第5話 誘拐1

聖暦二三一九年五月二十九日


 ミリーが王都の学園に入学して一年が過ぎた。毎月の手紙を見ると、この頃は友達もできて楽しく生活している様子が伺えるようになった。始めは村に帰りたいなんて泣き言を言っていたのがウソみたいだ。


 俺は三歳になって約半年たった。昨年十月に弟のマックが生まれた。マミーはマックの世話で俺にまで目が届いていない。俺はこれ幸いと魔力の訓練に余念がない。魔力を身体から五十センチほど離すことができるようになったので、魔力を右手の平から出して頭の上をぐるりと回し左手の平から吸収する循環訓練を行っている。この訓練をすると・・・


「カミー! カミー 起きて!」

「マミーどうしたの?」

「シルビーが生まれそうだから、ルースを預かりに行くわ。カミー一緒に行く?」

「う~ん・・ 待っていようかな。」

「わかったわ。じゃあ行くわね。」


 どうやら寝落ちしていたようだ。

 お隣のシルビーが妊娠中で今日にも生まれるらしい。それで、ルースを預かりに行ったのだが、ルースはタックと剣術の稽古もどきをしている。だからかもしれんが、俺を見かけると殴るような動作をしてくる。俺は争いごとを好まないのでひたすら逃げる。逃げると追いかけてくる。大人たちはその様子を微笑ましく見ているだけだ。俺の気持ちも考えずに『くそ!たすけてくれ・・』と思うところだ。


『ようやく寝たか!』

俺の上で涎を垂らしながらルースが寝ている。身体強化をしているので重くはないが・・『煩わしい!』


 マミーはルースを連れ帰ってきて食事を取った後、俺とルースをベッドに放り込むと慌ただしく出かけて行った。ダディはタックと子供の誕生を待ちながら飲み会をしているらしい。俺は手の平に出した魔力を粘土のようにこね回していた。練ってばかりでは退屈するので、ウサギとか熊とかを作ってみたりする。透明だから俺しか見えないのだが・・

 ルースが寝苦しいのか首のペンダントを引っ張ている。

『ペンダントが切れるぞ!』

と思ったとき・・・・


聖暦二三一九年五月三十日


 『身体がガタガタ振動するなあ!』と目を覚ました。周囲の風景がビュンビュン通り過ぎて行く。

 『なんだこれは? 一体どうしたんだ??』

頭がゴンゴンと振られる。どうやら誰かの背中にくくりつけられているようだ。その誰かがかなりのスピードで走っているため、その振動で頭が振られているのがわかった。


「ダビド 目が覚めたみたいよ!」

「わかった。 この先で休憩しよう。」


 しばらく進んだ木陰で背中から降ろされた。


「私はアダリナ こっちはダビドよ。 あなたは?」

「カミー マミーはどこ?」

「ママがどこにいるのかは知らない。カミー、君は谷で倒れていたんだ。」

「えっ・・・・・・」

『う そ だろう・・』


 まあ、寝落ちしていたから記憶にはない。完全に嘘だともいえない状況だ。


「カミーが住んでいたところは覚えているかい?」

「ヘルマンさんがいたし、マミーの友達のシルビーとか・・・でも・・・村の名前は知らないよ。」

「そうか。 申し訳ないが俺たちは急いで戻らなくてはならないから、カミーの村を探す余裕はないんだ。それで、カミーを連れてゆくけど、用事を済ませたらカミーの村を探す余裕ができるかもしれない。それで良いかな?」

「うん・・・・」


 承諾する以外に方策はなかった。精神年齢は三五歳でも今の年齢は三歳なので一人で行動することはできなかったし、ダビドもアダリナも悪い人のようには見えなかった。それに・・マミーもダディも遺伝子的には繋がりがあっても、精神的には転生者なので近しい親戚程度の認識でしかない。精神年齢が三十五歳というのはある意味冷たいところがあるということだ。


 再びダビドに背負われて走り出した。何か特徴のある物体がないかと周囲を見回してみたが、森を抜け、林を走り、道なき道をただひたすら走り抜けるのみ、変わり映えのしない風景はただ混乱を深めるだけだった。そんなこんなしている内に男の背中で寝てしまっていた。そして気がつくと宿屋の中だった。


「もう遅いから、食事は部屋で食べるわよ。」


 アダリナは串焼きとパンを俺に渡すと隣で食べ始めた。ダビドがエールを二杯運んできた。一杯をアダリナに渡して自分も食事を始めた。


「カミー。 明日からは乗合馬車で行く、俺とアダリナは夫婦でお前は子供だ。俺たち以外とは誰ともしゃべるな! 約束できるな?」

「わかった。 ダビドがダディでアダリナがマミーだね。」

「あら! よくわかっているじゃない。余計なことを言っちゃあだめだからね。とても危ないのよ。」


 何が危ないのかは不明だが、道なき道を通り抜けてきたことや周囲を警戒する様子から、彼らの緊張ぶりはわかっていた。


聖歴二三一九年六月一日


 朝早く宿屋で食事をとって出発した。街の門を出る。入り口側は個別にチェックをしているが出口側は何のチェックもなく街を出ることができた。入り口側を見ていると


「入るときはお金がいるからね!」とアダリナが教えてくれた。


 ダビドが馬車のところで誰かと話していたがどうやら折り合いがついたらしく、こちらに手を振った。馬車に近づくと丁度乗降を始めたところで、皆が乗り込むのを待って最後に乗合馬車に乗り込んだ。


 ダビドは「レオンまで行きます。みなさんよろしくお願いします。」とあいさつした。


 先に乗車していたちょっと派手っぽい服装の女の人が


「かわいらしいわね! 幾つなの?」

「カミー、三歳!」

「わあ! いいわねえ! ブラッド私も子供が欲しいわ!」


 大柄の男性が突然むせたように「ゲフン・・」と口を押えた。


そのとき「みなさん しばらくご一緒します。 フィラのフィラディアです。 目的地はありません。」と挨拶して男が乗り込んできた。


『わっ! すごい魔力だ!』


狐目でひょろりとしている男だけどびっくりするくらい大きな魔力を持っていた。


「吟遊詩人かい?」

「そうです。足の行くまま気の向くままに旅をしています。」男は丁寧に返事した。

「これは楽しみができた。私はアストルまで行くんだが、どこかでゆっくりと聞かせてもらいたい。」

「はい。わかりました。」

「お待たせしました。時間になりましたので出発します。」


 御者が声をかけてドアを閉じた。馬車が最初はゆっくりとだんだん早くスピードを上げてゆく。


 

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