第10章 十月十九日(土) 〜 3
3
「どうしてわたしだけ、サンタみたいなワンピースなのよ? 二人はそんな素敵なの着てて、わたしだけ、みんなの笑いものにする気なの!?」
「いいじゃない、ぜんぜん素敵だって! これなら冬のパーティードレスで通るわよ! それにわたしたちのだって、あなたのに合わせて買ったんだから、派手ってところは変わらないわよ!」
同期会の当日、美津子とゆかりはかなり早めに由子の家へ立ち寄っていた。そしてそんな会話が交わされて、結果由子は拒否できない。
元はと言えばその六日前、直美の墓参りをした翌日のことだ。その日由子は完全なる二日酔いで、だらだらと昼近くまでベッド中から出れずにいたのだ。
すると突然スマホが鳴って、出ればいつもの美津子の声だ。
「さあ早く、顔を洗って出てきてよ!」
「なに、どうしたの?」
「どうしたのじゃないわよ! ちゃっちゃっと着替えて出てきなさいよ」
聞けば美津子は玄関前で、しっかり待ち構えているらしい。
「新宿まで出掛けるんだから、ちゃんと外行き着てきなさいよ!」
必死に異議を唱えてみるが、所詮こうなった美津子には敵わない。それから一時間も経たないうちに、二人は最寄り駅から新宿行きに乗り込んでいた。
「まずは伊勢丹に丸井、それでダメなら、小田急百貨店に高島屋ね!」
どこに行くのかと尋ねる由子に、美津子はそう言って愉快げな顔を見せるのだ。
矢野直美についてのことは、由子のひと言から始まったこと。それがなければ久子の家に行くこともなかったし、直美の死どころか、その存在自体忘れ去ったままだったろう。
だから由子にお礼がしたい。思い出させてくれて感謝していると告げて、同期会用のドレスを買わせて欲しいと言い出したのだ。
ところが美津子が手にするものは、どれもこれもが派手だった。
「ちょっとこれ、少しセクシー過ぎじゃない?」
由子の想像をはるかに超えて、それらはまさしくパーティドレスそのものだ。
「ねえ、こんなちゃんとしたやつじゃなくて、もっと普通のやつでいいんだけど……」
「何言ってるのよ、あなた独身なんだから、少し派手なくらいでちょうどいいのよ」
「それにほら、白いファーがかわいすぎて、年齢的に、ちょっとなあ……」
そう言って、別のドレスに手を伸ばそうとするが、なんだかんだと美津子がそうはさせないのだ。とうとう試着する羽目になり、あれよあれよという間に由子の右手には紙袋がぶら下がる。ところがそれで終わりじゃなかった。
「それにこの裾は何? なんでこんなに短くなってるの? それにこのファー! 買った時、裾にファーなんて付いてなかったじゃない!?」
由子は鏡の前に立ち、そんな嘆きの声を上げるのだ。
美津子は由子と別れてから、その足でゆかりの家へワンピースを持ち込んでいた。
ゆかりはその手の専門学校を卒業していて、洋服の直しはお手の物。だから美津子の要望通りに小振りのファーを探し出し、ミニ丈となった裾に規則正しく縫い付けたのだ。
「ねえ、これ着るの、今日じゃなくていいでしょ? 今日はお願い、別の服で行かせて、ねえ、お願いだから」
「今日じゃなきゃいつ着るの? もう今日しかないって、いい加減覚悟を決めなさい! あなた自分で言ったのよ、サンタくらい、いくらでもなってやるって!」
「そんなの……酔ってて覚えてない……」
「それにいい!? 買ってもらったとか、無理やり着てるとか、絶対口にしちゃダメだからね! そんなことしたら、うまくいくものも、うまくいかなくなっちゃうんだから!」
まさに美津子の真骨頂だ。ここぞとばかりの迫力に、由子は途端に逆らう術を失ってしまった。結局すべては、自分の撒いた種だったのだ。
――サンタくらい、いくらでもなってやる!
「ねえ、わたし本当に、そんなこと言ったんだよね?」
何ゆえそんなこと口走ったか、由子はまるで覚えていない。これまでどんなに酔っ払おうが、口にしたことなど一度もなかった。なのにあの夜、慣れ親しんだ囲炉の前で、次から次へと話したらしい。まさか、美津子のあからさまな話しように、つり合うよう気を使ったなんてことなのか……?
「美津子、わたし、どこの高校だったか、あなた知ってる?」
由子はそう切り出して、ずっと隠し通してきた過去を自ら語り出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます