第11章 2017 鎌倉 〜 1 1995年 直美の日記(3)
1 1995年 直美の日記(3)
見ればさっきまでの笑顔が嘘のように、厳しい顔付きに変わっている。そう言えば、去り際の幸喜の声にもなんの反応も見せなかった。
「どうかした?」
ただなんとなく、そんな感じで言ってみる。
「いや、なんでもないよ」
そう答えながらも、幸一は視線を動かそうとしなかった。
「なんでもないって、顔してないし……」
そう続けて笑い掛けたが、こっちを見てないから笑ったって意味がない。彼はこの瞬間も、何かを必死に見つめている。だから、「誰か、いるの?」とだけ聞いたのだ。
するとやっぱり視線は変えずに、
「いや、ちょっと見覚えがあるなって思ったんだけど、やっぱり、勘違いだったらしい」
そう言ってから、幸一はやっと由子の方へ顔を向けた。
ところが心の内っ側では、
――どうして……?
そんな言葉が浮かび上がって消え去らない。それは紛れもなく、あの夜見たものとおんなじだった。薄れゆく記憶の中で、今でも鮮明に残っているもの。それがたった今、あの夜と同様、彼のことを悲しい目をして見つめていた。
直美……? と、心でそう呟いた瞬間、その姿はフッと消え去り見えなくなった。まさしく制服姿の直美だったように思う。制服は水浸し。豪雨の中から抜け出たように……彼女がそこに、立っていた。
「どうしたの? 大丈夫? なんだか顔が真っ青よ……」
心配そうな由子に向けて、幸一は「何でもないよ」と笑って見せる。しかしこの瞬間も、悲しげな顔が脳裏に残って消えなかった。そうしてさらに、単なる偶然とは思えない、もう一つ気になるところもまだあった。そのすぐ隣に、美津子の顔があったのだ。直美は寄り添うように立っていて、美津子と触れ合うような距離にいた。
美津子はその時、庭園の入口から悠治に向かって大声を上げる。
「見つかったらすぐ電話してね! わたし、ぎりぎりまでここで待ってるから!」
そんな声に、悠治は背中を見せたまま、右手を振り上げリアクションを返した。
きっとどこかで迷ってる。それしかないと、彼は駅への道を探しに出たのだ。
――まったく、肝心な時になると、いっつも迷惑掛けるんだから……。
昔から、ずっとそうだった、などと思いながらも、
――我儘だったわたしのそばに、これまでずっと、いてくれたしね……。
だから大事にしなきゃ、とも美津子は思う。
そして時計を見れば、そろそろパーティーの始まる時刻だ。
――まあいいか、ゆかりが来るまで、わたしだけでも待っててあげよう!
きっと今頃、心細い思いで必死にこちらに向かっている。だからわたしくらいは――なんて誇らしげな気分に酔いしれながら、美津子はその場にいようと決めた。
そしてちょうどそんな時だ。隣に、誰か立っている? 吐息さえ感じた気がして、美津子は慌てて横を向いた。ところが誰もいなかった。
――あれ? 消えちゃった?
まさにそんな印象だったが、すぐに気のせいだろうと思い直す。
それから再び携帯を手に取り、ゆかりの番号へ電話を掛けた。着信を告げる音はしっかり聞こえる。しかしマナーモードにでもしているのか……?
ゆかりが出る気配はいつまで経ってもないままだった。
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