第10章  十月十九日(土) 〜 5 

 5 


 


 坂本由子は中学時代、一年生からかなり必死に受験勉強に打ち込んでいた。だから合格を勝ち取った今、最高に幸せな気分になっているはずだったのだ。本田幸一が中学受験に失敗し、同じ中学に入学しないと知ってから、同じ高校に通うことを夢見て頑張ってきたからだ。きっと幸一の方は、一流の高校を受験するだろう。普通にそんな高校を受験しても、由子が受かる確率はないに等しい。そんな現実をしっかり悟って、クラブ活動など一切せずに勉強だけに打ち込んだ。そして三年生の春、彼が受験するという高校を聞き付ける。彼女はそこから死ぬ気になって頑張って、見事合格を勝ち取ったのだ。ところが入学式の日に、いくら探しても彼の姿が見つからない。慌ててクラス一覧を見直すが、なんと幸一の名前自体が出ていなかった。

 ――何かの、間違い?

 一瞬だけそう思うが、そんな馬鹿なことあるわけない。

 ――じゃあ、受かってなかったの?

 由子は合格発表の日、幸一の両親の姿を見掛けていた。

 ――あれは絶対、落ちたって感じじゃなかったわ。

 母親の方は涙まで浮かべ、嬉しそうに笑っていたのだ。でも、ならどうして……? いくら考えたってわからなかった。しかしその後教室に入って、すぐにその理由が明らかになる。担任が点呼の時に、衝撃のセリフを口にしたのだ。

「谷口寿夫」

「はい」

「藤間邦之」

「はい」

「本田幸一……」

 思わず声が出そうになって、慌てて両手を口元に充てた。それからまわりの様子を窺うが、反応らしき声はない。そんな時、担任が小さく呟いたのだ。

「ああそうか、こいつが休学か……」

 そう呟いてから、名簿に万年筆で二本線を書き加えた。

 ――休学!? 

 ――それって何よ!

 ――どうしていきなり休学になっちゃうわけ?

 次から次へと言葉は浮かぶが、理由の端っこさえ思い付かない。

 一年生の、それも入学式さえ出ないまま、実際休学なんてあり得るか!? 

 聞き違いだったと由子は祈るが、すぐにそうではないと知ることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る