第16話 陰村の生活3
聖暦二三二四年十二月三十日
今年の十二月で九歳になった。三歳で誘拐されて六年経ったことになる。ダビドもアダリナも家族を探すという約束を果たさず、この二~三年は村に帰っていない様だ。”様だ”というのは師匠が村長と話した折にそんなことを耳にした程度だから。誘拐と断定するのは師匠も五歳のときに誘拐されてきたからだ。この村は陰村であり戦闘集団を保持するため魔力保有者を確保する必要がある。村の魔力保有率は一般的な社会より多いようなので俺や師匠以外にも多くの誘拐事例があるんだろう。
俺の戦闘訓練は毎朝のトレイルランニングに始まり山刀を振っての立ち回り訓練、夜半には隠形と地形を生かした仕掛け攻撃の訓練を続けている。人間相手ならばそこそこ対応できると思うが九歳の身体で大人に勝つことはまだ無理だ。勝つためには身体強化を併用する必要がある。だから身体の動きに併せて必要な部分を瞬間的に強化する訓練もしている。まだぎこちないながらもある程度はスムーズに強化できるようになった。まだまだだけど・・・
後、師匠の研究を生かして投擲用麻痺毒物や過去世の知識を生かして煙幕弾を調剤の傍ら作成し携帯している。
魔法は過去世の知識がとても役に立った。過去世の知識がなければおそらくここまで習得することは困難だったろう。
師匠の教えてくれた水滴、氷、氷の刃というイメージで変化させるのはとても難しかった。掌の魔力を水にイメージするのは簡単にできたが水になったとたん手から零れ落ちる。その零れ落ちる水を凍らせることはできるが氷の刃にするのは無理ということだ。初めから氷の刃をイメージしないとできない。氷柱をイメージした方が効率が良かった。でも氷柱をイメージしただけでは飛んでいかないから氷が飛んで行くイメージが必要なんだろう。でもその氷柱は一分ほどで消えてしまう。氷が解けて水になるわけではなく、跡形も無く消えてしまうんだ。
そこでイメージが大切だということなと水の原子式H2Oの原子構造と凍るというのは原子の振動が少なくなるのでそれも含めてイメージしたらどうなるだろうと考えてやってみた。これがバッチリ決まってカンカンの氷が出来た。そしてこのイメージでできた氷はなかなか融けず融けたとき水になった。
もしかしてと思って、魔力をこねた塊を鉄の原子をイメージしたら即寝落ちしていた。そのときは師匠かに怒られたよ。
だから最初は針のようなものからイメージして、今では五寸釘くらいのものまで作れるようになった。
まあ、魔法のことは師匠には言っていないし師匠も聞きたくないだろう。
『師匠と言えば最近昔話が多くなってきたなと思う。集中力も落ちてきたみたいだし、ちょっと心配だなあ。』
聖暦二三二五年一月一日
今日から新しい年になった。師匠から東食のときに
「新しい年になったのでカミーに話しておきたいことがあるんだ。」
「はい師匠。どのようなことでしょうか。」
「何かあってからではいけないので今のうちに話しておきたい。
あたしが死んだらこの薬草園は人の手に渡る。カミーが継ぐことは認められないだろう。なぜだかわかるか?」
「フアンから少し聞きました。」
調剤師になる為には魔力が必要で、魔力を持っているが行使できない師匠や魔力のない俺の存在は村社会としては受け入れられてはいない。師匠は村に貢献してきたことや高齢であることからやむなく認められているとフアンから聞いていた。
「それなら説明する必要はないな。あたしは麻酔薬や活性薬の作り方を秘匿してきた。村長には薬草を掛け合わせて品種を改良したと報告していたが、実はそれだけではないことをおまえが良く知っているだろう。あたしは魔力行使を制限されている故に発見できた植物魔法をおまえに伝えることが出来た。あたしには二つの夢があった。一つはねカミーが叶えてくれた。あたしは見かけより歳なんだよ。あたしの植物魔法があたしの代で失われるのが惜しくて後継者が欲しかったけれど魔力持ちはあたしの弟子にはならなかった。それでも希望は捨てられず村長に何度も頼んでいたんだよ。そんなときカミーが連れてこられたんだ。事情は知らないけど魔力保有を隠しているあんたがね。この六年はあたしには本当に楽しい六年だったんだよ。」
「もう一つの夢は叶えられなかった。あたしやあんたのように攫われてきた人間は村の外に出ることは出来ないんだ。結婚して子供でもできれば村をでることも出来ただろうけど魔法が使えないあたしと世帯を持とうなんて考える男はひとりも現れなかったし、あたしの方もその気は全くなかったよ。それで村中を歩いて抜け道がないか探したけれど一切なかった。北尾根の崖のところには見張りがなかったけど。あの崖を降りることは出来なかったよ。でもそのおかげで薬草を見つけることが出来た。」
「自由になりたかったなあ!」
「・・・・・・」
俺に発せる言葉はなかった。
「カミーこの手帳を渡しておく。速記だけどカミーは読めるだろう。」
そう言って手帳を渡してくれた。
「ありがとうございます。大切にします。」
「これであたしの話は終わりだ。」
師匠が食事の後かたずけを始めたので俺も何も言わずに手伝った。その後薬草の手入れと今日の調剤をこなした。最近の調剤作業はすべて俺がやっている。師匠は俺の作業を見つめているか、研究資料を眺めたり掃除をしたりしている。
聖暦二三二五年二月
二月になると暖かな日には師匠が納品についてくるようになった。そして俺が納品の準備をしている間フアンと世間話に興じた。帰宅途中の買い物でも楽しそうに店員と話した。
家で作業しているときに突然やって来て俺をハグしてくれる。やさしく包み込むように結構長時間ハグをしてくれるんだ。ときには調剤時間を超過するのでオタオタすることもあった。ある日食事のときに少しだけど
「あなたももう大きくなったのだから少しくらい持っていなさい。」
と言って袋をくれた。銀貨と銅貨が入っていた。
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