第4話 対峙と退職

「スミコさん、ちょっといいですか」


「何かありましたか?」スミコさんはまったく動じる様子もなく答えます。


「あの、――アキコさんに対するイヤがらせのことです! アキコさんがなにかしたっていうんですか? いや仮になにかあったとしても、ひどすぎます」


 そしてそんな私の詰問に対する返答は驚くべきものでした。


「……いやがらせ? なんですかそれは。私はなにもしていませんよ」


 ここまできてシラをきるなんて。つい今さっきアキコさんを給湯室で泣かせたばかりなのに。きょとんとした顔でいけしゃあしゃあと答えている姿に、私は腹がたってきました。


「あ、あなた……、ついさっきだって給湯室でアキコさんにいやがらせしてましたよね! 私、スミコさんが出てくるの見てましたから! シラを切るのもいい加減にしてください!」


 私のあまりの剣幕に驚いたのは、スミコさん……ではなく、むしろ周りの人でした。午後の始業時間ももう始まっています。慌ててまわりの人が集まって私をなだめ、今から考えれば本当に恥ずかしい話ですけど、羽交いじめみたいにされてスミコさんから引き離されました。


 そのまま私は面談室に連行……いや、連れていかれて上司が話を聞いてくれました。最初はなんというかもう、とにかく悔しくて……、上司に私の知ってることをいろいろ言ったんです。でもだんだん冷静になってきたら、やっぱり怖さも戻ってきました。だってあれだけのことをやっておいて、まったく慌てることもなく「なにもやっていない」なんて普通なら言うことができますか? つい今さっきの話ですよ? アキコさんは涙まで流しているのに。どう考えても普通じゃありません。

 私だってこれまでにイヤがらせを受けたこととかはありますけど、イヤがらせをする人は、ちゃんと「イヤがらせしてやろう」って思ってやってるものです。……いや、それがいいのかどうかはわかりませんけれど。だから、そこに一切なんの感情もないかのようにふるまったまま、人に危害を加えることができるなんて……。私にはその理解不能なところが怖かったんだと思います。


 そのあと、スミコさんやアキコさんも上司に話を聞かれたようですが、驚いたことに、ここでもスミコさんはなにも言わなかったらしいです。いえ、なにも……というか、終始「私はなにもしていない」と主張していたそうです。それに最後まで誰一人として、スミコさんの犯行を直接見た人がいないんです。イヤがらせをしたスミコさんと、それを受けたアキコさんという当事者しか存在せず、その主張が真っ向から食い違っているのです。

 結局、双方に話を聞いたところで水掛け論にしかならず、処罰もなにもできなかった。そんな結論を聞いたとき、もうこの会社にいることはできないなって……思いました。

 場所をわきまえず、騒ぎたててしまって恥ずかしかったという思いもありますけど、どちらかというとやっぱり怖かったんです。この職場にいたら、そのうちに私がスミコさんの標的にされるかもしれません。そしてきっと誰も味方になってくれないんだろうって。

 それが本当の気持ちでした。その日のうちに、もう辞めますっていって……正式にやめられたのは、そこから2週間くらいたってからでした。さすがに引き留められることもありませんでしたね。


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