第14話 勅命

 シュシュ達が戦線を離脱して数分。黙って刺客の男と向かい合っていたウィルは、懐中時計の針に目を落とした。


「――五分か。勝負あったな」


 静かな呟きを聞いて、キャロルは女の子を抱いたまま顔を上げた。


「どういうこと? シュシュとマユメは」

「安心しろ。たぶん、あいつらは負けてない」


 根拠の見えない答えに、キャロルが怪訝な表情を浮かべる。反面、刺客の男は


「そのようだね」


と、ため息交じりに応じた。


「地面や壁に打ち付けられ、ダメージを負った相手にとどめを刺す。それがこちらの戦法だった。


 うまくいったなら勝負は決しているはず。にもかかわらず誰も戻らないってことは、少なくとも僕の仲間は動けない状態になってるんだろう。


 この街を知り尽くしてる二人なら、最短距離でここに戻ってくるはずだしね」


「相打ちでもなければな」


 ウィルの言葉が終わったとき、彼の耳に聞きなれた声が届いた。


「ひーめーさーまー! ウィルー! どーこー?」

「……! シュシュ!」

「その声はひめさまっ!」


 その声とともに、すぐ傍の細い路地からシュシュが姿を見せた。


「ひめさま! ご無事でしたかっ」

「大丈夫よシュシュ。あなたこそ怪我はない?」

「このとーり! ぴんぴんしてますよっ!」


 とび跳ねて見せるシュシュ。傷を負うどころか大して疲労してもなさそうに見える。


 シュシュが勝つこと自体に不安はなかったが、合流には時間がかかることを覚悟していただけに、ウィルにとっては嬉しい誤算だった。


 三人が再会。そして残る敵は、わかっている限りあと一人。


「相手は七ツ宝具がニ人。こちらはボク一人。さすがに状況が厳しいね。

 キミが戦ってた相手は? 殺した?」 


 顔を見合わせ、シュシュは首を横に振った。シュシュの衣服についた赤い斑点を見て不安げな表情をしていたキャロルだったが、それを聞いて胸を撫で下ろした。


「どうして姫のキミがホッとするのさ」


 キャロルの仕草を見た男が、薄く笑いながら尋ねた。


 応じる必要はない……そうウィルが口にする前に、「何がおかしいのですか」と、怒気を孕んだ口調でキャロルが返した。


「人の命が失われずに済んでよかった。そんな気持ちの何がおかしいのですか?」

「? そりゃあボクらがこっち側の人間だからね」


 男は足元の地面をつま先で削った。砂の地面に薄い線が引かれる。


「この国にとって貧民街は邪魔な存在。

 キミたちように“あっち側”の人間にとっては、住人ごと消えてくれた方が都合がいいはず」

「そんなこと……!」

「現に王様はほら、ボクらのことを救おうとしていない。政策が語ってるよね」


 あざけるような男の言い草に、キャロルは口をつぐんでしまった。


 戦争の後に遂げた急速な発展。その影で救済から弾かれた人々。


 王の選択は“犠牲を最小にとどめた“と評価が高い。だがそんなことは、犠牲にならなかった側の理屈でしかなかった。


 蓋をしてきた、声なき者たちの声。それを聞くためにキャロルはここにきたはずだった。


 だから覚悟はしていたはずなのに。


 それなのに、涙が出るくらい胸が痛かった。


「もう十分だ」


 やりとりを断ち切ったのはウィルの一言だった。


 真っ直ぐ敵の男に向けられた視線。その右手は剣の柄にかけられている。


「待ってウィル! もう少し、もう少し話をさせて!」


 キャロルが声を上げる。あくまでも対話でその場を収めたかった。


 命を狙われてなお、彼女は心の通う一人の人間として向き合っていたからだ。


「まだ彼の願いを聞いてない。これから……」

「願いならわかるだろう。ただ救われたいんだ。


 自分じゃどうしようもない現状に何年も置かれて。こいつはきっと」

 

 きっと誰かに手を差し伸べて欲しかったんだろう。


 暗い街の裏路地。ボロボロの布切れに身を包んでうずくまる少年の姿が、ウィルの脳裏に浮かんでいた。


「俺の“断絶”はあらゆるものを断つことができる。相手の命を断つことだけが俺の魔術じゃない」 


 何をする気か。視線で問うキャロルとシュシュに、ぼんやりと白い輝きを放つ刀身を見せた。


「あいつの……あいつらの記憶の一部を断ち切る。辛すぎた過去があいつらを卑屈にさせている。

 縛られているうちは差し伸べられた手も取れない」

「——黙って聞いていれば、勝手なことを次々と」


 苛立ちを隠しきれない様子で、男は頭髪をかきむしった。


「助けたいとか、記憶を消せばいいとか……どれもこれもキミらの都合だよね。

 臭いものに蓋をして、かと思えばいきなり現れて勝手を押し付ける。

 誰がキミらの声になんか耳を貸すかよ!」


 袖から黒い刃が滑り落ち、男の両手は器用に柄を握った。短刀の二刀流だ。


 初めて正面から向けられた明確な殺意に、キャロルは足が竦むのを感じた。


「迷っている暇があるのか、キャロル。何もしなければ殺される。俺たちも、この子も」


 キャロルの腰に顔を埋める少女を一瞥し、ウィルは語気を強めた。


「今できることはあいつを止めてやること。そのくらいのことしか俺たちにはできない。

 でも今できる“そのくらいのこと“が、先を変えることだってあるはずだ」


 今はこのくらいのことしかできないけれど……。

 だからちょっとだけ待ってて。


 いつか、誰かに向けて口にした言葉が、キャロルの頭に蘇った。


 そして次の瞬間には、キャロルは顔を上げていて。


「ウィル。彼を止めなさい」 


 力強い声でそう命じた。

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