第9話 陰村

聖暦二三一九年六月十四日


 朝食を早くに済ませ俺たちは荷馬車隊に加わって出発した。日中は馬車の中に隠れたが夜は外に出ることができた。二晩を荷馬車隊とともにキャンプした後、荷馬車隊と別れて山の中へ分け入った。険しい山路を数時間たどる。


聖暦二三一九年六月十六日


「止まれ! どこに行く?」

「ダビドとアダリナだ村へ帰る。」


ダビドの指先が素早く動いている。

しばらくして


「よしわかった通れ!」


 声はするけど姿は見えない。それからしばらく進むと家の家並みが見えてきた。


「村だ!」


 門のところで帰村の届け出をして村長の居場所を確認し、村の中へ入っていった。


「帰村報告が先だ!」

「わかってる。」


 広場の前にある屋敷に入ると老婆と男が言い争っていた。


「この間、生まれた子をくれ。」

「だめだ!あれはもう決まっている。」

「もう二年前から頼んでいるだろう。何時になったら・・」


突然男が俺を指さして


「それはなんだ!」

「谷に落ちていたので拾ってきた。魔力持ちらしい。」


ダビドはポケットからルースの水晶を取り出した。


「違う! それはルースの!」

「俺のじゃない! ルースが司祭様からもらったんだ。」


俺は全力で否定した。


「ええい! 魔力検知晶石を持ってこい!」


しばらくして魔力検知晶石が運び込まれてきた。


「小僧!これをさわれ!」


男に言われ俺はその水晶に触れたが水晶は輝かなかった。


「どうやら小僧の言うことが本当だな。」

「えっ!」


ダビドは水晶のペンダントを出したまま硬直した。


「その小僧をくれ。予定外だろう。丁度良いじゃあないか。」


老婆が男に懇願する。男は俺と老婆とダビドを順番に見回すとダビドにそれでいいかと尋ねた。ダビドは何も言わずに首を縦に振った。


「よしわかった。きちんとぼうずを育てるんだぞ。」

「わかってるさ。ぼうず名前はなんて言うんだい?」

「カミー。」

「カミーか。良い名前だ。あたしはノエミだよ。」


 ノエミに連れられ、屋敷を出て道沿いに村奥に進んだところにあるノエミの家に入った。


「カミー 腹は減っていないか?」

「おなか空いたよ。」

「よし、ちょっと待ってろ。」


 ノエミはテーブルにいくつかの食べ物を並べて俺に食べるように促した。


「食べながらで良いから聞け!」

「・・・」

「あたしは五歳のころこの村にやってきた。カミーお前と同じように拾われてな。それから数十年ここにいる。」

「本当?」

「本当だ。 お前もいずれわかる。」

「それでだ、あたしには弟子がおらん。だからお前をあたしの弟子にする。嫌ならそれでもいいが、この村で生きていくのはつらいぞ。どうする?」

「弟子って?」

「あたしは薬を作っている。普通には調剤師とか言うらしい。」

「わかった・・・弟子になる。」


『弟子になる』以外の返答はできなかった。右も左も判断できない状況では状況を受け入れる以外の選択はない。食べ物をくれるということは生きていけるということだろう。


「今日はもう寝ろ!」


 梯子を昇った屋根裏に薬草だろうか? 草が沢山積まれているところ、明り取りの窓の傍に寝床をつくった。そしてここで寝るように言われた。


聖暦二三一九年六月十七日


 薄日が差し始めた頃に目が覚め、寝床から起き上がり窓から眺めると鬱蒼と茂る森林、遠景に山々の連なりが見える。


『ああ! ここがこれから俺の住むところになるのか・・』


 これからの人生がどうなって行くのか、ちょっと複雑な思いを感じていた。トントンと梯子を昇る音がする。


「あら!起きていたのかい。じゃあついて来な。」


ノエミは俺を家の裏手にある薬草園へ連れて行った。


「ここがあたしの薬草園だよ。薬草は環境が変わると性質が変化してしまうものもあるが、できるだけ移植するようにしてきた。カミーあんたはあたしと一緒に薬草園の世話をするんだ。」


 薬草園の中央を小川が流れていた。小川の周囲にいろいろな種類の植物が茂っていた。ノエミは薬草園の小道を歩きながら植物の名前と簡単に薬効を伝えて行く。


「植物の種類と名前と薬効を覚えるんだよ!覚えているかどうか時々確認するからね!」

「・・・」

「返事は? あんたが理解しているのはわかっているんだよ。」

「・・わかりました・・・」


 三歳のガキに求める言葉じゃあないだろうと思ったが・・俺は返事をした。ノエミは満足そうにうなづくと小道をたどりながら説明を加えて行く。俺は必死で聞いたことを口の中で繰り返していった。ノエミが時折植物を覆うようにしているときがあった。


『何をしているんだろう?』


 何度かその様子を見ているとあるときうっすらと本当に薄く、ノエミの手先から魔力が流れ出し薬草に注いでいるのが見えた。俺は目を丸くしてその様子を見ていたら、何度目かのときに


「あたしは魔力があるけど魔力を外に出す経路が細いんだよ。だから戦闘では使えなかった。だけどあたしの師匠があたしを弟子にしてくれたんだ。この薬草園の世話を続けていると見えてきたんだよ。植物の魔力がね。とても小さくて、とても弱々しいんだけど、植物にも魔力を持つものがあることが見えてきたんだよ。

 でだ・・・ あたしには見えるんだよ。カミーあんたの魔力がね。植物の魔力が見えるようになると人間の魔力も見えるようになるんだよ。魔力テストのとき、魔力の流出が止まった。なんで魔力を隠しているかは知らないけれど、あたしにとってはチャンスだったんだよ。村長に何年も前から魔力もちの弟子が欲しいと言ってきたんだけど。あたしみたいなタイプの魔力もちは珍しくてね。普通の魔力もちは戦力になるから・・・

 だから二年ほど前から魔力なしでもかまわないと思ってたんだけど・・・だからあんたをくれって言ったんだよ!

”魔力を隠したいあんた”と”魔力もちが欲しいあたし”と”魔力なしと判断した”村長の利害が一致したんだよ。あんたが弟子をしている限りあたしはあんたの秘密は言わない。約束する。」

 返事は一つしかなかった。ただ言えるのは俺にも悪い選択ではないということだ。こうして俺はノエミの弟子となった。

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