第10章  十月十九日(土) 〜 4(2)

 4(2)




「あなたのせいよ! あなたのせいなんだから!」

 最初、なんのことだかわからなかった。溢れ出る感情が強くすぎるのか、まるで言葉が聞き取れない。それでも慌てて順子を見つめ、彼女の言葉を必死に聞いた。

「あの子はねえ! あなたのせいで死んじゃったのよ! こんなに早く、死ななくてよかったのに! 誰がなんと言おうとそうなんだから! なのに、よくもまあいけしゃあしゃあと……こんなところにまで、これた、もの……」

 口元を両手で押さえ、そこで一気に嗚咽の波に飲み込まれていった。そうなっていながら、順子は幸一の方へ一歩一歩と歩み寄る。そして身体を震わせながら、やはり震える握りこぶしを顔の辺りにまで持ち上げた。きっとそのまま叩こうとしたのか? もしかすると、さらに頭上にまで持って行き、振り下ろそうと思ったのかもしれない。しかしそんな思いは達せられず、そのまま幸一の足元に突っ伏してしまった。

 あなたのせいで死んじゃった。それは明らかに違うとは思う。

 しかしいくらそう叫んだところで、直美は戻ってこないのだ。

 ――来るんじゃ、なかった……。  

 確かそんなことを、ずいぶん歩いてからふと思った。そしてそんな気持ちは、単に順子とのことだけではない。幸一はその時、立っている誰かに気が付いたのだ。いきなりしゃがみ込んだ順子の後方、塀際の暗がりにこっちを見ている姿があった。

「あ」と思った時には背を向けて、幸一はその場から逃げ出してしまう。

 制服っぽい姿であんなところに立っている。小学校時代の同級生が、中学の制服を着ていたのかもしれない。もしかしたらそうだったかと、彼は一度だけ立ち止まった。十メートルほど走って立ち止まり、順子のいた方を振り向いたのだ。すると視線のずっと先で、順子を抱きかかえる稔の姿が目に入る。

 ところがだ。どこを見回してもさっきの少女が見当たらない。さらに奥には斎場があって、そこは昼間のように明るいままだ。隠れようにも、あの短時間では隠れる場所などありはしない。幸一は瞬時にそこまで思って、

 ――直美……。 

 思わず、心でその名を呟いた。

 本当は、目にした瞬間に感じたのだ。その名をしっかり意識しながら、いっときの恐怖に駆け出してしまった。それからどこをどう走ったのか、気付けば見知らぬ町にいる。

 あれは本当に直美だったか? だとすれば、彼女から逃げてしまったことになる。そんなことが悔やまれて、幸一は通夜に来てしまったことを心の底から後悔した。そしてその夜、彼はかつてないほどの高熱に見舞われるのだ。

 それからの数日間、熱は一向に下がらない。気付けば父親の病院にいて、すでに通夜から三日が経っていた。そして退院してからも、幸一の生活は元のようには戻らなかった。昼頃やっと起き出して、特に何をするわけでもなくその日一日をダラダラ過ごす。ほとんど部屋に閉じこもったままで、食事さえ取らないことも多かった。

 そしてちょうど同じ頃、日に日に春らしくなっていく中、坂本由子の心も冬の寒空のようにどんよりとしたままだった。

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