。ここをどこだと思っているのかしら。もちろん仕事を探しにきたに決まっているでしょう。そういえば、あなたは知りませんね。――私も先日辞めたんですよ、あの会社」


 あっけにとられてなにも言うことができない私をしり目に、スミコさんは続けた。


「私ね、本当になにも知らなかったんですよ。自分のしていることが嫌がらせなんて思ったこともなかったし、それがアキコさんにどう思われているかなんて、一度も考えたこともなかったんです。……だから、正直、面と向かってあなたに言われたときはとってもビックリしました。それに最初はショックをうけて、こうして会社も辞めてしまいました。でもね――、私、あなたにはとっても感謝しているんですよ。だって、そんなこと誰も教えてくれなかったんですから。それこそあなたには今度ちゃんとなにかのお礼をしなきゃいけないと思っていたところなんですよ。……いかがですか? よければこのあとお茶でも? それに、感謝の印になにかお送りしたいので、ご住所をお教えしていただいてもいいかしら?」


 スミコさんの笑顔はどこまでもすがすがしかった。私はまともな反応をはかえすこともできず、走ってその場から逃げ出すことしかできなかった。



(了)

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退職の理由は 竹野きのこ @TAKENO111

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