第16話 戦後処理
貧民街での戦闘から半日後、キャロルたちは無事に城下街まで帰還した。
ギル一味はシュシュの転送によって王都の牢獄に収監。裁判を待つ運びとなった。
保護された少女は国が建てた施設へと護送された。そこで今後の生活を送り、里親となる人物を探すこととなる。
城下街までやってきたところで4人は二手に分かれた。キャロルとマユメは城へ。マユメはキャロルの護衛を七ツ宝具“冠”のヴォルクに引き継ぐと、すぐに病棟送りとなった。
ウィルとシュシュは、馬に跨って王都の門を出た。行き先は山を一つ越えた湖のほとり。王族の別荘地だ。
王家に関わる“特別な何か”があった場合、七ツ宝具には報告義務がある。今回、姫君であるキャロルが命を狙われた出来事はそれに該当する。
本来なら報告先は団長であるレイだが、彼女は王の護衛で隣国にいる。不在の間、その役割は“盾“のクロードが担っていた。
そのクロードは王妃の護衛についており、王妃とともに別荘にいる。
ウィルたちの到着は深夜になった。
「何があった」
呼び出されたクロードは開口一番にそう尋ねた。口を開いたのはシュシュだった。
「お姉さんに任せて、ウィルは大人しくしときなさいよ!」
釘を刺されていたウィルは、置物のように立っていた。
姫君に怪我はない。そう耳にした時、一瞬だけクロードの表情が緩んだのをウィルは見た。それ以外の時はずっと険しい顔をしていた。
そして。
「ご苦労だった。お前たちの処分は追って伝える」
捨てるように言い残して、王妃の寝室前へと戻っていった。
「貧民街って……あなたたち何を考えているのよ」
クロードが退室した後、こめかみを押さえながらミュゼが口を開いた。クロードとともに王妃の護衛にあたっていた彼女もまた、ここに同席して話を聞いていた。
「あそこがどういう場所か、知らないわけじゃないでしょう。姫様の身に迫る危険を排除する。それが私たちの仕事だというのに」
「わかってるよ。でも姫様の希望を叶えるのもわたしたちの仕事でしょ?」
「仕事にも優先順位というものが」」
「あー、もううるさいなあ。お説教ならクロードから受けたんだしもういいでしょ」
耳を塞ぐジェスチャーのシュシュに、ミュゼは「説教で済まないから言っているのよ」とため息をついた。
「その事だが」
二人が言い合いを所在なさげに見守っていたウィルが、そこでようやく口を開いた。
「キャロルに怪我はなかった。俺たちが敵の襲撃を凌いだからだ。
話の流れじゃ罰を受けることになりそうだが、これは危険を排除したことにはならないのか」
苛立った様子でペンを回していたミュゼは、尖ったペン先をウィルに向けた。
「それも優先順位。危険を排除することの究極は、危険に近づかない事でしょう?」
返す言葉もない。ウィルとシュシュは下を向いて押し黙った。
「レイ団長が不在の時に限って……。クロードはこういうのに厳しいわよ。
シュシュ、あなたの魔術は色々な面で換えがきかないの。罰なんて受けてる場合じゃないでしょう。
ウィル、あなたも。入団したばかりで大事な時期だというのに」
ぶつぶつ言われながら、心配してもらっているのは二人にもわかった。
わかったので、とりあえず申し訳なさそうな顔をしておこう。二人は目配せをしながらそんなことを思った。
「二人とも、事の深刻さがわかっているの? 場合によると思うけれど、クロードの事だからかなり厳しい労働や謹慎が待っているはずよ」
「え、それだけ?」
「甘く見ているわね。以前、不祥事を起こして真冬に20mの井戸掘りをさせられた衛兵もいたわ」
ミュゼの答えに、ウィルはふむ、と口元に手を当てた。
「似たようなやつだが、100mくらいのトンネルを一人で掘った事ならあるぞ。落盤で4回くらい死にかけたな」
「——エピソードを超えてこないでよ。話の腰が折れるじゃない」
というか何をやらかしたらそんな罰をくらうのかしら。ほとんど叱られたこともない優等生のミュゼにはいまいち想像がつかなかった。
「ともかく一定の間は護衛の任務を外される可能性は高いわ。
