第10章  十月十九日(土) 〜 5(2)

 5(2)




 確かに本田幸一は、一年間の休学を申し出ていた。そしてそんな場合の多くについて、その生徒は二度と登校してこない。それが現実なんだと後から聞かされ、由子は相当ショックを受けた。一校しか受験しないと、単純に信じた自分が馬鹿だったのだ。

 今から思えば、疑って当然の話だろう。なのにそんな話を聞いた時、

 ――なんか、彼らしいな……。

 なんて感じて、そのまま素直に信じ切ってしまった。きっと彼は今頃、別の高校で楽しくやっているに違いない。そんなふうに由子は感じて、日々悔やみ、どうしようもなく落ち込んでいた。ところがその頃、彼はどこの高校へも通っていない。そもそも他の高校へ行ったのであれば、当然、休学扱いなどにする必要はない。


                 ✳︎


「幸一、ホント、どうしてなのよ……あなたの卒業式なのよ。もうこれから、そう簡単に会えなくなる友達だっているでしょうに……」

 開け放たれた部屋の前で、秀実があきらめ気味にそんな言葉を口にした。

 中学校の卒業式の日、幸一は自分の部屋から出てこようとしなかった。布団を頭からすっぽり被って、何を言われても起き上がろうとさえしないのだ。

 そしてその日、夜も更けてのことだった。普段滅多に姿を見せない父親が、突然、幸一の部屋をノックした。「入るぞ」とだけ声にして、彼はドアを開けてから部屋の様子に目をやっている。そうして十数秒もした頃か、「うん」という咳払いのような声を出し、彼はやっと幸一への言葉を口にした。

 これから、どうするつもりなんだ? と、静かに告げて、やっと部屋に入ってあぐらをかいた。ところがまるで返事がない。幸一はカーペットに寝転んで、目だけは漫画本に向けている。博はそんな彼に向け、あまりに思い掛けない言葉をさらっと言った。

「まあいいさ、これから長い長い人生なんだ。高校一年くらい、遅れたってどうってことないし、ここらで一回立ち止まって、いろいろと考えてみるってのも、それはそれでいいのかも知れん……」

 そこで一旦言葉を切って、そばに置かれていた参考書を手に取る。それからそれをパラパラとめくって、あるページを見つめながら博は続けて声にした。

「少なくとも以前のおまえさんだったら、こんなこと心配で言えなかったかも知れん。しかしだ、今のおまえなら、素直にそうした方がいいだろうって思えるんだ。だからな、さっき母さんとも相談してな、おまえがしたいようにしたらいいと、ま、そんな感じで、いいだろうと、うん、そういうことに、なったんだ」

 その後もいろいろ語り掛け、最後の最後にこう告げてから彼の部屋から出ていった。

「ただ、あの子との約束だけは、忘れないでいてくれると、有難いんだがな……」

 ――僕は医者になって、彼女の病気を治したいんだ。

 そして直美のように、病気で苦しんでいる子供たちを救いたい。そんな約束を直美としたと、幸一は以前、両親をずいぶん驚かせていた。そうして彼は父親の助言を受け入れ、一年間の休学という道を選択する。これといった理由などなかったが、さりとて高校に通う意欲も消え失せたっきりだ。

 ――直美との約束? そんなものに今さら、なんの意味もないさ。 

 そんな気持ちにも変化なしで、当然ダラダラした生活も変わらない。

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