第14話 陰村の生活1

聖暦二三二二年三月二七日


 永かった冬も終わり木々の目もほころぶ春、師匠の弟子となって約二年九か月、俺は六歳になった。吹雪が途絶え時折日が差し始めた頃から俺は師匠のお供をして山中に入るようになった。降り積もった雪をかき分けて現れる新芽を収穫して行く。師匠はその薬草の名前や効能を俺に話しながら採取方法を示してくれた。


 雪解け水がせせらぎとなり小川となって山の斜面を流れるようになり、日陰には積雪が残っているが、心地よい冷風が肌をなでる暖かな日差しの今日。


「カミー! 北尾根の方へ行くぞ。少し時間はかかるが、今しか収穫できない薬草があるんだ。弁当も作ったから今日は一日仕事だよ!」


 師匠は優しく微笑むと作業小屋からロープと採取駕籠を出してきた。俺はその採取駕籠を担いで師匠の後をついて行く。


 俺は師匠の後をついて斜面を登っていった。斜面はやがて急斜面となり時々四つ這いにならないと登れなくなる。かれこれ二時間ほど経った頃、突然視界が広がった。北尾根だ!尾根の右手は崖になっていた。


「尾根づたいにもう少し進む。落ちないように注意して歩けよ! 落ちたら多分助からん。」

「はい!」


 しばらく進んで石舞台のように崖にせり出している岩に到着した。


「着いたわ!」


 石舞台の上で水を飲み少し休憩する。休憩が終わると師匠は石舞台に打ち込まれた杭にロープを結わえ、もう一方の端を身体に括り付けて石舞台の横から崖を降りだした。


「師匠!気をつけてください!」

「わかってる!」


 崖に突き出た岩に足をかけながら少しづつ降りて行く。俺はロープをたるませないようにしながら師匠の降下を手助けする。師匠の身体が岩の陰になり見づらくなってきたとき


「おーあるある!」

「師匠大丈夫ですか?」

「大丈夫!大丈夫!」


 それからしばらくして師匠が崖を昇ってきた。石舞台に座り薬草の採取方法や薬効を俺に説明しながら採取駕籠に移した。


「それじゃあカミー お前の番だ!」

「えっ! ・・ はい!わかりました!」


『嫌なんて言えない。やるだけだ!』


「心配するなここで支えていてやる。安心していって来い。ちゃんと石の上に足をのせるんだぞ!」

「はい! わかりました!」


 俺はロープを身体に結わえて崖を降り始めた。手で身体を支えながら足先で、しっかりとした足場を探りながら降りて行く。


「腕がちじんでいると足で支えられないぞ! 足で支えるためには上半身を崖から離した方が安定するんだ。」


 確かに上半身を崖から離す方がしっかりと立てる気がする。下を見ると怖いので視線は崖側だけを見るようにしている。少しづつ降りながら薬草を探して行った。岩と岩の間から薬草らしい植物が目についたので、そちらの方へ身体を持って行く。


『あった! ゆっくり慎重に!』


 俺は心の中で慎重にと声をかけながら採取を行う。袋に入れながら次の薬草を探す。集中して時間を忘れるようになった頃、師匠から


「そろそろ上がってこい!」


と声がした。


『さあ!あがろう。慎重に!慎重に!』


 何とか崖を昇って、石舞台の上で大きく息をついだ。二~三度息継ぎをしたとき二十メートルほど先に魔力の塊を見つけた。大型の猫のようなものが見えた。


『これって魔獣だよね! 師匠の裏なので師匠は気づいていない! どうしよう?』


 俺はじりじりと石舞台の上を移動して師匠から魔獣の視線を外すように動いた。魔獣はするすると師匠の方に近づいてくる。師匠から十メートルほどになったとき手に持っていた採取用のナイフを魔獣へ投げつけた。魔獣は目標を俺に変えて飛び掛かってきた。俺は避けようとしてとっさに石舞台から飛んだ。そのとき魔獣に槍のような物体が突き刺さって、魔獣の方向が変わった。そして俺を越えて崖を飛んで行った。魔獣はちょっともがいた様子だったがそのまま一直線に崖下へ落ちて行った。気がつくと俺は宙づりになっていた。


