第5話 ヒナ

 冷静になった俺は、気絶する少女を前に頭を抱える。


(この少女を……どうすればいいんだ?)

(このまま蛇の死体に漬けておくのも可哀想だ。とりあえずどこか安全な場所まで運ぶか?)

(……でも俺って、この子に触ってもいいのか? それって犯罪にならないか?)


 そんなことを考えていると、少女がぱちりと目を開く。


「わ!」


 俺は気絶したこの子を見ながら抜いてしまったことがバレていないかという焦りからか、つい声を上げて驚いてしまった。心臓がバクバクいっているのが聞こえる。


「……ふぇ、わ、私……きゃ! 何ですかー! これはー!」


 少女は自分の体が蛇の死体に埋もれていることに気付いて取り乱した。


(よかった、やっぱり今までずっと気絶していたんだ。)

(……いや、違う違う。少女が元気そうでよかったのだ。)


 状況を掴めず混乱する少女に、俺はかいつまんでこれまでのことを説明した。


◇ ◇ ◇


「なるほどですー! おにーさんが私を3人組の男から助けてくれたですねー!」


「あぁ」


「そしておにーさんが男たちと戦ってるところに、ビッグスネークが乱入してきて私を飲み込んだんですねー!」


「そうだ」


「その隙に3人組の男たちは逃げ出して、ビッグスネークを倒して私を助けれくれたですかー! 本当にありがとうですー! わはー」


 少女は気絶していた時の今にも消え入りそうな儚い印象とは打って変わって、花のようによく笑う子だった。


「あぁ、その通りだ」


(ついつい嘘を混ぜて説明してしまったが、大筋は変わらないし問題ないだろう。)


「薬草を摘んでたらボカン!って後ろから頭を殴られたですー。気を失う前に人が見えた気がするですが、それがその男たちだったですねー」


「そうだろうね。頭を殴られたって、怪我は大丈夫なのか?」


「平気なのですよー! 私はどんな怪我でもすぐに治っちゃうのですー!」


 そう言って少女はダブルピースをしながら、わはーっと笑った。


 (なんだこの生き物……可愛いな。)


「……ん? 怪我がすぐ治るって?」


「はいですー! 〈肉体再生〉のスキル持ちなのですー! えへん!」


「へえ。それは便利そうだ。」


(そんなスキルがあるのか。俺も欲しいな。)

(そうだ、イキ女神曰く俺は〈鑑定〉が使えるはずなんだった。何か分かるかもしれない。)


 俺は試しに〈鑑定〉と頭の中で念じてみたが、何も起こらない。


「〈鑑定〉」


 次に声に出して言ってみると、視界の右端に小さなウインドウが映り込んだ。


——————————————

【個体名】ヒナ

【種族名】人族

【レベル】2

【スキル】〈肉体再生〉

——————————————


(おぉっ、何か見えたぞ。なるほど、発動するには声に出す必要があるのか。)

(スキルも分かって便利そうだな。でもHPとかMPみたいなのはないのか。)

(それとも、もしかしたら〈鑑定〉のレベルが上がると見えるようになるのかもしれない。)

(……あれ? この〈鑑定〉ウインドウのUI、なんか見覚えあるな。)

(これ、G○○gle chr○meじゃね?)

(検索バーやタブ機能はないが、ウインドウの消去ボタンのアイコンやその配置場所が慣れ親しんだものと同じだ。)

(……イキ女神が俺用にカスタマイズしてくれたのか?)


「かんてー?」


 少女が首を傾げながら聞く。


「あ、いや、何でもない。あ、か、かがんでって言ったんだ」


 俺は勝手に人のスキルを盗み見るのはまずいのではないかと思い、咄嗟に誤魔化した。


「こうですか?」


 少女は俺の意味不明な嘘にも従順に従い、お辞儀するように前屈みになった。今は筋肉男に破かれた服を胸と腰だけに巻いて縛っているが、また胸がチラリと見えてしまった。


「……あ、いや、違うんだ。あ、ほら、頭を殴られたって言ってただろ? 傷になってないか、そこが見えるように屈んで欲しいって意味だったんだ」


「あー、そういうことですねー! 大丈夫ですよー。ほら!」


 少女は後ろを向いて髪の毛をかき分けながら後頭部を俺に見せてくれる。本当に何も怪我はしていなさそうだった。


(……ん? なんだこれ)


 少女の背中に、幾何学模様のタトゥーが彫られているのが目についた。肩甲骨のちょうど真ん中に位置し、大部分は胸に巻かれた布で隠れていたため、どんな模様かは正確には分からなかった。


「大丈夫なのですよー。私、丈夫さだけが取り柄なのでー! わはー」


「まあ、怪我がなくてよかった」


「あ、そうだ。私、ヒナって言いますー。おにーさんは?」


「鏡悠人だよ」


「カガミュートおにーさんですねー。本当に助けてくれてありがとうですー。それにしても、カガミュートおにーさんは強いですねー! わはー」


(なぜかカガミュートになってしまった。この世界の人には発音しにくいのだろうか?)

(まあ、バハムートみたいでカッコいいかもしれない。)

(これからもカガミュートを名乗るか。)


「あぁ、俺もこんなに自分が強いだなんて初めて知ったよ」


「あはは! 変なのですー」


(〈鑑定〉の使い方は分かった。)

(イキ女神はあと〈アイテムボックス〉も付けてくれると言っていたな。)

(せっかくだしこの蛇の死体を収納しておくか。)

(魔物の素材を売ったりできるかもしれない。)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る