第10章  十月十九日(土) 〜 2(7)

 2(7)




 脚を引きずるように現れ、幸一は照れ臭そうに、それでも充分嬉しそうな顔で久子に向かって話したのだ。

「婦長さん、だから俺、彼女に長生きしてもらわないと、一生独身ってことになるんだ。だってさ、いきなりサンタの格好で現れる女の子なんているわけないし、もしいたらいたでさ、俺、そんな人怖いもん!」

 直美には絶対内緒だと言い、そんな報告を幸一はしていた。さらに、つい先日の電話でも、「結婚はしないの?」と尋ねた久子へ、彼はやっぱり口にしたのだ。

「婦長さん、僕はきっと、ずっとこれからも独身ですよ……」 


                 ✳︎


「まさか、未だそのことに縛られてるなんて、そうじゃないとは思うけど、でも、もしもよ、そうだったらって、思うとね……」

 そこで久子はひと息ついて、大きく深呼吸をしたようだった。そしてその後、それまで以上に真剣な声で、美津子への頼みを語り始める。

「あなたに、こんなことお願いしていいのかどうか、本当のところわかりません。でも、あの人のお友達はあなたしか知らないし……だから、本当にごめんなさいね」

 そこで一旦静寂があって、久子は小さい咳払いをした。

「もしも、なんだけれど、あなたの周りに彼のことを、少しでもいいなって、思っている人がいたらね、そしてその方が、あなたから見て、お似合いだなって思える女性だったらね、ぜひ一回、彼の前で、サンタの格好にしてあげて欲しいんです。おかしな話でしょ? 常識外れ、だわよね。実際にはそんなこと、難しいってわかってもいるの……でもね、もし、そんな機会が一度でもあれば、きっと何か変わるんじゃないかって、わたし、そんなふうに思うのよ」

 彼ならばきっと今も、直美との約束を胸に秘めているに違いない……だからお願い。

 そう続け、名残惜しそうに久子は電話を切ったのだった。


「まあ実際に、そんなことできるわけ、ないんだけどね……」

 小さく呟き、美津子は由子のグラスに焼酎を継ぎ足した。すると足されたばかりの焼酎を、由子は一気に飲み干してしまう。そして空になったグラスを見つめ、ポツリと、まるで独り言のように声にした。

「彼、確かに言ってたの、サンタクロースとしか結婚できないって、それも、ちょうどこの店だったわ。でもって同じ日……彼の、退院祝いの後、だもの……」

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