「カミー!」


 師匠の声が聞こえたみたいだったが俺はそのまま気が遠くなっていった。目が覚めたとき、師匠と男が心配そうに俺を見ていた。


「カミー!大丈夫?」

「胸のところが痛いけど、たぶん大丈夫と思う。」


とおれは答えた。


「村の結界を抜けた魔獣がいたので追跡していた。もうだめかと思ったんだが・・・良かった!」


と男が言った。


「あかんと思ったとき、魔獣に槍のようなものが刺さって、方向が変わったので助かりました。助けていただいたのでしょうか?」

「そうだ!俺の魔法が間に合ったようだな。」

「あんな魔法があるんですね?」

「まあな、俺は火の玉を出すより物質化魔法の方が得意なんだよ。」

「ところで歩けるかい?」


俺は立ち上がって足踏みをしてみた。


「どうやら大丈夫なようです。ありがとうございました。」

「そうか。それなら行くぜ!」

「お世話になりました。ありがとうございました。」


師匠と俺は男に丁寧にお礼を言った。


「あばよ!」


男は去っていった。


「ちょっと疲れちゃったね! お弁当でも食べようか?」

「はい! おなかが空きました。」


 いろんなことがあってお昼のご飯が食べられなかった。本当は帰る時間なんだけど・・お弁当を食べることにした。


「ねえ!師匠。」

「なに?」

「あんな魔法があるんですねえ?」

「ああそうか、カミーは知らないのね。私はこの村に来て永いから村の人が秘密にしている魔法は知らないけど一般的な魔法の練習方法は知っているわよ。カミーは魔法のこと知りたいの?」

「はい!知りたいです。」

「子供たちが川辺で柳の枝を水につけてから柳の枝をびゅっと振って水滴を飛ばしているのを見たことがない?」

「見たことがあります。」

「あれはね初級魔法の鎌鼬を練習しているところなのよ。」

「えっ???」

「水滴が飛ぶのをイメージさせるためなの。イメージが出来てきたら魔力で水滴を飛ばす訓練をするのよ。水滴を飛ばせるようになったらその水滴を凍らせるの。凍らせるようになると次にその氷をナイフの様に薄くのばすイメージを育てるのよ。後は距離を伸ばすこと、氷の強度を上げる訓練をして行くの。うまくイメージできれば遠くの枝なんか切り飛ばすことが出来るようになるわ。わかった?」

「ええっと!さっきの男の人は槍のようなものだったけど?」

「鎌鼬の次の段階は知らないけど槍をイメージしたんでしょうね。多分だけど。その方法は独自技術だろうから知らないわ。あの男の人が開発したのか、師匠から学んだかは知らないし、部外者は知ってはいけないのよ。殺されても文句を言えないわ。それにカミーは魔力なしでしょう。」

「・・・・」

「じゃっ帰ろうか。」


 俺たちは帰途についた。道中俺の頭の中は男が使った魔法と師匠の言葉がぐるぐると回っていた。

 日が落ちてようやく家に着いた。簡単に夜食を食べると師匠は薬草の作業をやってから寝るという。俺はすぐに寝るように言われた。おれはベッドに入ると魔法のことを考えた。


『魔法はイメージなのか。』


 魔獣のことやその時の俺の対応、男の魔法、魔法の訓練方法が頭の中をぐるぐる回っている。


『魔法はイメージなのか・・・』

『十分な対応が出来なかったなあ・・・』

『今のままではダメだ・・・』


俺は自分が情けなかった。


『強くならないと・・次は師匠を助けることが出来るように強くならないと・・・』


明日から訓練しようと考えている内に眠ってしまっていた。


聖暦二三二二年三月二八日


 まだ薄暗い頃、目を覚ました。


『身体強化が咄嗟にできれば遅れは取らなかった。魔法は全く使えなかった。咄嗟に対応するための訓練が必要だ。よし今日から訓練だ!』


 俺は今までやっていた魔力の訓練に加えて身体の訓練もする事にした。とにかく基礎体力を上げること咄嗟の対応力をつけること、身体強化しないでも戦えるようにすることを目標にした。


 庭に出て柔軟体操をする。そして走り始めた。




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