それは七ツ宝具にとって恥でしかない。そういう罰と思いなさい」
恥をかくことが罰。その感覚がいまいちウィルには掴めなかった。
何かの結果と、自分のプライドを秤にかけたことがなかったからだ。
「よくわからないが、それならしばらく自由がきかないことになりそうだな。
それなら処分とやらが下るまでに色々やっておくか」
「色々って?」
「色々だよ」
言いたくないなら詮索するつもりはないけれど……。気怠げにそんなことを言いながらも、ミュゼは鋭い眼光をウィルに向けた。
「あまりハメを外しすぎないでね。型破りなのはあなたの長所でもあるのでしょうけれど、少し危うさも感じる。
その危うさが姫様に及ぶようなことがあるなら、私は護衛として排除しなくてはいけなくなる。
相手がたとえ七ツ宝具であっても」
ミュゼの言葉はこれまでよりも踏み込んだ忠告。というよりも警告の色を帯びていた。
七ツ宝具同士の戦闘はご法度。ただし、一方が規律に違反した場合や、任務の内容に衝突がある場合にはその限りではなくなる。事実、過去にはそんなこともあったのだという。
「私はできれば、七ツ宝具同士の仲違いなんて望まない。怪我人なんて出ないのが一番なのだから」
「同感だな」
肌を刺すようなミュゼの魔力を全身に感じながらウィルは頷いた。
彼らはそれぞれが、国の最高戦力たる七ツ宝具。
ぶつかり合えばただではすまない。
「ちゃんと反省しているし、忠告もありがたく思ってるよ。余計なことはしない。キャロルのためにもならないしな」
「——そーよそーよ。ミュゼの言う通り。反省なさいよ、ウィル」
「シュシュ。半分はあなたに言ったつもりよ。わかってる? 大体あなたも先輩でありながら……」
「げ! 説教の矛先がこっちきた」
しまったあ、と口をつぐんだシュシュだが、時すでに遅し。終わりかけた説教が再開する。
口を挟むタイミングが下手すぎだろう。気の毒な視線だけをシュシュに残し、ウィルは足音を殺して部屋を出た。
先輩の講釈ならいつでも受けられる。今しかできないことをしなくては。
夜明けには城に戻れるだろう。ウィルは馬に跨ると、来た道を戻って行った。
夜道であったことや馬の疲労もあってか、ウィルが城に戻ったのは昼前だった。
キャロルの居所を衛兵に尋ねると、病棟にいることを伝えられた。入院したマユメの見舞いに行ったとのことだ。
ウィルがキャロルの姿を見つけたのは病棟の前だった。ぼんやりと花壇の白い花を見つめている。
「マユメの様子はどうだ」
声をかけると、「あ……ウィル。もう戻ったんだね」キャロルは力のない笑顔を向けた。
聞けば朝から見舞いに行ったのではなく、昨日の夜からずっといたのだという。
「しばらく入院だけれど、命に別状はないって」
「そうか。だったらキャロルも休んだ方がいい。昨日はハードな一日だっただろう」
「ハードだったのはマユメさんやウィルたちのほうだよ。私は……ただ守られていただけ」
消え入りそうな呟きに、ウィルは「キャロルはそれが仕事だろ」と言いながら、隣に腰掛けた。
「守られるのはキャロルの仕事。守るのは俺たちの仕事。何も気にすることはないはずだ。
マユメが傷ついたことを気に病んでいるなら、それも筋違いだ。俺たちは命を落とすことも仕事のうちに含まれている」
「私のために? ……私はそんなの嫌だよ。
それに貧民街に行ったのは私がお願いしたこと。私がマユメを傷つけたのと同じだよ」
胸を押さえるキャロル。話していながら、ウィルは困ったように頬をかいた。
今回、キャロルが貧民街に行ったのにはちゃんと目的があった。それに、結果として女の子を助ける結果になった。
王族として国民の命を救った。護衛が一人傷ついただけなら安いものだ。何を思い悩むことがあるのだろう。
「もしかして、人を助けることができて、なおかつ誰も傷つかない結果が良かったってことか? それはわがままな注文だな」
ウィルの言い草に、「ダメかな」とキャロルは視線を落とした。その先には、ウィルが腰に帯びた剣がある。
「誰もが傷つかないで、みんなが幸せになるようにって……そんなのは望みすぎなのかな」
