第6話 誘拐2
「少しの間のつきあいだが、自己紹介をしようじゃないか。 俺は”ガリシアの新星”のリーダーをしているブラッドだ。隣にいるのがキャロ、その隣がウーゴ、向かいに座っているのがマッキーだ。Cランクのパーティになる。ボンフェラータ侯爵領へ魔獣狩りに行くところだ。」
「私はガリシアのフライド商会のクリスです。アストルまで行きます。しばらくの間よろしく頼みます。」
「ロランス商会で働いているダビドです。こちらは家内のアダリナと子供のカミーです。お休みをいただいて里帰りをします。」
「ロランス商会と言ったら帝国でも大手じゃないですか。フライド商会とも懇意にしていただいてますよ。」
「大手と言っても私たちは下っ端の従業員ですから・・」
その後はガリシアの新星が魔獣退治の話を始めた。聞くともなく聞いている内に寝入ってしまった。
お昼過ぎに国境に到着し、全員問題なくスペン帝国に進むことができた。みんなも疲れたのか何もしゃべらず外を見ていた。
『喋りつかれたのかな?』
ビリャフに到着するとフライド商会のクリスは宿屋に泊まると告げて出て行った。ガリシアの新星たちも今日は無礼講だとか言って出かけて行った。吟遊詩人は何も言わずに出て行ったが仕事なんだろうな。
御者たちも食事をするといって出かけたので、今は俺たちだけだ。ダビドは
「俺たちは出かけるわけには行かない。」
と食事の準備を始めた。パンと干し肉のスープで食事を取った。食事後ダビドがアダリナに
「ちょっと見てくる。」
といって出かけた。
「いつもは小屋泊まりになんかしないんだけど、節約していることにしているから宿屋には泊まるわけにはいかないのよ。」
「吟遊詩人の人・・ちょっと怖い!」
「えっ! どんなところが怖いの?」
「なんとなく・・だけど。」
「そう・・」
『大きな魔力を持っているなんて言えない。俺にできるのはほのめかすことだけ、これで少しでも気にかけてくれればよいな。』
しばらくしてダビドが戻ってきた。
「少し仕掛けをしておいた。俺が先に寝る。」
ダビドは部屋の隅の薄暗いところで横になると静かになった。アダリナは火の近くに寝袋を膨らませてダビドが寝ているように装った。
「じゃあ、カミーもおやすみなさい。」
「わかった。」
しばらくして御者たちが戻ってきたようだったが、いつの間にか寝入ってしまっていた。
聖暦二三一九年六月二日
朝食を食べているときフライド商会のクリスが戻ってきた。それからしばらくしてガリシアの新星たちが戻ってきた。ブラッドがマッキーとウーゴに首尾はどうだったか尋ねていた。マッキーもウーゴもそれなりの表情だったので『首尾は上々』ということだろう。
護衛のエンリケから昼にはボッフェラに着く、今日の夜は野宿になるので必要なものをボッフェラで購入しておくようにとの話があった。
出発の間際に吟遊詩人のフィラディアが帰ってきた。顔がほころんでいたので
『何か良いことがあったんだろう。』
出発してしばらくはキャロがマッキーとウーゴのビリャフの首尾をからかっていた。マッキーはウーゴはキャロに自慢するわけにもいかず、ひたすら低姿勢で対応している。
ボッフェラではアダリナが串焼きを買ってくれた。久しぶりの焼肉はとてもおいしかった。アダリナは野菜と香辛料を購入していた。馬車に戻るとフライド商会のクリスが
「エールを一樽買った。今日は宴会だ。フィラディア、歌と音楽を頼むよ!」
「それは嬉しいな。了解だぜ。」
「それは楽しみだ。昨日は飲みすぎたから、今日は控えめにしないと・・」
「バカ言え、迎え酒だ!」
みんなワイワイ楽しみにしていることをしゃべりあった。
少し早めに野宿場所に到着した。野宿場所と言っても乗合馬車用のため三方が堀と塀で囲まれている。屋根はないが今日は快晴だ。アダリナとキャロが買ってきた野菜と干し肉で料理を作っている。男たちはさっそくエールを飲み始めた。ダビドとアダリナもエールを一杯づつもらい野宿場所の片隅で俺たちは食事を取った。
暗くなってフィラディアの歌と演奏が始まった。ガリーシア商人の遠洋航海と帰還を待つ女性の悲恋の話はしんみりとさせられるものだったし、スペン帝国建国の父カールダルム一世の建国叙事詩は勇壮で手に汗握るものだった。みんながフィラディアに拍手と投げ銭をしていた。
「さあ! 今日はこれで終わりだ! フィラディアに拍手をして解散としよう。」
クリスの解散宣言でお開きとなり、アダリナとキャロが後片付けをしていた。
聖暦二三一九年六月三日
今日は少し曇り空だ。俺たちは簡単な食事をとると出発した。ガリシアの新星の連中ははにぎやかにしている。クリスにそれぞれが礼を言っていた。吟遊詩人のフィラディアも昨晩の感謝をクリスに言っていた。クリスの方もフィラディアを労っていた。
「これから領都アストルまでおよそ六十キロメートル、今日は山岳路になる。これから峠を越えるので気を付けて欲しい。」とエンリケから注意があった。
登りは結構険しくて、馬を休める意味でも男は馬車を降りて歩くことになっている。キャロとアダリナと俺は馬車だ。男たちは黙々と歩いている。クリスは『なんで俺が・・・』とかなんとかぶつぶつ言っているがよく聞こえない。
「山側の中腹あたりに動くものが見える。魔獣かもしれない。」
エンリケが伝えてきた。
「なにっ! 魔獣だって、ちょうどいいじゃないか。」
「どれどれ・・ウルフ系の魔獣のようだな。おい!エンリケ俺たちが倒したら、魔物を運んでくれるか?」
「運賃をくれるならいいぜ!」
「よし! みんなやるぞ!」
「マッキー止めろよ!」
「まかせとけ!」
マッキーとブラッドは前に出ていく。マッキーたちが近づくと魔獣はマッキーの方に飛び出すそぶりをみせた。そのときウーゴの放った矢が魔獣の左肩に命中した。
「よし! 命中だ!」
一瞬怯みを見せた魔獣がマッキーに向かって一直線に突進する。ガーンと音がしてマッキーの盾に跳ね返されたウルフがとんぼ返りを打ったように着地した。そこにキャロが放ったファイアーボールが命中する。転げまわる魔獣に追いついたブラドの大剣がきらめいた。
「よし終わりだ!」
「ウーゴ頼む。」
ウーゴは魔獣に近づくとナイフを取り出して何かしている。やがて、
「結構でかい魔石だぜ。」
とブラッドに見せていた。それから血抜きをして梱包すると馬車の後部に積み込んだ。
「さあ出発だ!」
エンリケの合図で馬車は動き出した。
「キャロさんすごいです。 魔法を初めて見ました!」
つい俺は声を出してしまった。
「すごく早かったけど詠唱はしなくていいのかい?」
「詠唱はイメージを強化するものだから、イメージさえできれば詠唱はいらないのよ。」
クリスの質問にキャロが気軽に答えた。
俺は子供らしくない発言をしてしまったが、どうやら気づかれなかったようだ。
『気をつけないと・・・』
『魔法はイメージなのか。ファイヤーボールってどんなイメージなんだろう。着火の魔法は火をつけるイメージだったなあ。ああ火の塊をイメージするのか。飛ばすイメージって? そうか投げるイメージでいいのかな?』
俺は試してみたかったが一人になる機会がないのは残念だった。馬車内はしばらく盛り上がっていたがそのうち静かになていった。
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