「望み過ぎだな。でもいいんじゃないか?」
「え?」
「わがまま言うのもお姫さまの仕事だろう」
無茶言ってるなあとは思うけど。と、歯に衣を着せない護衛に目を丸くするキャロル。
「ウィルはその……嫌にならないの? そんな無茶に付き合わされて」
「俺もそうだが、七ツ宝具は無茶な連中ばかりだと思うけどな」
そんなことをまっすぐに言うウィル。
「とはいえ怪我はない方がいい。ミュゼもそんなこと言ってたが、それは同感だ。
幸い誰も死ななかったんだから、次気をつけようぜってことで」
「か、軽いね」
軽い態度に軽い言葉。
それに引っ張られてか、キャロルは心が軽くなったような気がした。
もちろんマユメの負傷は無視してはならないこと。しかしマユメは「気にしないでください」をしきりに繰り返していた。
これ以上の反省は迷惑でしかない、のかもしれない。キャロルは頬を二度叩いた。
「うん。……よし、わかった。これからも無茶を言っていくからよろしくね、ウィル!」
「おう。ていうか無茶言われても、すぐ忘れるからな」
「任務はすぐ忘れちゃ困るけれど、……って……忘れる」
そういえば、とキャロルは何かに思い至ったかのように言葉尻を捉えた。
貧民街で見せたウィルの剣。相手の記憶を断ち切る技のことだ。
ウィルの魔術はざっくり言えば“何でも斬る”こと。それが形のないものまで含まれるというのは初めて知った事実だ。
七ツ宝具も含めて、魔術の使い手が公にしていない応用技を隠し持っているケースは珍しくない。
だから“剣によって記憶を消す“といった、ちょっと何言ってるかわからない状況も、高等魔術を目にする機会の多いキャロルにとって飲み込めない話ではない。
ただ気になるのは、使い手のウィルが発した言葉。
「ウィルが貧民街でギルの過去を忘れさせた時の話だけれど」
「ああ、そういえば何か言いかけてたな。何だ?」
「記憶が消えたその先は、向き合い方次第……みたいなことをウィルは言っていたじゃない。あれってその、試したことがあるみたいっていうか、なんていうか、……誰の記憶でも消せるのかなって思って」
「ん? もしかして使い手の俺が自分の記憶も消せるのか、ってことか?」
あれ、急に察しがいい。コクコクと頷くキャロル。
「消せるぞ。消したことあるからな。自分の両手で、胸に剣をぶっ刺した」
あ、あっさり言うんだ。しかも結構衝撃的なやつを。あんぐりと口を開くキャロルに構わず飄々と続けるウィル。
「まあその直前の記憶も消えたから、理由はわからないけどな。
ただ立ち会った師匠が、俺が自分で決断をしたとだけ教えてくれた。そして、その決断はきっと自分を前に進めるってことも」
「——だから、向き合い方次第」
何らかの理由でウィルは自分の記憶を消した。それから新しい自分と向き合った。
あの言葉は、そんな経験があってのものだったのだろう。
それで救われる人間もいる。そんな可能性も感じてのことだったのだろう。
「記憶を消すってのは不思議なもんだった。とりあえず頭はクリアで気持ちは軽かった。
体が覚えてたっていうのか、技を取り戻すのにほとんど時間はかからなかった。ただどういうわけか、勉強はまるで取り戻せなかったけどな」
それは記憶を消す前から、あまり勉強していなかったせいじゃ? そんな仮説が浮かんたものの、キャロルは口をつぐんだ。
胸に剣を突き立ててまで消した過去だ。掘り返すものじゃない。そう思ったのだ。
「それよりウィルもマユメのお見舞いに来たの? だったら私が案内するよ」
キャロルの申し出にウィルは首を横に振った。
「用事があるのはマユメじゃない。キャロルに頼みがあって来た」
「頼み?」
「命令がほしいんだ。七ツ宝具同士の争いはご法度だからな。だが姫君の命令があるなら話は変わる」
それってどういう……。
言葉の真意を尋ねる時間も与えず、ウィルはキャロルの前に膝をついた。
「他の七ツ宝具を倒せ。俺にそう命令してくれ」
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